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第24章 雪と鉄条網
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上陸地点から内陸へ進むこと数キロ。
博史の視界に飛び込んできたのは、美しい雪景色でも、のどかな田園風景でもなかった。
荒涼とした大地が、どこまでも続く灰色の線で分断されている。
**鉄条網(バーブワイヤー)**だ。
棘のついた鉄線が幾重にも張り巡らされ、その奥には土嚢とコンクリートで固められた監視塔(バンカー)が、墓標のように点在している。
「……ひどいな」
『建御雷』のキューポラ(展望塔)から顔を出した博史は、双眼鏡越しにその光景を見て呟いた。
鉄条網には、逃亡しようとしたのであろう農民や、敵対した兵士の遺体が、見せしめのように引っかかったまま凍りついている。
ギャレットは、この地を巨大な収容所(キャンプ)に変えていたのだ。
「全軍、停止!」
先導する歩兵部隊の隊長が叫んだ。
不自然に平らにならされた地面。博史の「危険感知」が警鐘を鳴らす。
「地雷原(マインフィールド)だ。踏むなよ」
博史の警告とほぼ同時だった。
一人の兵士が、雪の下に隠された何かに足を乗せた。
ドォォン!!
爆発音と共に、兵士の下半身が吹き飛んだ。
悲鳴が上がる間もなく、敵のバンカーからマズルフラッシュが瞬いた。
ババババババッ!!
機関銃(ガトリング砲の改良型)による十字砲火。
遮蔽物のない平地で、歩兵たちは次々となぎ倒されていく。
「退け! 狙い撃ちにされるぞ!」
「盾が通じねぇ! 貫通してくる!」
これがギャレットの防衛戦術だ。
地雷と鉄条網で足を止め、動けなくなったところを機関銃で狩る。
第一次世界大戦で何百万人もの命を奪った「塹壕戦」の悪夢。生身の人間では絶対に突破できない。
「……分かっているさ」
博史はハッチを閉め、操縦席に座り直した。
薄暗い車内に、蒸気圧計の針が震えている。
ボイラーマンを務める屈強な元鍛冶屋が、スコップで石炭を放り込みながら吠えた。
「圧力最大! いけますぜ、大将!」
「ああ。……道を空けさせよう」
博史はレバーを押し込んだ。
プシュウゥゥゥゥッ!!
排気弁から凄まじい蒸気が噴き出し、鉄の履帯(キャタピラ)が大地を噛んだ。
ギチチチチチ……!!
重量二十トン。戦国時代には存在し得ない超重量の鉄塊が、唸りを上げて前進を開始した。
歩兵たちが慌てて左右に開く。
『建御雷』は、地雷原など意に介さなかった。
ドォン! ズドン!
地雷がキャタピラの下で爆発するが、分厚い鉄板とサスペンションが衝撃を吸収する。黒煙を突き破り、怪物は止まらない。
「な、なんだあれは!?」
バンカーの中、ギャレット軍の兵士たちが絶叫する。
「鉄の城が動いてるぞ!」
「撃て! 止めろ!」
ガトリング砲の弾丸が『建御雷』の装甲に降り注ぐ。
カンカンカンカンッ!
激しい金属音が響くが、弾は全て火花を散らして弾かれた。鉛玉ごときで、鍛え抜かれた鋼鉄の装甲は貫けない。
博史は照準器を覗き込んだ。
視界の中央、機関銃を乱射しているバンカーの銃眼を捉える。
「消えろ」
主砲発射。
ズガアアァァンッ!!
車体が大きく揺れ、砲口から轟炎が噴き出す。
至近距離から放たれた榴弾が、バンカーの銃眼に吸い込まれた。
内部で爆発。コンクリートの屋根が吹き飛び、瓦礫と肉片が舞い上がる。
「ひ、ひぃぃぃ!」
「逃げろ! 潰されるぞ!」
パニックに陥った敵兵たちが、塹壕から這い出して逃げ惑う。
だが、その先には自らが張り巡らせた鉄条網が待っていた。棘に絡まり、動けなくなったところを、『建御雷』のキャタピラが無慈悲に踏み潰していく。
バリバリバリ……。
鉄条網を引きちぎり、土嚢を押し潰し、鉄の怪物は防衛線を突破した。
その後ろを、鷹野軍の歩兵たちが続く。
「大将に続けぇぇ!!」
「地獄の門が開いたぞ!」
博史は操縦桿を握りしめたまま、感情を殺していた。
キャタピラの下から伝わる、生々しい感触。
これは戦争ではない。駆除だ。
小雪を助け出すためなら、この手はどれだけ汚れても構わない。
***
その光景を、遠く離れた山頂の要塞――『黒鉄の城』のバルコニーから見下ろしている男がいた。
ジョン・ギャレット。
彼は上等のワイングラスを片手に、黒煙を上げる自軍の防衛線を眺め、口笛を吹いた。
「Impressive.(見事だ)」
彼の手元にある無線機から、前線の悲鳴が聞こえてくる。
『タンクです! 蒸気で動く戦車が現れました! 防衛線崩壊!』
「蒸気戦車か。……ロマンがあるじゃないか、博士」
ギャレットはワインを干し、ニヤリと笑った。
焦りはない。むしろ、待ち望んでいた獲物がようやく罠にかかったことを喜んでいるようだ。
「来いよ、タカノ。
お前のその鉄屑が、俺の『最新兵器』にどこまで通用するか試してやる」
彼は背後を振り返った。
部屋の奥、暗闇の中に、小雪が椅子に縛り付けられている。
彼女は猿ぐつわを噛まされながらも、燃えるような瞳でギャレットを睨みつけていた。
「ハニー、旦那のお出ましだ。……最高の特等席を用意してやろう」
第一防衛ライン突破。
博史の進撃は止まらない。だが、陸奥の深部には、ギャレットが用意したさらなる悪意が待ち受けていた。
(第24章 完)
博史の視界に飛び込んできたのは、美しい雪景色でも、のどかな田園風景でもなかった。
荒涼とした大地が、どこまでも続く灰色の線で分断されている。
**鉄条網(バーブワイヤー)**だ。
棘のついた鉄線が幾重にも張り巡らされ、その奥には土嚢とコンクリートで固められた監視塔(バンカー)が、墓標のように点在している。
「……ひどいな」
『建御雷』のキューポラ(展望塔)から顔を出した博史は、双眼鏡越しにその光景を見て呟いた。
鉄条網には、逃亡しようとしたのであろう農民や、敵対した兵士の遺体が、見せしめのように引っかかったまま凍りついている。
ギャレットは、この地を巨大な収容所(キャンプ)に変えていたのだ。
「全軍、停止!」
先導する歩兵部隊の隊長が叫んだ。
不自然に平らにならされた地面。博史の「危険感知」が警鐘を鳴らす。
「地雷原(マインフィールド)だ。踏むなよ」
博史の警告とほぼ同時だった。
一人の兵士が、雪の下に隠された何かに足を乗せた。
ドォォン!!
