神隠しな戦国おたく

TAKAHARA HIROKI

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第18章 空からの希望

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夜襲から二日後。
 ギャレット軍は体制を立て直し、怒り狂った獣のように椎葉の防衛線へ押し寄せてきた。
 ガトリング砲こそ失ったが、彼らにはまだ数千のライフル兵と、無限に近い弾薬がある。
「前進! 撃ち続けろ! 蟻一匹逃がすな!」
 黒い軍団がジリジリと距離を詰める。
 塹壕の中、博史は空を見上げた。風は穏やか。北風に乗れる。
「……孫六さん、準備は?」
「おうよ。あんなデカい提灯(ちょうちん)が空を飛ぶなんて、まだ半信半疑だがな」
 博史の合図で、里の奥まった広場から、巨大な物体が姿を現した。
 和紙を何重にも貼り合わせ、こんにゃく糊と柿渋で気密性を高めた球体。
 下部には竹製のゴンドラが吊るされ、その中心で松脂を含ませた藁が激しく燃焼している。
 『熱気球(ホット・エアー・バルーン)』。
 熱された空気が球体を膨らませていく。
 ぐぐっ、と係留ロープが鳴り、巨大な影がふわりと地面を離れた。
「う、浮いた……! 本当に浮きやがった!」
 孫六や村人たちが口を開けて見上げる中、博史はゴンドラに乗り込んだ。
「吾作、爆弾を積め! 焙烙玉(ほうろくだま)だ! ありったけ持っていく!」
 ***
 戦場の上空。
 前進していたギャレット軍の兵士たちが、ふと空に浮かぶ異変に気づいた。
「おい、あれを見ろ」
「なんだ? 雲か?」
「いや……丸いぞ。どんどん大きくなってくる!」
 高度三百メートル。
 博史は鳥の視点で戦場を見下ろしていた。
 眼下に広がる黒い軍団は、まるで豆粒のようだ。これほどの高さを飛ぶものは、この時代には鳥しかいない。
「……聞こえるか、ギャレット。これが空気の力だ」
 博史は風を読み、敵の密集地帯――補給部隊の上空へと静かに滑り込んだ。
 気球は音もなく忍び寄る。
 そして、真上に来た瞬間。
「プレゼントだ!」
 博史と吾作は、導火線に火をつけた焙烙玉(手投げ弾)を次々と放り落とした。
 ヒュルルルル……。
 空から降る死の雨。
 ドガァーン! ズドーン!!
 敵陣のど真ん中で爆発が起きた。
 何が起きたか分からない敵兵たちはパニックに陥る。
「そ、空から爆発したぞ!?」
「雷神だ! 雷神が降りてきた!」
「逃げろぉぉ!」
 上空を見上げた兵士たちは、そこに浮かぶ巨大な球体を見て、腰を抜かした。
 科学を知らない彼らにとって、それは「空飛ぶ化け物」に他ならない。
 ***
 後方の指揮所で、ギャレットは双眼鏡を握り潰さんばかりに力を込めていた。
「Balloon...(気球だと……?)」
 彼の顔が驚愕に歪む。
 18世紀のモンゴルフィエ兄弟の発明を、この戦国時代に再現したのか?
 和紙と竹で?
「Fuck! 撃ち落とせ! 全員で空を撃て!」
 ギャレットが怒鳴り散らすが、ライフル兵たちは混乱の極みにある。
 何とか命令に従って空へ向けて発砲するが、三百メートルの高さにある移動目標になど当たるはずがない。弾丸は虚しく重力に負けて落ちてくる。
「届きません! 悪魔です! あれは空飛ぶ悪魔の目玉です!」
「ええい、退くな! 持ち場に戻れ!」
 気球からの爆撃は、物理的な被害こそ限定的だったが、心理的なダメージは甚大だった。
 「空から見られている」「いつ頭上から爆弾が降ってくるか分からない」という恐怖が、黒い軍団の足を完全に止めたのだ。
 ***
 夕方。
 燃料が尽きかけた気球は、風に乗って椎葉の里の裏山へ不時着した。
 ゴンドラから転がり出た博史を、小雪が泣きながら抱きとめた。
「無茶です! 風に流されて海まで行ってしまったらどうするのですか!」
「……ごめん。でも、見たかい? 奴らが蜘蛛の子を散らすように逃げるのを」
 博史は芝生に大の字になって空を見上げた。
 これでまた一日、寿命が延びた。
 だが、これは奇策に過ぎない。種が割れれば、ギャレットは対策を講じてくるだろう。
(織田の援軍まで、あと二十日……)
 空からの希望は、一時的な安らぎをもたらした。
 しかし、地上での決着はまだついていない。
 怒り狂ったギャレットは、次こそ全戦力を一点に集中させ、力づくで防衛線を突破しに来るはずだ。
 本当の地獄は、ここからだ。
(第18章 完)
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