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第14章 魔王と鷹
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安土城天主、最上階。
黄金の茶室ならぬ、壁一面に金箔と極彩色の狩野派の絵画が施された大広間。
その空間の圧力は、物理的な重力となって博史と小雪にのしかかっていた。
上段に座る男。
南蛮渡来のビロードのマントを無造作に羽織り、膝を立てて座るその姿は、一見すると不良のようだが、放たれるオーラは絶対君主のそれだ。
織田右大臣信長。
その左には、鋭い眼光を隠そうともしない明智光秀。右には、以前会った猿――羽柴秀吉が、ニヤニヤとしながらも油断なくこちらを見ている。そして背後には、美少年の小姓・森蘭丸が控えていた。
「面(おもて)を上げよ」
信長の声は低く、しかしよく響いた。
博史と小雪が顔を上げる。
信長の視線が、博史の着ているスーツ、小雪の着物、そして博史の背負った長細い包みに突き刺さる。
「その方が、噂の鷹野か。……して、そこの女子(おなご)は?」
「妻の小雪にございます」
「ふん。戦場に女を連れ歩くか。酔狂な男よ」
信長は鼻を鳴らし、盃を煽った。
「単刀直入に聞く。貴様、何者だ? 雷を操り、五千の兵を一兵も損なわず屠ったと聞く。南蛮のバテレンか? それとも天狗の類か?」
広間の空気が凍りつく。返答次第では、蘭丸が刀を抜く。
博史は背中に冷や汗を感じながらも、真っ直ぐに信長を見返した。
「私は、ただ『知っている』だけの男です。……上様がまだ知らぬ、この世界の形を」
「ほう? 余が知らぬ世界とな」
信長の目に危険な光が宿る。
博史は背中の包みを解いた。現れたのは、孫六に作らせ、博史が自ら地図を貼り付けた**『地球儀』**だ。
木製の球体。そこに日本、明、インド、そして欧州が描かれている。
博史はそれを畳の上で転がした。
ゴロゴロと音を立てて、球体は信長の足元で止まった。
「無礼な!」
光秀が色めき立つが、信長はそれを手で制し、球体を拾い上げた。
「……これは何だ。鞠(まり)か?」
「それが、我々の住む大地です」
博史の言葉に、秀吉が「あっはっは!」と笑った。
「こりゃあ傑作だ! 地面が丸いわけなかろう! ならば裏側の人間は空に落ちちまうわ!」
「落ちません。磁石が鉄を引き寄せるように、大地は万物を芯へ引き寄せているからです」
博史は静かに、しかし断定的に告げた。
「上様。そこにある小さな島国……それが日本です」
信長は地球儀を回し、親指の爪ほどの大きさしかない島を見つけた。
「……なんと。これが日本か」
「はい。そして海の向こうには、これほど広大な国々があります。彼らは鉄の船に乗り、強大な武力で世界を飲み込もうとしている。……北のギャレットも、その先兵に過ぎません」
信長は長い時間、地球儀を見つめていた。
やがて、その口元が歪み、三日月のような笑みを形作った。
「ククク……アーッハッハッハ!!」
突然の哄笑。
「愉快! 実に愉快だ! 日本なぞ、この鞠のシミのようなものか! 井の中の蛙が大海を知らずして、天下布武などと吠えていたわ!」
信長は立ち上がり、地球儀を蘭丸に放り投げた。
「鷹野、気に入った。貴様の目は、この狭い島国の外を見ているのだな」
「はい。この国を守るためには、外を知らねばなりません」
「よろしい。同盟を認める」
博史は内心で安堵の息を吐いた。
だが、魔王の言葉には続きがあった。
「ただし――」
信長は扇子を博史に突きつけた。
「条件がある。余は今、毛利攻めで手一杯だ。援軍は出せん」
「……え?」
「貴様の手勢だけで、北の悪魔を食い止めろ。一ヶ月だ。一ヶ月持ちこたえれば、猿(秀吉)の軍勢を向かわせる」
無理難題だ。
一万二千の近代化軍団相手に、二千の兵で一ヶ月。
だが、ここで断れば、この場で斬られるか、見捨てられるだけだ。
博史は拳を握りしめ、顔を上げた。
「……承知いたしました。一ヶ月、死守してみせます」
「よい返事だ。死ぬなよ、鷹野。貴様の作る『新しい日本』、余も興味が出てきた」
***
謁見が終わり、城を退出する廊下。
秀吉が追いついてきて、博史の背中をバシバシと叩いた。
「無茶を言うお方だろう? だがな、あのお方は本気で期待してるんだぜ。お前さんが『奇跡』を起こすのをな」
「期待のされ方が重すぎますよ、羽柴様」
「へへっ。ま、せいぜい気張りな。俺も急いで毛利を片付けて駆けつける。……それまで生きてろよ、兄弟」
秀吉が去った後、小雪が博史の袖を引いた。
その顔は青ざめていたが、瞳は力強かった。
「博史様。……帰りましょう、私たちの家に。そして、守り抜きましょう」
「ああ。ここからが本当の戦いだ」
安土城を背にする博史の足取りは重いが、迷いはなかった。
後ろ盾は得た。あとは、自らの力で未来を切り開くだけだ。
北からは黒い悪魔が、雪崩のように迫っている。