爆発音と共に、兵士の下半身が吹き飛んだ。
悲鳴が上がる間もなく、敵のバンカーからマズルフラッシュが瞬いた。
ババババババッ!!
機関銃(ガトリング砲の改良型)による十字砲火。
遮蔽物のない平地で、歩兵たちは次々となぎ倒されていく。
「退け! 狙い撃ちにされるぞ!」
「盾が通じねぇ! 貫通してくる!」
これがギャレットの防衛戦術だ。
地雷と鉄条網で足を止め、動けなくなったところを機関銃で狩る。
第一次世界大戦で何百万人もの命を奪った「塹壕戦」の悪夢。生身の人間では絶対に突破できない。
「……分かっているさ」
博史はハッチを閉め、操縦席に座り直した。
薄暗い車内に、蒸気圧計の針が震えている。
ボイラーマンを務める屈強な元鍛冶屋が、スコップで石炭を放り込みながら吠えた。
「圧力最大! いけますぜ、大将!」
「ああ。……道を空けさせよう」
博史はレバーを押し込んだ。
プシュウゥゥゥゥッ!!
排気弁から凄まじい蒸気が噴き出し、鉄の履帯(キャタピラ)が大地を噛んだ。
ギチチチチチ……!!
重量二十トン。戦国時代には存在し得ない超重量の鉄塊が、唸りを上げて前進を開始した。
歩兵たちが慌てて左右に開く。
『建御雷』は、地雷原など意に介さなかった。
ドォン! ズドン!
地雷がキャタピラの下で爆発するが、分厚い鉄板とサスペンションが衝撃を吸収する。黒煙を突き破り、怪物は止まらない。
「な、なんだあれは!?」
バンカーの中、ギャレット軍の兵士たちが絶叫する。
「鉄の城が動いてるぞ!」
「撃て! 止めろ!」
ガトリング砲の弾丸が『建御雷』の装甲に降り注ぐ。
カンカンカンカンッ!
激しい金属音が響くが、弾は全て火花を散らして弾かれた。鉛玉ごときで、鍛え抜かれた鋼鉄の装甲は貫けない。
博史は照準器を覗き込んだ。
視界の中央、機関銃を乱射しているバンカーの銃眼を捉える。
「消えろ」
主砲発射。
ズガアアァァンッ!!
車体が大きく揺れ、砲口から轟炎が噴き出す。
至近距離から放たれた榴弾が、バンカーの銃眼に吸い込まれた。
内部で爆発。コンクリートの屋根が吹き飛び、瓦礫と肉片が舞い上がる。
「ひ、ひぃぃぃ!」
「逃げろ! 潰されるぞ!」
パニックに陥った敵兵たちが、塹壕から這い出して逃げ惑う。
だが、その先には自らが張り巡らせた鉄条網が待っていた。棘に絡まり、動けなくなったところを、『建御雷』のキャタピラが無慈悲に踏み潰していく。
バリバリバリ……。
鉄条網を引きちぎり、土嚢を押し潰し、鉄の怪物は防衛線を突破した。
その後ろを、鷹野軍の歩兵たちが続く。
「大将に続けぇぇ!!」
「地獄の門が開いたぞ!」
博史は操縦桿を握りしめたまま、感情を殺していた。
キャタピラの下から伝わる、生々しい感触。
これは戦争ではない。駆除だ。
小雪を助け出すためなら、この手はどれだけ汚れても構わない。
***
その光景を、遠く離れた山頂の要塞――『黒鉄の城』のバルコニーから見下ろしている男がいた。
ジョン・ギャレット。
彼は上等のワイングラスを片手に、黒煙を上げる自軍の防衛線を眺め、口笛を吹いた。
「Impressive.(見事だ)」
彼の手元にある無線機から、前線の悲鳴が聞こえてくる。
『タンクです! 蒸気で動く戦車が現れました! 防衛線崩壊!』
「蒸気戦車か。……ロマンがあるじゃないか、博士」
ギャレットはワインを干し、ニヤリと笑った。
焦りはない。むしろ、待ち望んでいた獲物がようやく罠にかかったことを喜んでいるようだ。
「来いよ、タカノ。
お前のその鉄屑が、俺の『最新兵器』にどこまで通用するか試してやる」
彼は背後を振り返った。
部屋の奥、暗闇の中に、小雪が椅子に縛り付けられている。
彼女は猿ぐつわを噛まされながらも、燃えるような瞳でギャレットを睨みつけていた。
「ハニー、旦那のお出ましだ。……最高の特等席を用意してやろう」
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