神隠しな戦国おたく

TAKAHARA HIROKI

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第7章 猿の来訪

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『白雪』の石鹸がもたらす富は、椎葉の里を急速に変貌させていた。
 村のメインストリート――と博史が呼んでいる砂利道――には、堺や博多からの商人が行き交い、活気に満ちている。
「大将。最近、妙なネズミが一匹、紛れ込んでるようでさぁ」
 警備隊長を任せている村の若衆・吾作(ごさく)が、耳打ちしてきた。
「ネズミ?」
「へい。やたらと目の利く小汚い行商人で。石鹸よりも、鍛冶場や硝石の保管庫ばかり覗き回ってるんでさ」
 産業スパイか。博史の目が鋭くなる。
 技術の流出は防がねばならない。博史は吾作の案内で、その男がいるという茶屋へ向かった。
 ***
 茶屋の縁台に、その男はいた。
 身なりは貧相な行商人だが、眼光だけが異様に鋭い。小柄で痩せっぽち、顔は日焼けして猿に似ている。
 彼は団子を頬張りながら、通り過ぎる警備兵の装備(火縄銃)を、値踏みするようにじっと見つめていた。
(……まさか)
 博史の心臓が早鐘を打った。
 日本史オタクの血が騒ぐ。特徴的な容姿。人懐っこい笑顔の裏にある、底知れない野心と知性。
 間違いない。尾張の木下藤吉郎(きのした とうきちろう)。後の天下人、豊臣秀吉だ。
 まだ織田信長に仕え始めた頃か、あるいは身分の低い草履取りから出世し始めた時期か。いずれにせよ、なぜこんな山奥に?
 博史は深呼吸をして動揺を抑え、背後から声をかけた。
「団子の味はいかがかな? 尾張(おわり)の商人さん」
 男の肩がピクリと跳ねた。
 ゆっくりと振り返る。その顔に張り付いたのは、へらへらとした愛想笑いだ。
「へへっ、こりゃ若旦那。いやぁ、この団子は絶品ですわ。それにしても、なんであっしが尾張モンだと?」
「言葉の訛(なま)りと、その目だ。ただの商人は、兵の数や銃の種子島(筒)の形状をそんな風には見ない」
 博史が淡々と言うと、藤吉郎の目から笑いが消えた。一瞬にして、切れ味鋭い刃物のような空気を纏う。
「……へぇ。噂通りの『天眼』をお持ちのようで。ここの大将さんで?」
「鷹野博史だ。単刀直入に聞こう。織田弾正忠(信長)殿の使いか?」
 藤吉郎が目を見開いた。
 完全に意表を突かれた顔だ。まさかこの山奥の若造が、まだ尾張の一大名に過ぎない主君の名を、しかも正確な官職名で呼ぶとは予想していなかったのだろう。
「……驚いた。あんた、何者だ? 京の公家ですら、おいらの殿様のことなんか知らねぇってのに」
「世の中の風を読むのが趣味でね」
 博史は向かいに座り、懐から一丁の短銃――護身用に作った回転式拳銃(リボルバー)の試作品――を取り出し、テーブルに置いた。
 藤吉郎の目が釘付けになる。
「藤吉郎さん、と言ったかな。君の主君は、『新しいもの』が好きだそうだね」
「……あぁ、三度の飯よりな。特に南蛮渡来の鉄砲や、珍しい道具には目がねぇ」
「なら、この里の技術を盗もうとするのはやめてもらおう。その代わり……商談といこうか」
 博史は提案した。
 織田家との同盟。いや、まだ時期尚早か。まずは「友好関係」だ。
 『鷹野式小銃』の完成品を十丁、そして石鹸の優先販売権を譲る。
 その対価として、尾張の良質な「銭(資金)」と、中央の「情報」を要求した。
 藤吉郎は、置かれたリボルバーを恐る恐る手に取った。
 弾倉が回転する仕組みを見て、彼は震える声で言った。
「……化け物だ、あんたは。こんな玩具、見たことも聞いたこともねぇ。殿が見たら、涎(よだれ)を垂らして喜ぶぞ」
「気に入ってもらえて光栄だ。君の出世の手土産にするといい」
 博史の言葉に、藤吉郎はニヤリと、猿のような、しかし王者の片鱗を感じさせる笑みを浮かべた。
「へっ、気前のいいこって。……いいだろう、乗った。だが鷹野の旦那、一つ忠告しとくぜ」
 藤吉郎は立ち上がり、北の方角を指差した。
「おいらがここに来る途中、妙な噂を聞いた。北の陸奥(むつ)に、『黒い鬼』が住み着いたってな。そいつの軍勢は、火を吐く車を使って城を一つ消し飛ばしたそうだ」
「……ジョン・ギャレットか」
「名前は知らねぇが、あんたと同じ匂いがする奴だ。気をつけな。あれは、国を食い荒らす毒だ」
 そう言い残すと、藤吉郎は風のように去っていった。
 嵐のような男だった。だが、これで繋がりはできた。
 未来の天下人とパイプを作ったことは、博史の生存戦略において大きな意味を持つ。
(黒い鬼、か……)
 博史は藤吉郎が指差した北の空を見上げた。
 歴史の歯車が、狂った速度で回り始めている。
(第7章 完)
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