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第28章 二人の未来
天守閣の最上階。
重厚な扉を開け放つと、そこには異質な空間が広がっていた。
畳敷きの広間に、革張りのソファ、無線機、そして上等なウイスキーのボトル。
戦国の和と、現代の洋が混ざり合った奇妙な部屋。
「Late as always, Doctor.(相変わらず遅いな、博士)」
部屋の奥、開け放たれたバルコニーの手前に、ジョン・ギャレットは立っていた。
片手にはコルト・リボルバー。もう片手にはグラス。
そしてその足元には、猿ぐつわをされ、両手を縛られた小雪が座り込んでいた。
「小雪!」
「んぐっ! んっ!」
博史の姿を見て、小雪が身をよじる。頬には痣があるが、瞳の光は失われていない。
「……離せ」
博史はライフルを床に捨て、腰のホルスターに手を掛けたまま、ゆっくりと歩み寄った。
「僕の用事は君だけだ、ギャレット。彼女は関係ない」
「関係あるさ」
ギャレットはグラスを傾け、琥珀色の液体を飲み干した。
「彼女はこの国の象徴だ。美しく、従順で、しかし教育が必要だ。俺が支配し、俺が導く。……俺とお前が手を組めば、この国を世界最強の帝国にできたんだぞ」
「帝国? 違うな」
博史は足を止めた。距離は五メートル。
「君が作ろうとしたのは、ただの巨大な収容所だ。人は家畜じゃない。自分の足で立ち、自分で未来を選ぶ権利がある」
「ハッ! 民主主義か。非効率なシステムだ」
ギャレットは鼻で笑った。
「愚民に選ばせれば、国は腐る。強力なリーダーシップだけが秩序を作る。……見ろ、俺の兵士たちを。彼らは規律正しく、強かっただろう?」
「ああ。……でも、彼らは『なぜ戦うか』を知らなかった。だから脆いんだ」
博史は小雪を見た。
彼女の瞳が語っている。『負けないで』と。
その視線だけで、博史の震えは止まった。
「議論は終わりだ、ギャレット。……決着をつけよう」
ギャレットはニヤリと笑い、グラスを床に落とした。
ガシャーン。
乾いた破砕音が、静寂を切り裂く合図となった。
「OK. Let's dance.(いいだろう、踊ろうか)」
ギャレットが小雪の拘束ロープをナイフで切り、乱暴に脇へ突き飛ばした。
邪魔者はいない。一対一(サシ)の勝負。
二人の男が対峙する。
元海兵隊員の戦闘のプロ。
歴史を守るために修羅となったエンジニア。
風が吹き込み、煤けた匂いを運んでくる。
博史は呼吸を整えた。
相手は速い。まともに抜いて撃ち合えば負ける。
だが、博史には一つだけ勝算があった。
(……彼の銃は『シングルアクション』だ)
ギャレットの愛銃は、撃鉄(ハンマー)を起こしてから引き金を引くタイプ。
対して博史が自作したリボルバーは、引き金を引くだけで撃てる『ダブルアクション』。
初弾の発射速度は、コンマ数秒、博史が有利。
問題は、そのコンマ数秒で、プロの反射神経を上回れるかだ。
二人の視線が交錯する。
一瞬が永遠に感じる極限の集中。
小雪が息を飲む音が聞こえた。
――今だ!
二人の手が同時に動いた。
バァァァンッ!!
