神隠しな戦国おたく

TAKAHARA HIROKI

文字の大きさ
26 / 60

第26章 空の殺し屋

しおりを挟む
ズズズズズ……!
 『地獄の沼』は、その名の通りだった。
 底なしの泥濘(ぬかるみ)が、重量二十トンの蒸気戦車『建御雷(タケミカヅチ)』を飲み込もうとする。
 エンジンは限界まで唸り、煙突からは黒煙と共に火の粉が噴き上がっていた。
「油温上昇! このままじゃオーバーヒートします!」
 機関室でボイラーマンが悲鳴を上げる。
 博史は操縦桿と格闘しながら、窓の外を見た。
 歩兵たちが腰まで泥に浸かりながら、必死に倒木をキャタピラの下に敷いている。進軍速度は亀の歩みだ。
(ここだ……。狙うなら、ここしかない)
 博史の背筋に、冷たい戦慄が走った。
 動きが止まった今、自分たちは格好の「的」だ。だが、周囲に敵影はない。
 ならば――上か。
「対空監視ッ!!」
 博史が叫んでハッチを開けた、その時だった。
 ヒュンッ、ヒュンッ……という、風を切る異様な音が頭上から降ってきた。
「……鳥か?」
 兵士の一人が空を指差す。
 いや、鳥ではない。それは巨大な「白い翼」を持っていた。
 山頂の『黒鉄の城』から、数機の影が滑空してくる。
 木と帆布で作られた翼。下部には一人の兵士がぶら下がっている。
 ギャレットがリリエンタールのグライダーを軍事転用した、**『強襲用戦闘グライダー』**だ。
「空襲だ! 散開しろぉぉ!!」
 博史の警告と同時に、先頭のグライダーから黒い物体が投下された。
 ヒュルルル……ドガァァンッ!!
 着弾と同時に、粘り気のある液体が撒き散らされ、激しく燃え上がった。
 ナパーム弾だ。
 逃げ場のない泥沼の中で、兵士たちが炎に包まれる。
「ぎゃああああ! 熱い、泥でも消えない!」
「水だ! ……いや、水じゃダメだ! 砂をかけろ!」
 パニックに陥る歩兵たちを嘲笑うかのように、グライダー隊は旋回し(上昇気流をうまく捕まえている)、次なる獲物――『建御雷』に狙いを定めた。
「クソッ、上からとは卑怯な!」
 博史はハッチから身を乗り出し、ライフルを構えた。
 だが、速い。
 滑空速度は時速数十キロ。しかも不規則に風に乗って動くため、狙いが定まらない。
 カァーンッ!
 投下された爆弾が戦車の装甲で弾け、火炎が車体を包み込む。
 鉄の装甲は無事だが、吸気口から煙が入り込み、車内は地獄のような熱気と有毒ガスに満たされた。
「ゴホッ、ゴホッ! 大将、窒息します!」
「エンジンが止まる! 火が酸欠だ!」
 このままでは蒸し焼きだ。
 博史は煤だらけの顔で空を睨んだ。
 ライフルでは当たらない。主砲は仰角(上向きの角度)が足りない。
 どうする? どうやってあのハエどもを叩き落とす?
(……待てよ。奴らは『風』に乗っている)
 博史の脳内で、物理演算が高速で回る。
 グライダーは軽量だ。爆風や乱気流には極端に脆い。
 そして、ここは湿地帯。水蒸気は充満している。
「……機関停止! 安全弁を閉鎖しろ!」
「はぁ!? 止まったら的ですよ!」
「いいからやれ! 圧力を限界まで溜めろ!」
 博史は砲手に怒鳴った。
「主砲、装填! 弾種は『散弾(キャニスター)』だ!」
「で、でも仰角が足りません!」
「車体を傾けるんだ! 左のキャタピラを泥に沈めろ!」
 無茶苦茶な命令だった。
 だが、乗員たちは博史の狂気的な確信に従った。
 左側の履帯を逆回転させ、わざと泥沼の深みへハマらせる。車体が大きく左に傾き、主砲が斜め上――空を向いた。