決戦の地は、再び椎葉。
そこで全てが決まる。
(第14章 完)
黄金の茶室ならぬ、壁一面に金箔と極彩色の狩野派の絵画が施された大広間。
その空間の圧力は、物理的な重力となって博史と小雪にのしかかっていた。
上段に座る男。
南蛮渡来のビロードのマントを無造作に羽織り、膝を立てて座るその姿は、一見すると不良のようだが、放たれるオーラは絶対君主のそれだ。
織田右大臣信長。
その左には、鋭い眼光を隠そうともしない明智光秀。右には、以前会った猿――羽柴秀吉が、ニヤニヤとしながらも油断なくこちらを見ている。そして背後には、美少年の小姓・森蘭丸が控えていた。
「面(おもて)を上げよ」
信長の声は低く、しかしよく響いた。
博史と小雪が顔を上げる。
信長の視線が、博史の着ているスーツ、小雪の着物、そして博史の背負った長細い包みに突き刺さる。
「その方が、噂の鷹野か。……して、そこの女子(おなご)は?」
「妻の小雪にございます」
「ふん。戦場に女を連れ歩くか。酔狂な男よ」
信長は鼻を鳴らし、盃を煽った。
「単刀直入に聞く。貴様、何者だ? 雷を操り、五千の兵を一兵も損なわず屠ったと聞く。南蛮のバテレンか? それとも天狗の類か?」
広間の空気が凍りつく。返答次第では、蘭丸が刀を抜く。
博史は背中に冷や汗を感じながらも、真っ直ぐに信長を見返した。
「私は、ただ『知っている』だけの男です。……上様がまだ知らぬ、この世界の形を」
「ほう? 余が知らぬ世界とな」
信長の目に危険な光が宿る。
博史は背中の包みを解いた。現れたのは、孫六に作らせ、博史が自ら地図を貼り付けた**『地球儀』**だ。
木製の球体。そこに日本、明、インド、そして欧州が描かれている。
博史はそれを畳の上で転がした。
ゴロゴロと音を立てて、球体は信長の足元で止まった。
「無礼な!」
光秀が色めき立つが、信長はそれを手で制し、球体を拾い上げた。
「……これは何だ。鞠(まり)か?」
「それが、我々の住む大地です」
博史の言葉に、秀吉が「あっはっは!」と笑った。
「こりゃあ傑作だ! 地面が丸いわけなかろう! ならば裏側の人間は空に落ちちまうわ!」
「落ちません。磁石が鉄を引き寄せるように、大地は万物を芯へ引き寄せているからです」
博史は静かに、しかし断定的に告げた。
「上様。そこにある小さな島国……それが日本です」
信長は地球儀を回し、親指の爪ほどの大きさしかない島を見つけた。
「……なんと。これが日本か」
「はい。そして海の向こうには、これほど広大な国々があります。彼らは鉄の船に乗り、強大な武力で世界を飲み込もうとしている。……北のギャレットも、その先兵に過ぎません」
信長は長い時間、地球儀を見つめていた。
やがて、その口元が歪み、三日月のような笑みを形作った。
「ククク……アーッハッハッハ!!」
突然の哄笑。
「愉快! 実に愉快だ! 日本なぞ、この鞠のシミのようなものか! 井の中の蛙が大海を知らずして、天下布武などと吠えていたわ!」
信長は立ち上がり、地球儀を蘭丸に放り投げた。
「鷹野、気に入った。貴様の目は、この狭い島国の外を見ているのだな」
「はい。この国を守るためには、外を知らねばなりません」
「よろしい。同盟を認める」
博史は内心で安堵の息を吐いた。
だが、魔王の言葉には続きがあった。
「ただし――」
信長は扇子を博史に突きつけた。
「条件がある。余は今、毛利攻めで手一杯だ。援軍は出せん」
「……え?」
「貴様の手勢だけで、北の悪魔を食い止めろ。一ヶ月だ。一ヶ月持ちこたえれば、猿(秀吉)の軍勢を向かわせる」
無理難題だ。
一万二千の近代化軍団相手に、二千の兵で一ヶ月。
だが、ここで断れば、この場で斬られるか、見捨てられるだけだ。
博史は拳を握りしめ、顔を上げた。
「……承知いたしました。一ヶ月、死守してみせます」
「よい返事だ。死ぬなよ、鷹野。貴様の作る『新しい日本』、余も興味が出てきた」
***
謁見が終わり、城を退出する廊下。
秀吉が追いついてきて、博史の背中をバシバシと叩いた。
「無茶を言うお方だろう? だがな、あのお方は本気で期待してるんだぜ。お前さんが『奇跡』を起こすのをな」
「期待のされ方が重すぎますよ、羽柴様」
「へへっ。ま、せいぜい気張りな。俺も急いで毛利を片付けて駆けつける。……それまで生きてろよ、兄弟」
秀吉が去った後、小雪が博史の袖を引いた。
その顔は青ざめていたが、瞳は力強かった。
「博史様。……帰りましょう、私たちの家に。そして、守り抜きましょう」
「ああ。ここからが本当の戦いだ」
安土城を背にする博史の足取りは重いが、迷いはなかった。
後ろ盾は得た。あとは、自らの力で未来を切り開くだけだ。
北からは黒い悪魔が、雪崩のように迫っている。
決戦の地は、再び椎葉。
そこで全てが決まる。
(第14章 完)
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