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第17章 闇を駆ける
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夜の帳が下りても、椎葉の陣地には重苦しい沈黙が漂っていた。
焚き火を囲む兵士たちの目は虚ろだ。明日の朝、またあの「黒い炎」と「鉄の雨」が降ってくる。その恐怖が、戦う気力を削ぎ落としていた。
「……明日は持ちませんね」
地下壕の作戦室で、孫六がポツリと言った。
博史は泥だらけの地図を睨みつけたまま、短く頷いた。
「ああ。塹壕が半分崩された。次の攻撃であのガトリング砲が火を噴けば、防衛線は突破される」
ならば、どうする。
撤退か? いや、後ろには守るべき里と家族がいる。
博史は顔を上げ、孫六と、吾作ら数名の精鋭を見回した。
「今夜、敵陣に潜入する」
「はぁ!? 本気ですか大将!?」
吾作が素っ頓狂な声を上げた。
「敵は一万ですよ! 飛んで火に入る夏の虫だ!」
「正面から戦えばね。だが、彼らは勝った気でいる。そして、近代的な軍隊ほど『夜』には脆い。補給と休息を規則正しく取るからだ」
博史は懐から、瓶を取り出した。中には煤(すす)と油を混ぜた黒いペーストが入っている。
「顔と手にこれを塗れ。装備は最小限。音の出る金具はすべて布で巻け。……狙いは奴らの『ガトリング砲』と『燃料タンク』だ」
***
深夜。月明かりすら雲に隠れた漆黒の闇。
博史率いる十名の決死隊は、森の中を音もなく移動していた。
顔を黒く塗りつぶした彼らは、闇と一体化している。現代の特殊部隊(カモフラージュ)の技術だ。
敵の野営地は、平野の中央にあった。
篝火(かがりび)が焚かれ、見張りの兵が立っているが、その態度は緩慢だ。まさか、虫の息の敵が攻めてくるとは夢にも思っていない。
(……ギャレット、君の過信が命取りだ)
博史はハンドサインを送り、部下を散開させた。
匍匐前進(ほふくぜんしん)で草むらを這い、鉄条網の隙間を抜ける。
心臓の音が鼓膜を叩くほどうるさい。だが、博史の頭脳は冷徹に冴え渡っていた。
目標発見。
陣地の中央、厳重に守られたテントの前に、シートを被せられた四台のガトリング砲が並んでいる。その奥には、火炎放射用の燃料ドラム缶が積まれている。
「……孫六さん、頼む」
博史が耳元で囁くと、孫六はニヤリと笑い、背負っていた袋を下ろした。
中身は、導火線をつけた**『梱包爆薬(サッチェル・チャージ)』**だ。粒状火薬を限界まで圧縮してある。
見張りの兵があくびをして、背を向けた一瞬の隙。
孫六と吾作が影のように走り寄り、ガトリング砲の車軸と機関部に爆薬をセットする。
さらに、燃料置き場にもセット完了。
作業時間はわずか三分。
だが、戻ろうとしたその時だった。
「Who goes there?(誰だ?)」
テントから、トイレに起きてきた米兵が出てきた。
懐中電灯(マグライト)の光が、吾作の顔を照らす。
「あ……」
「Intruder!!(侵入者だ!!)」
叫び声と同時に、博史はライフルを構え、反射的に引き金を引いた。
ズドンッ!
米兵が倒れるが、銃声が夜の静寂を引き裂いた。
「敵襲ぅぅ! 侵入者だ!」
「殺せ! 逃がすな!」
キャンプ中が蜂の巣をつついたような騒ぎになる。
無数の足音と怒号。サーチライトが走り回る。
「逃げるぞ! 走れッ!!」
博史たちは一斉に走り出した。
背後から銃弾が飛んでくる。
「孫六、点火は!?」
「した! 十秒で吹っ飛ぶぞ!」
博史たちが闇の中へダイブした、その直後。
ドガアアアァァァァァンッ!!!!!
夜空が真昼のように輝いた。
爆薬が炸裂し、誘爆した燃料ドラム缶が巨大な火球となって舞い上がる。
衝撃波が背中を叩く。
ガトリング砲の残骸――ひしゃげた鉄パイプと車輪――が、空高く吹き飛ぶのが見えた。
「ぎゃあああ! 燃える! テントが燃える!」
「水だ! 水を持ってこい!」
敵陣は大混乱に陥った。
その混乱を背に、博史たちは森の中へと消えていった。
***
翌朝。
ギャレットは、黒焦げになったガトリング砲の残骸の前に立っていた。
四台中、三台が全壊。一台も修理不能なほどの損傷を受けている。
さらに燃料の大半を失い、火炎放射器もしばらく使えない。
「……やってくれる」
ギャレットは足元の瓦礫を蹴り飛ばした。
怒りよりも、奇妙な興奮が湧き上がっていた。
ただの歴史オタクだと思っていた男が、自分と同じ戦術――ナイト・オプス(夜間作戦)を仕掛けてきたのだ。
「Master Sergeant...(曹長……)」
おずおずと声をかけた部下を、ギャレットは振り返った。
その顔には、獰猛な笑みが張り付いていた。
「面白い。最高の戦争(ゲーム)だ。
小細工はもういい。奴らが籠もるあの山ごと、更地にしてやる」
博史の夜襲は成功した。
敵の最強の矛を折ることで、数日の時間を稼いだのだ。
だが、それは眠れる獅子を完全に目覚めさせる行為でもあった。
椎葉の里。
帰還した博史を、小雪が涙目で抱きしめる。
「無茶です! もし死んでいたら……!」
「ごめん。でも、これで少し時間ができた」
