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第3章 火縄を超えるもの
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椎葉(しいば)の里は、山あいにひっそりと隠れるように存在していた。
棚田が広がり、夕暮れの空に炊煙が立ち上る。一見すればのどかな日本の原風景だが、博史の目は誤魔化されなかった。
田のあぜ道を行き交う村人たちの服は継ぎ接ぎだらけで、頬がこけている。そして何より、村の入り口に築かれた柵は脆く、見張り台の男たちの表情には疲労と怯えが張り付いていた。
(……ジリ貧だな)
博史は内心で分析した。
小雪の話では、父である領主がつい先日病に倒れ、それを好機と見た隣国の「赤松(あかまつ)家」が侵攻を企てているという。
兵力差は五倍。このままでは、遅かれ早かれ蹂躙される。
「博史様、こちらです」
小雪に案内されたのは、村外れにある煤けた小屋――鍛冶場だった。
中からは、カーン、カーンと小気味よい鉄を打つ音が響いている。
「孫六(まごろく)! お客人を連れてきたわ」
小雪が声をかけると、槌を振るっていた初老の男が手を止めた。
筋肉隆々の体に、煤で汚れた白髪頭。頑固さを絵に描いたような職人だ。
「……へん。姫さん、こりゃまた妙な優男を拾ってきたもんだ。南蛮の芸人か?」
孫六は博史のジャケット姿を一瞥し、鼻で笑った。
「芸人ではありません。この方は学者様で、知恵をお借りしたいの」
「知恵だぁ? 鉄は口じゃ打てねぇんだよ。邪魔だ、帰んな」
取り付く島もない。だが、博史は予想通りといった顔で、作業台の隅に立てかけてあった一丁の火縄銃を手に取った。
ずしりと重い。錆が浮いているが、作りは悪くない。
「……堺(さかい)の筒か。いや、国友か? 銃身の鍛えはいいが、これじゃ宝の持ち腐れだな」
博史が独り言のように呟くと、孫六の眉がピクリと動いた。
「あぁ? テメェ、何が分かる」
「見れば分かりますよ。この銃じゃ五十歩(約30メートル)先の敵も狙えない。弾が真っ直ぐ飛ばないからだ」
孫六が血相を変えて立ち上がった。
「馬鹿野郎! 鉄砲ってのはそういうもんだ! 雷(カミナリ)を落として脅す道具であって、弓矢みてぇに狙って当てるもんじゃねぇ!」
当時の常識だ。火縄銃は集団で弾幕を張るもので、個人の精密射撃用ではない。弾丸(球体)は空気抵抗を受けて不規則に変化するからだ。
だが、博史は静かに首を振った。
「いいえ、当てられますよ。弾を『回せ』ばね」
博史は地面に落ちていた手頃な石を拾い、独楽(コマ)のように指先で回転させて放った。石はふわりと飛び、狙った切り株の上に吸い込まれるように落ちた。
「独楽は回っている間、倒れないでしょう? 『ジャイロ効果』と言います。弾丸も同じです。回転を与えれば、空気を切り裂いて真っ直ぐ飛ぶ」
「……弾を、回すだと?」
孫六の目に、職人の好奇心が灯るのを見逃さず、博史は落ちていた炭を拾い、板の間に図を描き始めた。
「銃身の内側に、螺旋(らせん)状の溝を掘るんです。これを『ライフリング(施条)』と呼びます」
描かれたのは、銃身の断面図と、その中を通る螺旋の溝。
孫六がのぞき込む。
「……筒の中に溝だ? どうやって掘る。こんな細い穴の中に手は入らねぇぞ」
「専用の道具を作ります。長い鉄の棒の先に、硬い刃(カッター)を取り付ける。そして、その棒自体を正確に回転させながら引き抜くためのガイドを作るんです」
博史の説明は、現代の工業技術に基づいているが、使う材料はこの時代にある「木」と「鉄」だけだ。
孫六は腕組みをし、博史の描いた図を食い入るように見つめた。
一分、二分。沈黙が続く。
やがて、孫六はニヤリと笑った。それは、難題に挑む職人の獰猛な笑みだった。
「……面白ぇ。筒の中を削るにゃ、相当硬ぇ鋼(はがね)が必要だ。それにガイドの木枠も、髪の毛一本の狂いもなく作らなきゃならねぇ」
「できますか?」
「へっ、誰に聞いてやがる。俺はこの辺りじゃ一番の腕利きよ。……だが、一つ条件がある」
「何でしょう」
「その『らいふりんぐ』とやらで、本当に百歩先の的を撃ち抜けるか、賭けをしようじゃねぇか。もし出来なかったら、アンタには一生俺のふいご吹きになってもらうぞ」
博史は小雪と顔を見合わせ、自信たっぷりに頷いた。
「いいでしょう。でも、もし成功したら……この里の鉄はすべて、僕の設計通りに打ってもらいますよ」
「上等だ!」
孫六が熱い掌を差し出し、博史がそれを握り返す。