 グライダー隊の隊長機が、動かなくなった戦車を見て好機と判断し、急降下爆撃の態勢に入った。
 一直線に向かってくる。
「今だ……ボイラー、緊急排気(ブロー)!!」
 プシュウゥゥゥゥゥゥ――ッ!!!!!
 戦車の排気口から、溜め込まれていた高温高圧の蒸気が一気に噴出した。
 爆音と共に、巨大な白いキノコ雲が湿地帯の上空へ発生する。
 急激な上昇気流と乱気流。
 突っ込んできたグライダーが、煽られてバランスを崩した。
「なっ、視界が……!?」
 白い霧の中で、敵パイロットが慌てたその瞬間。
「撃てぇぇぇッ!!」
 ズドンッ!!!
 上を向いた主砲から、散弾(数百個の鉄球)が放たれた。
 それは巨大なショットガンのように広がり、バランスを崩していたグライダーの翼をハチの巣にした。
 バリバリッ!
 翼が砕け散る。
「う、うわぁぁぁぁ!」
 隊長機はきりもみ回転しながら墜落し、泥沼に突っ込んで爆発した。
 それを見た後続機たちが、恐れをなして散開しようとする。
「逃がすな! 歩兵隊、一斉射撃!」
 博史の号令で、泥まみれの歩兵たちがライフルを一斉に向けた。
 高度を下げ、速度を失ったグライダーは、ただの大きな凧だった。
 ババババババッ!
 次々と翼を撃ち抜かれ、残りの機体も森の中へと墜落していく。
 ***
 静寂が戻った沼地に、蒸気の音だけが響いていた。
 博史はハッチから這い出し、空を見上げた。
 全機撃墜。
「……勝った、のか?」
 兵士たちが呆然と呟く。
 博史は大きく息を吐き、泥だらけの顔を拭った。
「ああ。……だが、これからが本番だ」
 彼が指差した先。
 沼地を抜けたその先に、巨大な黒い影が聳え立っていた。
 切り立った崖の上に築かれた、難攻不落の要塞。
 ギャレットの本拠地、『黒鉄の城(アイアン・キャッスル)』。
 もはや小細工は通じない。
 残るは正面突破のみ。
 博史は『建御雷』のボンネットを叩き、最後の命令を下した。
「エンジン再始動。……あの城門をぶち破りに行くぞ」
 愛する者を奪還するため、そして二つの未来の決着をつけるため。
 青き修羅は、最後の戦場へと足を踏み入れる。
(第26章 完)
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

侯爵家に不要な者を追い出した後のこと

mios
恋愛
「さあ、侯爵家に関係のない方は出て行ってくださる?」 父の死後、すぐに私は後妻とその娘を追い出した。

婚約破棄から50年後

あんど もあ
ファンタジー
王立学園の卒業パーティーで、王子が婚約者に婚約破棄を宣言した。王子は真に愛する女性と結ばれ、めでたしめでたし。 そして50年後、王子の孫の王子は、婚約破棄された女性の孫と婚約する事に。そこで明かされた婚約破棄の真実とは。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

蒼穹の裏方

Flight_kj
SF
日本海軍のエンジンを中心とする航空技術開発のやり直し 未来の知識を有する主人公が、海軍機の開発のメッカ、空技廠でエンジンを中心として、武装や防弾にも口出しして航空機の開発をやり直す。性能の良いエンジンができれば、必然的に航空機も優れた機体となる。加えて、日本が遅れていた電子機器も知識を生かして開発を加速してゆく。それらを利用して如何に海軍は戦ってゆくのか?未来の知識を基にして、どのような戦いが可能になるのか?航空機に関連する開発を中心とした物語。カクヨムにも投稿しています。

処理中です...