神隠しな戦国おたく

TAKAHARA HIROKI

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第16章 黒い炎

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椎葉の里の前面に広がる平野。そこに展開したのは、日本の戦国史においてあまりに異質な光景だった。
 一万二千の兵士は、統一された黒い具足を纏い、沈黙を守っている。旗指物はない。ただ、中央に巨大な「黒星旗(ブラックスター)」が翻っているだけだ。
 塹壕の中から、博史はその光景を遠眼鏡で確認し、奥歯を噛み締めた。
「……整然としすぎている。個人の武功を捨て、完全に『軍隊』として機能している」
 敵陣の中央が割れた。
 現れたのは、装甲板を取り付けた数台の荷車だ。その上には、複数の鉄パイプを束ねた異形の機械が鎮座している。
 博史の背筋に悪寒が走る。
「ガトリング砲……!」
 南北戦争(アメリカ)で使用された初期の手回し式機関銃。
 精度は低いが、その連射速度は毎分200発を超える。火縄銃の数千倍の火力だ。
 敵陣から、拡声器(メガホン)を通したギャレットの野太い声が響いた。
『Good morning, Vietnam! ……いや、Shiiba, was it?(おはよう、ベトナム! ……いや、椎葉だったか?)』
『警告はしない。降伏も受け入れない。ただ消え失せろ』
 ギャレットが手を振り下ろした。
 ガトリング砲のハンドルを、屈強な兵士が回し始める。
 ガリガリガリガリガリガリッ!!!
 不快な金属音と共に、六本の銃身が回転し、銃口から絶え間ない火花が噴き出した。
 それは射撃というより、鉛の暴風だった。
「う、わあぁぁぁ!?」
「盾が! 盾が砕けるぞぉぉ!」
 最前線の塹壕を守っていた木の柵が、瞬く間に粉砕され、木っ端微塵に飛び散る。
 頭を上げることすらできない。土砂と弾丸が雨のように降り注ぐ。
 さらに悪いことに、博史たちが頼りにしていた「射程外からの狙撃」が封じられた。ガトリング砲の有効射程は、博史のライフルと同等か、それ以上だ。
「制圧射撃だ! 顔を出すな! 低く伏せろ!」
 博史が叫ぶが、轟音にかき消される。
 その隙に、黒い軍団の歩兵たちがじりじりと距離を詰めてくる。
 彼らの背中には、奇妙なタンクが背負われていた。
「……まさか」
 先頭の歩兵が、塹壕の目の前まで肉薄し、手に持ったノズルを構えた。
 ゴォォォォォォォッ!!!
 紅蓮の炎が噴出した。
 ナパーム(粘着焼夷剤)を混ぜた燃料が、生き物のように塹壕の中へと流れ込む。
「ぎゃあああああ!! 熱い! 熱いぃぃぃ!!」
 兵士たちが火だるまになって転げ回る。水をかけても消えない。その悲鳴が、味方の恐怖を頂点へと押し上げた。
「か、勝てねぇ! あんなの人間じゃねぇ! 悪魔だ!」
「逃げろ! 焼かれるぞ!」
 パニックが伝染する。
 博史が築き上げた規律が、圧倒的な暴力の前に崩壊しようとしていた。
 これがギャレットのやり方だ。物理的な破壊以上に、心理的な恐怖(テラー)で敵を壊す。
(くそっ、このままじゃ全滅だ!)
 博史は恐怖で震える手を必死で抑え、自分のライフルを掴んだ。
 逃げ出そうとする若兵の胸ぐらを掴み、怒鳴りつける。
「落ち着け! 奴らの武器は無敵じゃない!」
 博史は塹壕の縁から、一瞬だけ身を乗り出した。
 ガトリング砲の射手。そして火炎放射兵。彼らには弱点がある。
「よく見ろ! あの連射砲は、人間が手で回している! そして火炎兵の背中は燃料の塊だ!」
 博史は照準を合わせた。
 ターゲットは、ガトリング砲のハンドルを回す兵士。
 距離は五百メートル。弾幕の中、針の穴を通すような集中力が必要だ。
 呼吸を止める。世界がスローモーションになる。
 ズドンッ!
 博史の一撃が、射手の眉間を撃ち抜いた。
 ガトリング砲の回転が止まる。
「次だ! 狙撃班、火炎兵のタンクを狙え!」
 博史の背中を見たライフル隊の精鋭たちが、正気を取り戻した。
「大将に続け! 悪魔を撃て!」
 数名の狙撃手が、火炎放射兵を狙い撃つ。
 弾丸がタンクを貫通した瞬間、引火爆発。
 ドガアアァンッ!
 周囲の歩兵を巻き込んで、火炎兵が爆発四散した。
「ひるむな! 奴らも人間だ! 血が出るぞ!」
 博史の叫びに応え、塹壕からの反撃が始まった。
 正確無比なライフル射撃が、黒い軍団の前進を辛うじて食い止める。
 夕暮れ時。
 ギャレット軍は深追いせず、潮が引くように後退していった。
 だが、それは撤退ではない。「今日の仕事は終わり」という、余裕の表れだった。
 塹壕の中は、焦げた肉の匂いと、絶望的な沈黙に包まれていた。
 第一陣は凌いだ。しかし、被害は甚大だ。防衛ラインの三割が破壊され、百名近い死傷者が出た。
 博史は泥だらけの壁に背中を預け、空を見上げた。
 まだ初日だ。
 ギャレットはまだ、本気を出していないかもしれない。
「……生きてるか、みんな」
 博史の声に、煤だらけの小雪が答える。彼女もまた、後方で怪我人の手当てに奔走していた。
「はい。……でも、水と包帯が足りません」
 博史は拳を握りしめた。
 織田の援軍が来るまで、あと二十九日。
 その時間が、永遠のように長く感じられた。
(第16章 完)
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