二発の銃声が、ほぼ同時に重なって響いた。
博史の左肩が弾け飛び、衝撃で後ろへ吹き飛ばされた。
「ぐあっ……!」
壁に激突し、崩れ落ちる。激痛が走る。
一方、ギャレットは立っていた。
銃口からは硝煙が上っている。
彼は無傷に見えた。
「……Nice try.(惜しかったな)」
ギャレットは銃口を博史に向け、ゆっくりと撃鉄を起こした。
「やはりプロには勝てんよ、アマチュア」
「……博史様!!」
小雪の悲鳴が響く。
だが。
ギャレットの身体が、ふらりと揺れた。
カラン、と手から銃が滑り落ちる。
「……What?(な……?)」
ギャレットは自分の胸を見下ろした。
心臓の上。そこに小さな、しかし致命的な風穴が開いていた。
鮮血が、白いシャツを急速に赤く染めていく。
「……Hollow point...(ホローポイント弾……か)」
博史の弾丸は、先端を窪ませた殺傷力の高い弾だった。
着弾と同時に体内で弾け、確実に相手の動きを止める。
どう、とギャレットが膝をついた。
彼は信じられないという顔で、肩を押さえて荒い息をつく博史を見た。
「早撃ち(クイックドロウ)で……俺が、負けたのか……?」
「……君はハンマーを起こす必要があった。その一瞬の差だよ」
博史は苦しげに答えた。
ギャレットは何度か瞬きをし、やがて力なく笑った。
「Hah... You learned well.(ハッ……よく学んだな)」
彼はバルコニーの手すりに背中を預け、北の空を見上げた。
そこには、戦いの終わりを告げるような、美しい夕焼けが広がっていた。
「……My war is over.(俺の戦争は終わりだ)」
「See you in hell, Doctor.(地獄で会おう、博士)」
それが最期の言葉だった。
ジョン・ギャレット、北の独裁者は、静かに瞳を閉じ、動かなくなった。
***
長い沈黙の後。
博史の緊張の糸が切れ、視界がぐらりと歪んだ。
「……博史様!」
温かい腕が彼を支えた。
小雪だ。
彼女は涙を流しながら、博史の肩の傷を自分の袖を引き裂いて押さえた。
「無茶をして……! 馬鹿! 馬鹿です!」
「痛い、痛いよ小雪……」
博史は痛みに顔を歪めながらも、彼女の温もりに安堵し、涙をこぼした。
「……終わったんだね」
「はい。終わりました。もう誰も、私たちを引き裂けません」
二人は寄り添い、バルコニーに出た。
眼下には、煙を上げる城と、勝鬨(かちどき)を上げる鷹野・織田連合軍の姿が見える。
それは、一つの時代の終わりであり、新しい日本の始まりだった。
未来からの侵略者は去り、歴史は再び、この時代の人々の手に戻ったのだ。
博史は小雪の手を握りしめた。
その手にある「腕時計」――小雪がずっと守り通していた博史の形見――が、チクタクと確かな時を刻んでいた。
「……帰ろう、椎葉へ」
「はい。私たちの家に」
博史と小雪。
二人の影が、夕日の中に長く伸びていた。
(第28章 完)
重厚な扉を開け放つと、そこには異質な空間が広がっていた。
畳敷きの広間に、革張りのソファ、無線機、そして上等なウイスキーのボトル。
戦国の和と、現代の洋が混ざり合った奇妙な部屋。
「Late as always, Doctor.(相変わらず遅いな、博士)」
部屋の奥、開け放たれたバルコニーの手前に、ジョン・ギャレットは立っていた。
片手にはコルト・リボルバー。もう片手にはグラス。
そしてその足元には、猿ぐつわをされ、両手を縛られた小雪が座り込んでいた。
「小雪!」
「んぐっ! んっ!」
博史の姿を見て、小雪が身をよじる。頬には痣があるが、瞳の光は失われていない。
「……離せ」
博史はライフルを床に捨て、腰のホルスターに手を掛けたまま、ゆっくりと歩み寄った。
「僕の用事は君だけだ、ギャレット。彼女は関係ない」
「関係あるさ」
ギャレットはグラスを傾け、琥珀色の液体を飲み干した。
「彼女はこの国の象徴だ。美しく、従順で、しかし教育が必要だ。俺が支配し、俺が導く。……俺とお前が手を組めば、この国を世界最強の帝国にできたんだぞ」
「帝国? 違うな」
博史は足を止めた。距離は五メートル。
「君が作ろうとしたのは、ただの巨大な収容所だ。人は家畜じゃない。自分の足で立ち、自分で未来を選ぶ権利がある」
「ハッ! 民主主義か。非効率なシステムだ」
ギャレットは鼻で笑った。
「愚民に選ばせれば、国は腐る。強力なリーダーシップだけが秩序を作る。……見ろ、俺の兵士たちを。彼らは規律正しく、強かっただろう?」
「ああ。……でも、彼らは『なぜ戦うか』を知らなかった。だから脆いんだ」
博史は小雪を見た。
彼女の瞳が語っている。『負けないで』と。
その視線だけで、博史の震えは止まった。
「議論は終わりだ、ギャレット。……決着をつけよう」
ギャレットはニヤリと笑い、グラスを床に落とした。
ガシャーン。
乾いた破砕音が、静寂を切り裂く合図となった。
「OK. Let's dance.(いいだろう、踊ろうか)」
ギャレットが小雪の拘束ロープをナイフで切り、乱暴に脇へ突き飛ばした。
邪魔者はいない。一対一(サシ)の勝負。
二人の男が対峙する。
元海兵隊員の戦闘のプロ。
歴史を守るために修羅となったエンジニア。
風が吹き込み、煤けた匂いを運んでくる。
博史は呼吸を整えた。
相手は速い。まともに抜いて撃ち合えば負ける。
だが、博史には一つだけ勝算があった。
(……彼の銃は『シングルアクション』だ)
ギャレットの愛銃は、撃鉄(ハンマー)を起こしてから引き金を引くタイプ。
対して博史が自作したリボルバーは、引き金を引くだけで撃てる『ダブルアクション』。
初弾の発射速度は、コンマ数秒、博史が有利。
問題は、そのコンマ数秒で、プロの反射神経を上回れるかだ。
二人の視線が交錯する。
一瞬が永遠に感じる極限の集中。
小雪が息を飲む音が聞こえた。
――今だ!
