神隠しな戦国おたく

TAKAHARA HIROKI

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第13章 安土への道

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椎葉の里を出発したのは、雪解け水が川を濁らせる早春の朝だった。
 一行は少数精鋭。博史と小雪、護衛のライフル隊十名、そして外交官役として同行する数名の文官のみだ。
 彼らが乗る乗り物は、街道を行き交う旅人たちの度肝を抜いた。
 黒塗りの箱馬車。だが、ただの馬車ではない。
 博史が設計し、孫六が板バネ(リーフスプリング)を組み込んだ**『サスペンション付き馬車』**だ。
 ガタガタと骨に響く振動はなく、まるで船のように滑らかに進む。
「……夢のようです。馬に乗っているのに、お茶が飲めるなんて」
 車内で、小雪が湯呑みを手に目を丸くしている。
 向かいに座る博史は、揺れる車窓の景色を眺めながら苦笑した。
「本来なら自動車でドライブといきたいところだけどね。……道が悪すぎる」
 博史の表情は晴れない。
 頭の中にあるのは、北から迫るギャレットの「黒の軍団」のことばかりだ。
 ガトリング砲。火炎放射器。
 一万二千の近代化兵団に対し、椎葉の兵力は予備兵を含めても二千に届かない。まともにぶつかれば、数時間ですり潰される。
「……博史様」
 ふと、温かい手が博史の膝に置かれた。
「怖い顔をされていますよ。眉間に皺が寄っています」
「ああ……ごめん。考え事をしていて」
「北の悪魔のことですね」
 小雪は全てお見通しだ。博史は観念して溜息をついた。
「正直、勝てる気がしない。奴の持っている兵器は、僕が作ったライフルとは次元が違う。大量殺戮のための機械だ。……僕がみんなを巻き込んだせいで、椎葉は地獄になるかもしれない」
 弱音だった。
 兵の前では絶対に見せない、ただの二十四歳の若者の顔。
 小雪は席を立ち、博史の隣に座り直すと、その頭を優しく自分の肩に寄せた。
「博史様。あなたは未来から来たと言いましたね」
「うん」
「未来の日本は、どんな国なのですか?」
「……平和だよ。人は殺し合わないし、夜は星が見えないくらい明るくて、誰もが満腹で……退屈なくらいだ」
「素敵ですね」
 小雪は慈愛に満ちた声で囁いた。
「私は、その『退屈』な世界を、この国で見てみたい。あなたが作ろうとしている景色を、一緒に見たいのです。……そのためなら、地獄だって怖くありません」
 博史は顔を上げた。
 小雪の瞳には、一切の迷いがなかった。守られているだけの姫ではない。彼女もまた、共に戦う同志なのだ。
「……ありがとう、小雪。君がいるなら、僕はまだ戦える」
 博史は彼女の手を握りしめ、再び前を向いた。
「行こう。まずは魔王(信長)を説得して、時間を稼ぐ」
 ***
 数日の旅路を経て、一行は近江(おうみ)の国に入った。
 そこは別世界だった。
 街道は整備され、関所も機能的だ。行き交う人々の服も良く、活気がある。織田信長の統治がいかに強固であるかが見て取れた。
 そして、琵琶湖のほとりに辿り着いた時、その威容は姿を現した。
「あれが……安土城」
 博史も、教科書や資料で知ってはいた。だが、実物は想像を絶していた。
 山全体が要塞化され、その頂に聳え立つ五層七階の天守閣。
 黒と朱の漆で塗られ、最上階は金箔で輝いている。
 それは日本の城というより、バベルの塔のような、天を衝く権力の象徴だった。
「凄い……。まるで神様のお住まいのようです」
 小雪が圧倒されて呟く。
「ああ。神になろうとしている男の城だ」
 博史は馬車を止めさせ、その巨城を見上げた。
 これから会う男は、この城の主。中世の常識を破壊し、新しい時代を作ろうとしている怪物だ。
 失敗すれば、同盟どころかその場で斬り捨てられる可能性もある。
「行くぞ。ここが正念場だ」
 博史はジャケットの襟を正し、深く息を吸い込んだ。
 馬車が再び動き出す。
 巨大な城門が、博史たちを飲み込むようにゆっくりと開いていく。
 歴史を変える会談まで、あと僅か。
(第13章 完)
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