こうして、歴史を変える「鷹野式小銃(タカノ・ライフル)」の開発が始まった。
それは、椎葉の里に革命の火が灯った瞬間でもあった。
(第3章 完)
棚田が広がり、夕暮れの空に炊煙が立ち上る。一見すればのどかな日本の原風景だが、博史の目は誤魔化されなかった。
田のあぜ道を行き交う村人たちの服は継ぎ接ぎだらけで、頬がこけている。そして何より、村の入り口に築かれた柵は脆く、見張り台の男たちの表情には疲労と怯えが張り付いていた。
(……ジリ貧だな)
博史は内心で分析した。
小雪の話では、父である領主がつい先日病に倒れ、それを好機と見た隣国の「赤松(あかまつ)家」が侵攻を企てているという。
兵力差は五倍。このままでは、遅かれ早かれ蹂躙される。
「博史様、こちらです」
小雪に案内されたのは、村外れにある煤けた小屋――鍛冶場だった。
中からは、カーン、カーンと小気味よい鉄を打つ音が響いている。
「孫六(まごろく)! お客人を連れてきたわ」
小雪が声をかけると、槌を振るっていた初老の男が手を止めた。
筋肉隆々の体に、煤で汚れた白髪頭。頑固さを絵に描いたような職人だ。
「……へん。姫さん、こりゃまた妙な優男を拾ってきたもんだ。南蛮の芸人か?」
孫六は博史のジャケット姿を一瞥し、鼻で笑った。
「芸人ではありません。この方は学者様で、知恵をお借りしたいの」
「知恵だぁ? 鉄は口じゃ打てねぇんだよ。邪魔だ、帰んな」
取り付く島もない。だが、博史は予想通りといった顔で、作業台の隅に立てかけてあった一丁の火縄銃を手に取った。
ずしりと重い。錆が浮いているが、作りは悪くない。
「……堺(さかい)の筒か。いや、国友か? 銃身の鍛えはいいが、これじゃ宝の持ち腐れだな」
博史が独り言のように呟くと、孫六の眉がピクリと動いた。
「あぁ? テメェ、何が分かる」
「見れば分かりますよ。この銃じゃ五十歩(約30メートル)先の敵も狙えない。弾が真っ直ぐ飛ばないからだ」
孫六が血相を変えて立ち上がった。
「馬鹿野郎! 鉄砲ってのはそういうもんだ! 雷(カミナリ)を落として脅す道具であって、弓矢みてぇに狙って当てるもんじゃねぇ!」
当時の常識だ。火縄銃は集団で弾幕を張るもので、個人の精密射撃用ではない。弾丸(球体)は空気抵抗を受けて不規則に変化するからだ。
だが、博史は静かに首を振った。
「いいえ、当てられますよ。弾を『回せ』ばね」
博史は地面に落ちていた手頃な石を拾い、独楽(コマ)のように指先で回転させて放った。石はふわりと飛び、狙った切り株の上に吸い込まれるように落ちた。
「独楽は回っている間、倒れないでしょう? 『ジャイロ効果』と言います。弾丸も同じです。回転を与えれば、空気を切り裂いて真っ直ぐ飛ぶ」
「……弾を、回すだと?」
孫六の目に、職人の好奇心が灯るのを見逃さず、博史は落ちていた炭を拾い、板の間に図を描き始めた。
「銃身の内側に、螺旋(らせん)状の溝を掘るんです。これを『ライフリング(施条)』と呼びます」
描かれたのは、銃身の断面図と、その中を通る螺旋の溝。
孫六がのぞき込む。
「……筒の中に溝だ? どうやって掘る。こんな細い穴の中に手は入らねぇぞ」
「専用の道具を作ります。長い鉄の棒の先に、硬い刃(カッター)を取り付ける。そして、その棒自体を正確に回転させながら引き抜くためのガイドを作るんです」
博史の説明は、現代の工業技術に基づいているが、使う材料はこの時代にある「木」と「鉄」だけだ。
孫六は腕組みをし、博史の描いた図を食い入るように見つめた。
一分、二分。沈黙が続く。
やがて、孫六はニヤリと笑った。それは、難題に挑む職人の獰猛な笑みだった。
「……面白ぇ。筒の中を削るにゃ、相当硬ぇ鋼(はがね)が必要だ。それにガイドの木枠も、髪の毛一本の狂いもなく作らなきゃならねぇ」
「できますか?」
「へっ、誰に聞いてやがる。俺はこの辺りじゃ一番の腕利きよ。……だが、一つ条件がある」
「何でしょう」
「その『らいふりんぐ』とやらで、本当に百歩先の的を撃ち抜けるか、賭けをしようじゃねぇか。もし出来なかったら、アンタには一生俺のふいご吹きになってもらうぞ」
博史は小雪と顔を見合わせ、自信たっぷりに頷いた。
「いいでしょう。でも、もし成功したら……この里の鉄はすべて、僕の設計通りに打ってもらいますよ」
「上等だ!」
孫六が熱い掌を差し出し、博史がそれを握り返す。
こうして、歴史を変える「鷹野式小銃(タカノ・ライフル)」の開発が始まった。
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