博史はススだらけの顔で笑ったが、その目は笑っていなかった。
次は、総力戦になる。
手持ちのカードは切った。あと残された手段は――空しかない。
(第17章 完)
焚き火を囲む兵士たちの目は虚ろだ。明日の朝、またあの「黒い炎」と「鉄の雨」が降ってくる。その恐怖が、戦う気力を削ぎ落としていた。
「……明日は持ちませんね」
地下壕の作戦室で、孫六がポツリと言った。
博史は泥だらけの地図を睨みつけたまま、短く頷いた。
「ああ。塹壕が半分崩された。次の攻撃であのガトリング砲が火を噴けば、防衛線は突破される」
ならば、どうする。
撤退か? いや、後ろには守るべき里と家族がいる。
博史は顔を上げ、孫六と、吾作ら数名の精鋭を見回した。
「今夜、敵陣に潜入する」
「はぁ!? 本気ですか大将!?」
吾作が素っ頓狂な声を上げた。
「敵は一万ですよ! 飛んで火に入る夏の虫だ!」
「正面から戦えばね。だが、彼らは勝った気でいる。そして、近代的な軍隊ほど『夜』には脆い。補給と休息を規則正しく取るからだ」
博史は懐から、瓶を取り出した。中には煤(すす)と油を混ぜた黒いペーストが入っている。
「顔と手にこれを塗れ。装備は最小限。音の出る金具はすべて布で巻け。……狙いは奴らの『ガトリング砲』と『燃料タンク』だ」
***
深夜。月明かりすら雲に隠れた漆黒の闇。
博史率いる十名の決死隊は、森の中を音もなく移動していた。
顔を黒く塗りつぶした彼らは、闇と一体化している。現代の特殊部隊(カモフラージュ)の技術だ。
敵の野営地は、平野の中央にあった。
篝火(かがりび)が焚かれ、見張りの兵が立っているが、その態度は緩慢だ。まさか、虫の息の敵が攻めてくるとは夢にも思っていない。
(……ギャレット、君の過信が命取りだ)
博史はハンドサインを送り、部下を散開させた。
匍匐前進(ほふくぜんしん)で草むらを這い、鉄条網の隙間を抜ける。
心臓の音が鼓膜を叩くほどうるさい。だが、博史の頭脳は冷徹に冴え渡っていた。
目標発見。
陣地の中央、厳重に守られたテントの前に、シートを被せられた四台のガトリング砲が並んでいる。その奥には、火炎放射用の燃料ドラム缶が積まれている。
「……孫六さん、頼む」
博史が耳元で囁くと、孫六はニヤリと笑い、背負っていた袋を下ろした。
中身は、導火線をつけた**『梱包爆薬(サッチェル・チャージ)』**だ。粒状火薬を限界まで圧縮してある。
見張りの兵があくびをして、背を向けた一瞬の隙。
孫六と吾作が影のように走り寄り、ガトリング砲の車軸と機関部に爆薬をセットする。
さらに、燃料置き場にもセット完了。
作業時間はわずか三分。
だが、戻ろうとしたその時だった。
「Who goes there?(誰だ?)」
テントから、トイレに起きてきた米兵が出てきた。
懐中電灯(マグライト)の光が、吾作の顔を照らす。
「あ……」
「Intruder!!(侵入者だ!!)」
叫び声と同時に、博史はライフルを構え、反射的に引き金を引いた。
ズドンッ!
米兵が倒れるが、銃声が夜の静寂を引き裂いた。
「敵襲ぅぅ! 侵入者だ!」
「殺せ! 逃がすな!」
キャンプ中が蜂の巣をつついたような騒ぎになる。
無数の足音と怒号。サーチライトが走り回る。
「逃げるぞ! 走れッ!!」
博史たちは一斉に走り出した。
背後から銃弾が飛んでくる。
「孫六、点火は!?」
「した! 十秒で吹っ飛ぶぞ!」
博史たちが闇の中へダイブした、その直後。
ドガアアアァァァァァンッ!!!!!
夜空が真昼のように輝いた。
爆薬が炸裂し、誘爆した燃料ドラム缶が巨大な火球となって舞い上がる。
衝撃波が背中を叩く。
ガトリング砲の残骸――ひしゃげた鉄パイプと車輪――が、空高く吹き飛ぶのが見えた。
「ぎゃあああ! 燃える! テントが燃える!」
「水だ! 水を持ってこい!」
敵陣は大混乱に陥った。
その混乱を背に、博史たちは森の中へと消えていった。
***
翌朝。
ギャレットは、黒焦げになったガトリング砲の残骸の前に立っていた。
四台中、三台が全壊。一台も修理不能なほどの損傷を受けている。
さらに燃料の大半を失い、火炎放射器もしばらく使えない。
「……やってくれる」
ギャレットは足元の瓦礫を蹴り飛ばした。
怒りよりも、奇妙な興奮が湧き上がっていた。
ただの歴史オタクだと思っていた男が、自分と同じ戦術――ナイト・オプス(夜間作戦)を仕掛けてきたのだ。
「Master Sergeant...(曹長……)」
おずおずと声をかけた部下を、ギャレットは振り返った。
その顔には、獰猛な笑みが張り付いていた。
「面白い。最高の戦争(ゲーム)だ。
小細工はもういい。奴らが籠もるあの山ごと、更地にしてやる」
博史の夜襲は成功した。
敵の最強の矛を折ることで、数日の時間を稼いだのだ。
だが、それは眠れる獅子を完全に目覚めさせる行為でもあった。
椎葉の里。
帰還した博史を、小雪が涙目で抱きしめる。
「無茶です! もし死んでいたら……!」
「ごめん。でも、これで少し時間ができた」
博史はススだらけの顔で笑ったが、その目は笑っていなかった。
次は、総力戦になる。
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