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第23章 海を渡る鉄の城
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若狭湾(わかさわん)。
穏やかな内海に、異様なシルエットが浮かんでいた。
それは、既存の安宅船(あたけぶね)をベースにしつつも、船体全体が黒い鉄板で覆われた装甲艦だった。
そして何より目を引くのは、船体中央にそびえ立つ煙突と、両舷に取り付けられた巨大な水車(外輪)だ。
【装甲蒸気船 『青嵐(せいらん)』】
博史が孫六たちと並行して、港町の船大工を総動員して建造させていた秘密兵器である。
港には、巨大なクレーン(滑車と蒸気ウインチ)が設置され、今まさに蒸気自走砲『建御雷』が船倉へと吊り下げられているところだった。
「……重てぇな。船が沈まねぇか心配だ」
甲板で指揮を執る船長――元は若狭の海賊だった男――が、軋む船体に不安の声を上げる。
博史は桟橋から冷ややかに見上げた。
「計算上は耐えられる。喫水線は下がるが、日本海の波なら超えられるはずだ」
「へいへい。大将の計算とやらを信じるしかねぇな」
積み込み完了。
ボイラーに火が入る。
煙突から黒煙が噴き上がり、汽笛が港に響き渡った。
「出航! 全速前進!」
バシャバシャバシャ……!
外輪が水を掻き、風のない海を、帆船ではあり得ない速度で『青嵐』が滑り出した。
目指すは北。ジョン・ギャレットの待つ陸奥へ。
***
航海は順調だった。
逆風をもろともせず突き進む蒸気船の威力は絶大で、本来なら数週間かかる航路を、わずか三日で消化していく。
だが、能登半島を越え、佐渡沖に差し掛かった時、海の色が変わった。
「前方に船影! 数、二十! ……速いぞ!」
見張り員の叫び声。
水平線の向こうから、小型の早船(はやぶね)の集団が、群れを成して迫ってくる。
帆には、ギャレットの軍と同じ「黒星」のマーク。
「海賊か。ギャレットの息がかかっているな」
博史はブリッジから双眼鏡を覗いた。
敵船の甲板には、何やら樽のようなものが大量に積まれている。
そして、舳先(へさき)には火が点けられていた。
「火船(かせん)だ! 特攻してくる気だぞ!」
船長が悲鳴を上げる。
爆薬や油を積んだ船を体当たりさせ、自爆する戦法だ。木造船なら一発で炎上沈没する。
しかも、彼らは風上にいる。帆走での接近速度は速い。
「面舵(おもかじ)! 逃げるか!?」
「いいや」
博史の声は氷点下だった。
「逃げれば追いつかれる。……踏み潰せ」
博史は伝声管を掴み、機関室へ命令を下した。
「機関全開。ヨーソロー(直進)。敵船団の中央へ突っ込む」
「なっ!? 正気か大将! ぶつかったらこっちも……」
「この船は鉄張りだ。木の船ごときに負けはしない。……それに、挨拶代わりの一発が必要だ」
博史は甲板の砲手たちに合図を送った。
『青嵐』の船首には、一門の回転式砲塔――アームストロング砲を模したライフル砲が据え付けられている。
「撃て」
ズドンッ!!
砲弾が唸りを上げて飛翔し、先頭の海賊船に着弾した。
爆発。
積まれていた火薬に誘爆し、海賊船は水柱と共に木っ端微塵に吹き飛んだ。
「う、うわぁぁぁ!?」
「なんだあの威力は!」
海賊たちが恐れおののく間もなく、黒煙を吐く巨大な鉄の塊が、彼らの目の前に迫る。
回避しようにも、蒸気船の速度と質量は彼らの常識を超えていた。
ガギィィィィンッ!!!
『青嵐』の鉄の船首が、海賊船の横腹を紙のように引き裂き、へし折った。
悲鳴と破壊音。
博史は揺れるブリッジで、眉一つ動かさずにその光景を見ていた。
「邪魔だ。どけ」
次々と小舟を跳ね飛ばし、燃やし、沈めていく。
それは海戦というより、交通事故のような一方的な蹂躙だった。
生き残った海賊たちは、蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていく。
「……化け物だ」
船長が震える声で呟いた。
鉄の装甲には傷一つついていない。
***
二日後。
『青嵐』は、陸奥の海岸――現在の新潟から山形にかけての砂浜に到達した。
敵の領土だ。
船首が砂浜に乗り上げ、巨大なタラップ(道板)が下ろされる。
ブシュゥゥゥゥ……。
蒸気の排気音と共に、船倉の暗闇から、鋼鉄の巨獣が姿を現した。
蒸気自走砲『建御雷』。
そのキャタピラが、北の大地を力強く踏みしめる。
続いて、カーキ色の軍服を着た二千の兵士たちが、無言で整列する。
博史は戦車の天蓋(ハッチ)の上に立ち、冷たい北風を受けた。
ここから先は、ギャレットが支配する「要塞地帯」だ。
罠、地雷、そして待ち受ける近代兵器群。
「行くぞ。……待っていろ、ギャレット」
博史が手を振り下ろすと、戦車の汽笛が鳴り響いた。
復讐の軍勢が、いよいよ敵の本土へと侵攻を開始する。
日本の歴史上、最も凄惨な戦いが始まろうとしていた。
(第23章 完)
穏やかな内海に、異様なシルエットが浮かんでいた。
それは、既存の安宅船(あたけぶね)をベースにしつつも、船体全体が黒い鉄板で覆われた装甲艦だった。
そして何より目を引くのは、船体中央にそびえ立つ煙突と、両舷に取り付けられた巨大な水車(外輪)だ。
【装甲蒸気船 『青嵐(せいらん)』】
博史が孫六たちと並行して、港町の船大工を総動員して建造させていた秘密兵器である。
港には、巨大なクレーン(滑車と蒸気ウインチ)が設置され、今まさに蒸気自走砲『建御雷』が船倉へと吊り下げられているところだった。
「……重てぇな。船が沈まねぇか心配だ」
甲板で指揮を執る船長――元は若狭の海賊だった男――が、軋む船体に不安の声を上げる。
博史は桟橋から冷ややかに見上げた。
「計算上は耐えられる。喫水線は下がるが、日本海の波なら超えられるはずだ」
「へいへい。大将の計算とやらを信じるしかねぇな」
積み込み完了。
ボイラーに火が入る。
煙突から黒煙が噴き上がり、汽笛が港に響き渡った。
「出航! 全速前進!」
バシャバシャバシャ……!
