神隠しな戦国おたく

TAKAHARA HIROKI

文字の大きさ
25 / 60

第25章 ギャレットの挑発

しおりを挟む
『建御雷(タケミカヅチ)』の車内は、蒸し風呂のような熱気と、油の匂いに満ちていた。
 ガコン、ガコンというキャタピラの振動が、博史の背骨に直接響く。
 彼は充血した目で前方確認窓を睨み続けていた。
 第一防衛線を突破してから半日。
 敵の抵抗は奇妙なほど止んでいた。不気味な静寂。
 その沈黙を破ったのは、搭載していた無線機のスピーカーだった。
『Testing, testing. ……聞こえるか、ドクター・タカノ』
 ノイズ混じりの、あの憎々しい声。
 博史は反射的にマイクを掴んだ。
「……ギャレット! どこだ!」
『焦るなよ。お前の現在位置はGPS……はないが、腕利きの斥候が常に見ている』
 ギャレットの声は、まるでチェスの盤面を見下ろすプレイヤーのように余裕綽々だった。
『蒸気戦車とは恐れ入った。だが、ここから先は「力」だけじゃ進めないぞ』
 ザザッ、と音が変わり、今度は女性の悲鳴に近い声が聞こえた。
『……博史様! 来てはいけません!』
「小雪!?」
『罠です! ここは……うぐっ!』
 鈍い音と共に、声が途切れた。
「小雪! ……貴様、彼女に何をした!」
 博史が叫ぶ。
『安心しろ、少し眠ってもらっただけだ。……さて、ゲームの時間だ』
 ギャレットの声が低く、冷酷な響きを帯びる。
『お前の目の前には、二つのルートがあるはずだ。地図を見ろ』
 博史は手元の地図を見た。
 現在地から『黒鉄の城』へ向かう道は、確かに二つに分かれている。
『右の道は「王道(ハイウェイ)」。舗装された最短ルートだ。戦車なら一時間で城に着く』
『左の道は「地獄の沼(ヘル・スワンプ)」。底なし沼と地雷の密林だ。抜けるには半日はかかるだろう』
「……それで?」
『右の道には、俺が集めた現地人五百人を並べてある。人間の盾(ヒューマン・シールド)だ。戦車を通すには、彼らをキャタピラですり潰して進むしかない』
 博史の血の気が引いた。
「……正気か」
『お前が「修羅」になったと言うなら、たかが五百人の雑魚くらい踏み潰せるだろう? さあ選べ。愛する妻を早く助けたいなら、血の海を渡ってこい。……善人ぶって沼へ行けば、時間のロスだ。その間に俺が奥方と「ダンス」を楽しんでしまうかもしれんがな』
 ガハハハハ、という哄笑と共に、通信が切れた。
 ***
 戦車が分岐点に差し掛かった。
 右の道――確かに、遥か先まで街道沿いに、杭に縛り付けられた人々が見える。女、子供、老人。彼らは戦車の姿を見て、絶望の悲鳴を上げている。
 左の道――鬱蒼とした森と、有毒ガスが湧き出る泥沼。地雷の探知も困難な死のルート。
「……大将、どうしますか」
 操縦士が、青ざめた顔で振り返る。
「右へ行けば、本当に踏み潰すことになります。でも、左へ行けば……」
 博史は震える手でレバーを握りしめた。
 小雪を助けたい。一刻も早く。
 そのためなら悪魔になると誓った。五百人の命と、小雪一人の命。天秤にかけること自体が狂っているが、今の博史には小雪が世界の全てだ。
(踏み潰すか? 僕の戦車で、罪のない人々を)
 脳裏に、かつて守ろうとした椎葉の村人たちの笑顔が過ぎる。
 吾作の死に顔が過ぎる。
 そして、小雪の言葉が蘇る。
 『あなたの作る、退屈で平和な世界を見てみたい』
 博史は目を閉じ、深く息を吸った。
 そして目を開けた時、その瞳にあったのは狂気ではなく、静かなる「怒り」だった。
「……左だ」
「え?」
「左へ進む! 沼を越える!」
 博史はマイクに向かって、全軍に告げた。
「聞こえるか、全兵士。我々は修羅だが、外道(げどう)じゃない! 罪なき民を踏み台にして得た未来で、小雪が笑ってくれるはずがない!」
 戦車のエンジンが唸りを上げる。
 『建御雷』は右の平坦な道を捨て、左の泥沼へと車首を向けた。
「大将! 無茶です! この重量じゃ沼に沈みます!」
「沈ませない! 全速力で駆け抜ける! 木を倒して道を作れ! 泥をかき分けろ!」
 博史は自らハッチを開け、身を乗り出した。
「ギャレット! お前は計算間違いをした!
 僕が選ぶのは『犠牲の少ない道』じゃない! 『お前をぶっ殺して、かつ誰も死なせない道』だ!!」
 ズズズズズ……。
 巨大な鉄の塊が、泥飛沫を上げて沼地へと突入した。
 キャタピラが泥に足を取られ、車体が大きく傾く。だが、博史の気迫が乗り移ったかのように、エンジンは悲鳴を上げながらも回転を止めない。
 後ろに続く歩兵たちも、泥だらけになりながら戦車を押し、木を切り倒して道を作る。
 五百人の人質を救い、かつ最速で沼を抜ける。
 それは無謀な賭けだったが、博史の目には一点の迷いもなかった。
 ***
 『黒鉄の城』のモニター室――といっても、監視兵からの報告を聞く部屋だが。
 ギャレットは報告を聞き、グラスを壁に叩きつけた。
「……Stupid!(馬鹿野郎が!)」
 彼は髪をかきむしり、苛立ちを露わにした。
「なぜ踏まない! なぜ合理的に動かない! 感情で動く奴は戦場で真っ先に死ぬはずだ!」
 彼は振り返り、縛られている小雪を睨んだ。
 小雪は、勝ち誇ったように微笑んでいた。
「……残念でしたね。あの人は、あなたが思うよりずっと『欲張り』で、強い人ですわ」
「黙れ!」
 ギャレットは小雪の頬を張った。
 だが、彼の胸中に初めて、微かな焦りが生まれていた。
 計算が狂う。あの男は、こちらの想定したシナリオを力技でねじ曲げてくる。
「いいだろう。沼を抜けてきた頃には、ボロボロになっているはずだ」
 ギャレットは受話器を取り、最後の防衛ラインに指示を出した。
「『アレ』を起動させろ。
 空からの死神(リーパー)で、沼地ごと焼き払え」
 博史の選択は、人としての尊厳を守った。
 だがその代償として、彼は最も不利な地形(沼地)で、ギャレットの「最強兵器」と対峙することになる。
(第25章 完)
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

侯爵家に不要な者を追い出した後のこと

mios
恋愛
「さあ、侯爵家に関係のない方は出て行ってくださる?」 父の死後、すぐに私は後妻とその娘を追い出した。

婚約破棄から50年後

あんど もあ
ファンタジー
王立学園の卒業パーティーで、王子が婚約者に婚約破棄を宣言した。王子は真に愛する女性と結ばれ、めでたしめでたし。 そして50年後、王子の孫の王子は、婚約破棄された女性の孫と婚約する事に。そこで明かされた婚約破棄の真実とは。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

処理中です...