二人の手が同時に動いた。
バァァァンッ!!
二発の銃声が、ほぼ同時に重なって響いた。
博史の左肩が弾け飛び、衝撃で後ろへ吹き飛ばされた。
「ぐあっ……!」
壁に激突し、崩れ落ちる。激痛が走る。
一方、ギャレットは立っていた。
銃口からは硝煙が上っている。
彼は無傷に見えた。
「……Nice try.(惜しかったな)」
ギャレットは銃口を博史に向け、ゆっくりと撃鉄を起こした。
「やはりプロには勝てんよ、アマチュア」
「……博史様!!」
小雪の悲鳴が響く。
だが。
ギャレットの身体が、ふらりと揺れた。
カラン、と手から銃が滑り落ちる。
「……What?(な……?)」
ギャレットは自分の胸を見下ろした。
心臓の上。そこに小さな、しかし致命的な風穴が開いていた。
鮮血が、白いシャツを急速に赤く染めていく。
「……Hollow point...(ホローポイント弾……か)」
博史の弾丸は、先端を窪ませた殺傷力の高い弾だった。
着弾と同時に体内で弾け、確実に相手の動きを止める。
どう、とギャレットが膝をついた。
彼は信じられないという顔で、肩を押さえて荒い息をつく博史を見た。
「早撃ち(クイックドロウ)で……俺が、負けたのか……?」
「……君はハンマーを起こす必要があった。その一瞬の差だよ」
博史は苦しげに答えた。
ギャレットは何度か瞬きをし、やがて力なく笑った。
「Hah... You learned well.(ハッ……よく学んだな)」
彼はバルコニーの手すりに背中を預け、北の空を見上げた。
そこには、戦いの終わりを告げるような、美しい夕焼けが広がっていた。
「……My war is over.(俺の戦争は終わりだ)」
「See you in hell, Doctor.(地獄で会おう、博士)」
それが最期の言葉だった。
ジョン・ギャレット、北の独裁者は、静かに瞳を閉じ、動かなくなった。
***
長い沈黙の後。
博史の緊張の糸が切れ、視界がぐらりと歪んだ。
「……博史様!」
温かい腕が彼を支えた。
小雪だ。
彼女は涙を流しながら、博史の肩の傷を自分の袖を引き裂いて押さえた。
「無茶をして……! 馬鹿! 馬鹿です!」
「痛い、痛いよ小雪……」
博史は痛みに顔を歪めながらも、彼女の温もりに安堵し、涙をこぼした。
「……終わったんだね」
「はい。終わりました。もう誰も、私たちを引き裂けません」
二人は寄り添い、バルコニーに出た。
眼下には、煙を上げる城と、勝鬨(かちどき)を上げる鷹野・織田連合軍の姿が見える。
それは、一つの時代の終わりであり、新しい日本の始まりだった。
未来からの侵略者は去り、歴史は再び、この時代の人々の手に戻ったのだ。
博史は小雪の手を握りしめた。
その手にある「腕時計」――小雪がずっと守り通していた博史の形見――が、チクタクと確かな時を刻んでいた。
「……帰ろう、椎葉へ」
「はい。私たちの家に」
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