神隠しな戦国おたく

TAKAHARA HIROKI

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第7章 星の記憶

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痛みは、不思議なほど遠のいていた。
 瓦礫に押し潰された体の感覚も、冷たい雨の感触も、もうない。
 ただ、懐かしい温もりだけが、胸の奥に残っている。
(……ああ、空が晴れていく)
 博史の薄れゆく視界の中で、空を覆っていた黒雲が切れ、美しい星空が覗いていた。
 頭上で渦巻いていた「光の穴」――2025年へのタイムホールは、もう跡形もなく消え去っていた。
 帰る道は閉ざされた。
 だが、博史は安堵していた。これでいい。この世界に、異質な未来技術を持ち込む回路は完全に断たれたのだ。
 走馬灯のように、記憶が巡る。
 タイムスリップして呆然としたあの日。
 孫六と初めて鉄を叩いた日。
 吾作と酒を飲んだ夜。
 そして、小雪と初めて手が触れ合った瞬間。
『博史様』
『大将』
『先生』
『パパ』
 たくさんの声が聞こえる。
 孤独だった現代の歴史オタクは、この時代でたくさんの名前をもらい、たくさんの愛を知った。
 教科書には一行も載らない人生だったかもしれない。
 けれど、こんなにも豊かで、鮮やかな一生だった。
(時……小雪……)
 博史は、泥まみれの「蒼い旗」の布切れを、動かない指で愛おしそうに撫でた。
 未来は託した。
 あの子なら大丈夫だ。僕よりも賢くて、小雪よりも強い。
 きっと、僕が夢見た以上の素晴らしい国を作るだろう。
 まぶたが重い。
 闇が降りてくる。けれど、それは怖くない。
 長く、激しい仕事の後で訪れる、深い眠りのようなものだ。
「……ありがとう」
 最期に、音にならない声でそう呟いた。
 博史の瞳から光が消え、握りしめていた手から力が抜ける。
 静寂。
 ただ、星だけが瞬いていた。
 時を越えた旅人は、ついに安息の地へと辿り着いた。

(最終章 第7章 完)
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