神隠しな戦国おたく

TAKAHARA HIROKI

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第15章 決戦前夜

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安土から戻った博史を待っていたのは、戦場と化した故郷の姿だった。
 椎葉の山々は、徹底的な要塞へと変貌していた。
 幾重にも掘られた塹壕、斜面に設置された落とし穴、そして要所要所に隠された狙撃ポイント。
 すべては、これから来る一万二千の怪物を迎え撃つための準備だ。
「……孫六さん、新型の調子はどうだ?」
 帰還早々、博史は鍛冶場へ顔を出した。
「おう、大将。おかえり」
 孫六は目の下の隈をこすりながら、作業台の上の物体を指差した。
 それは、複数の鉄パイプを束ねたような、粗野だが凶悪な兵器だった。
「**『多連装ロケット砲(の真似事)』**だ。竹と鉄で作った筒に、強化した火薬を詰めてある。精度はクソだが、音と光は派手だぜ」
「上出来だ。これなら相手の足を止められる」
 打ち合わせを終えようとした時、孫六が不意に真面目な顔をした。
「……で、大将。戦の支度はいいが、もう一つの『ケジメ』はつけたのか?」
「え?」
「姫さんだよ。……明日にも死ぬかもしれねぇんだ。後悔したままあの世に行くなよ」
 博史はハッとした。
 戦うことばかり考えていた。だが、自分にとって一番大切なものは何だ?
 ***
 その夜。
 城の庭園――といっても、小さな池があるだけの簡素な場所――に、博史は小雪を呼び出した。
 月が明るい。
「博史様、お話とは?」
 小雪はいつものように微笑んでいるが、その瞳には不安の色が見え隠れしている。
 博史はポケットから、小さな箱を取り出した。中には指輪はない。この時代、指輪の習慣はないし、作る暇もなかった。
 代わりに入っていたのは、博史が大切にしていた「腕時計」だった。彼の元の世界との唯一の繋がり。
「小雪さん。……僕と、夫婦(めおと)になってくれませんか」
 博史は震える声で告げた。
「指輪は用意できなかった。だから、僕の『時間』を君に預ける。……もし僕が死んでも、君の時間は続いていくように」
 小雪は目を見開き、やがて大粒の涙をこぼした。
 彼女は腕時計を両手で受け取ると、それを胸に抱きしめ、首を横に振った。
「いいえ。……あなたの時間が止まる時は、私も一緒です」
 彼女は一歩踏み出し、博史の胸に飛び込んだ。
「お受けします。博史様の妻にしてください。……たとえ明日、世界が終わろうとも」
 ***
 翌日、椎葉の里でささやかな祝言(結婚式)が執り行われた。
 豪華な衣装も、高価な料理もない。
 だが、村中の人々が集まり、心からの祝福を送った。
「おめでとうございます、大将! 奥方様!」
「これで椎葉も安泰だ!」
 博史は羽織袴、小雪は純白の打掛(母の形見だという)を身にまとい、三々九度の盃を交わす。
 二人が並んで座る背後には、「青い鷹の旗」が掲げられていた。
 その光景は、明日から始まる地獄を前にして、人々にとって唯一の希望の光だった。
 その夜、二人は初めて同じ布団に入った。
 博史は小雪の温もりを感じながら、心の中で強く誓った。
(死なない。絶対に。この温もりを守るためなら、僕は悪魔にだってなってやる)
 ***
 翌朝。
 幸せな時間は、無慈悲なサイレンによって引き裂かれた。
 カンカンカンカンッ!!
 半鐘の音が乱打される。
「敵襲ぅぅ! 北の街道より、黒い軍団が接近中! 数、およそ一万!!」
 博史は跳ね起きた。
 隣には、すでに身支度を整え、薙刀(なぎなた)を手にした小雪が立っていた。
 彼女はもう、守られるだけの姫ではなかった。「鷹野小雪」という、一人の戦士の顔をしていた。
「行きましょう、あなた」
「ああ」
 博史はジャケットを羽織り、愛銃のライフルを掴んだ。
 扉を開ける。冷たい朝の風が吹き込んでくる。
 その風には、微かにガソリンと油の匂いが混じっていた。
 ジョン・ギャレットが来たのだ。
 一ヶ月の攻防戦。
 椎葉の、そして日本の運命を決める**「南北戦争」**の火蓋が、今切って落とされた。
(第15章 完)
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