外輪が水を掻き、風のない海を、帆船ではあり得ない速度で『青嵐』が滑り出した。
目指すは北。ジョン・ギャレットの待つ陸奥へ。
***
航海は順調だった。
逆風をもろともせず突き進む蒸気船の威力は絶大で、本来なら数週間かかる航路を、わずか三日で消化していく。
だが、能登半島を越え、佐渡沖に差し掛かった時、海の色が変わった。
「前方に船影! 数、二十! ……速いぞ!」
見張り員の叫び声。
水平線の向こうから、小型の早船(はやぶね)の集団が、群れを成して迫ってくる。
帆には、ギャレットの軍と同じ「黒星」のマーク。
「海賊か。ギャレットの息がかかっているな」
博史はブリッジから双眼鏡を覗いた。
敵船の甲板には、何やら樽のようなものが大量に積まれている。
そして、舳先(へさき)には火が点けられていた。
「火船(かせん)だ! 特攻してくる気だぞ!」
船長が悲鳴を上げる。
爆薬や油を積んだ船を体当たりさせ、自爆する戦法だ。木造船なら一発で炎上沈没する。
しかも、彼らは風上にいる。帆走での接近速度は速い。
「面舵(おもかじ)! 逃げるか!?」
「いいや」
博史の声は氷点下だった。
「逃げれば追いつかれる。……踏み潰せ」
博史は伝声管を掴み、機関室へ命令を下した。
「機関全開。ヨーソロー(直進)。敵船団の中央へ突っ込む」
「なっ!? 正気か大将! ぶつかったらこっちも……」
「この船は鉄張りだ。木の船ごときに負けはしない。……それに、挨拶代わりの一発が必要だ」
博史は甲板の砲手たちに合図を送った。
『青嵐』の船首には、一門の回転式砲塔――アームストロング砲を模したライフル砲が据え付けられている。
「撃て」
ズドンッ!!
砲弾が唸りを上げて飛翔し、先頭の海賊船に着弾した。
爆発。
積まれていた火薬に誘爆し、海賊船は水柱と共に木っ端微塵に吹き飛んだ。
「う、うわぁぁぁ!?」
「なんだあの威力は!」
海賊たちが恐れおののく間もなく、黒煙を吐く巨大な鉄の塊が、彼らの目の前に迫る。
回避しようにも、蒸気船の速度と質量は彼らの常識を超えていた。
ガギィィィィンッ!!!
『青嵐』の鉄の船首が、海賊船の横腹を紙のように引き裂き、へし折った。
悲鳴と破壊音。
博史は揺れるブリッジで、眉一つ動かさずにその光景を見ていた。
「邪魔だ。どけ」
次々と小舟を跳ね飛ばし、燃やし、沈めていく。
それは海戦というより、交通事故のような一方的な蹂躙だった。
生き残った海賊たちは、蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていく。
「……化け物だ」
船長が震える声で呟いた。
鉄の装甲には傷一つついていない。
***
二日後。
『青嵐』は、陸奥の海岸――現在の新潟から山形にかけての砂浜に到達した。
敵の領土だ。
船首が砂浜に乗り上げ、巨大なタラップ(道板)が下ろされる。
ブシュゥゥゥゥ……。
蒸気の排気音と共に、船倉の暗闇から、鋼鉄の巨獣が姿を現した。
蒸気自走砲『建御雷』。
そのキャタピラが、北の大地を力強く踏みしめる。
続いて、カーキ色の軍服を着た二千の兵士たちが、無言で整列する。
博史は戦車の天蓋(ハッチ)の上に立ち、冷たい北風を受けた。
ここから先は、ギャレットが支配する「要塞地帯」だ。
罠、地雷、そして待ち受ける近代兵器群。
「行くぞ。……待っていろ、ギャレット」
博史が手を振り下ろすと、戦車の汽笛が鳴り響いた。
復讐の軍勢が、いよいよ敵の本土へと侵攻を開始する。
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(第23章 完)
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