神隠しな戦国おたく

TAKAHARA HIROKI

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第4章 百歩の賭け

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それからの十日間、博史と孫六は鍛冶場に籠りきりになった。
「駄目だ! 刃が欠けた! 鋼の焼きが甘ぇんだよ!」
「ガイドの溝が歪んでます。これじゃライフリングの角度が一定にならない。もう一度、樫(かし)の木を削り直してください」
 怒号と火花が飛び交う。
 博史の要求する精度は、戦国時代の技術水準を遥かに超えていた。特に難航したのは、銃身内部を削るカッター(刃具)の製作だ。既存の和鉄では柔らかすぎ、すぐに摩耗してしまう。
 孫六は秘蔵の玉鋼(たまはがね)――日本刀に使われる最高級の鋼――を惜しげもなく投入し、何十回も焼き入れを繰り返した。
 一方、博史もまた難題に直面していた。
 「弾丸」である。
 ライフリングを刻んだだけでは不十分だ。弾丸がその溝に食い込み、回転しなければ意味がない。
 だが、銃口から装填する先込め式(マズルローダー)で、銃身内径ギリギリの弾を押し込むのは至難の業だ。
(きつくすれば入らない。緩くすればガスが漏れて回転しない。……どうする?)
 博史は現代の知識を総動員し、一つの答えに辿り着いた。
 **「ミニエー弾」**の原理だ。
 彼は鉛を溶かし、従来の丸玉ではなく、先端が尖った「椎の実」のような形の弾丸を鋳造した。そして、その底部に円錐形の窪みをつけ、そこに小さな木の栓をはめ込んだ。
「……なるほど。火薬が爆発した瞬間、木の栓が押し込まれて、鉛の裾が広がるって寸法か」
 煤だらけの顔で説明を聞いた孫六が、唸るように言った。
「その通りです。装填する時は緩くて入れやすいが、撃つ瞬間だけ銃身に密着する。これでガス漏れを防ぎ、確実に回転を与えられます」
 理論は完璧だ。あとは実証のみ。
 ***
 約束の日。村外れの河原に、噂を聞きつけた村人たちが集まっていた。
 小雪も不安そうな面持ちで見守っている。
 川の対岸、距離にして百歩(約六十メートル)。そこに、直径一尺(約三十センチ)ほどの古い桶の蓋が、的として立てかけられた。
 当時の火縄銃なら、三十歩でさえ当たるか怪しい距離だ。
 博史は、完成したばかりの試作銃を手にした。
 見た目は普通の火縄銃と変わらない。だが、銃口を覗けば、そこには美しい六条の螺旋が刻まれている。孫六の執念の結晶だ。
「博史様……」
 小雪が祈るように手を組む。
 孫六は腕組みをして、黙って見つめている。その目は「俺の仕事に間違いはねぇ」と語っていた。
 博史は火縄に火を点け、銃を構えた。
 ずしりとした重み。現代の銃とは違う、荒々しい鉄の感触。
 深呼吸をし、雑音を遮断する。照星(フロントサイト)の先に、豆粒のように小さな的を捉えた。
(いける。この銃なら)
 指に力を込める。
 火縄ばさみが落ち、火皿の口薬に引火する。
 ――ドォォォンッ!!
 従来の「パンッ」という軽い音ではない。腹に響くような重低音とともに、銃口から白煙と、目に見えない「回転する死」が吐き出された。
 反動が肩を叩く。
 一瞬の静寂。
 やがて、対岸で的の確認をしていた若者が、両手を上げて叫んだ。
「あ、当たったぞぉぉぉ!! ど真ん中だ!!」
 村人たちがどよめき、歓声が上がった。
 小雪がへなへなと座り込み、安堵の涙を浮かべる。
 孫六はニヤリと笑い、「……へん、当然だ。誰が打った筒だと思ってやがる」と鼻を鳴らした。
 博史は肩の力を抜き、まだ熱を帯びている銃身を愛おしそうに撫でた。
 この瞬間、歴史は確実に分岐した。
 火縄銃が「狙撃銃(ライフル)」へと進化したのだ。
 だが、この成功の余韻に浸る時間はなかった。
 歓声が収まらぬ中、村の見張り台から、けたたましい半鐘(はんしょう)の音が鳴り響いた。
 カンカンカンカンッ!!
「敵襲ぅぅ! 赤松の軍勢だ! 数は三百、こっちへ向かってるぞぉぉ!!」
 村人たちの顔から血の気が引く。
 博史は顔を上げた。その目に宿っていたのは、もはや退屈な学者の色ではなかった。
「……テストには最高の相手だ」
 彼は孫六と小雪に向かって、力強く宣言した。
「総員、戦闘準備! この銃で、里を守り抜く!」
(第4章 完)
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