星を仰ぐふたりのシナリオ

TAKAHARA HIROKI

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第2章:ガラスの靴とスニーカー

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季節が二つ巡り、東京の風には少しだけ秋の気配が混じり始めていた。
「すごいよ蓮、ゴールデンタイムの主役なんて……!」
狭いアパートの食卓には、スーパーで買ってきた半額の寿司と缶ビールが並んでいる。それは、優音が用意できる精一杯の祝宴だった。
蓮のスマートフォンは、先刻から通知音を鳴らし続けている。
「まだ信じられないよ。ドラマ『追憶の果て』……原作もベストセラーだし、共演はあの美月(みつき)さんだぞ」
蓮の瞳は、かつて公園で見上げた星空よりもずっと強く輝いていた。
髪型が変わった。劇団のボロボロの稽古着ではなく、事務所が用意したスタイリスト選定の服を着ている。肌艶も良くなり、優音の知らない「芸能人」の顔になりつつあった。
彼がガラスの靴を履いて階段を駆け上がっていく様子を、優音は履き古したスニーカーのまま、地上から見上げているような気分だった。
「優音も、コンペの結果待ちだろ? 今回のドラマの主題歌」
「うん、まあね。でも倍率すごいし、期待してないよ」
優音は箸を止めた。蓮の事務所の猛プッシュで、優音も同じ事務所の音楽部門に仮所属し、デモテープを提出するチャンスを得ていた。だが、それはあくまで「記念受験」のようなものだと自分に言い聞かせていた。
その時、優音の携帯が鳴った。事務所の担当者からだった。
心臓が早鐘を打つ。蓮が期待を込めてこちらを見ている。
通話を終えた優音は、震える声で言った。
「……受かった。主題歌、私の曲『片想い』に決まったって」
「本当か!?」
蓮が椅子を蹴倒す勢いで立ち上がり、優音を抱きしめた。
その強すぎる力に、優音は安堵よりも先に、奇妙な違和感を覚えた。蓮の香水が変わっている。高い、洗練されたウッド系の香り。
それでも、二人の夢が同時に叶ったのだ。これは奇跡だ。そう信じたかった。
数日後。
レコード会社の会議室で、優音はその奇跡の「種明かし」を知ることになる。
「曲は悪くない。キャッチーだし、ドラマの切ない雰囲気には合ってる」
制作部長と呼ばれた初老の男は、優音を見ずに資料に目を落としたまま言った。
「ただね、勘違いしないでほしいんだが、君の実力だけで勝ち取った枠じゃない」
「え……?」
「今回のドラマ、蓮くんの主演抜擢には条件があった。事務所側からの『バーター』だ。蓮くんを出す代わりに、主題歌も同事務所の新人を使うこと。それが君だ」
頭を鈍器で殴られたような衝撃だった。
男は冷ややかな目で優音を一瞥した。
「つまり、君は蓮くんの『おまけ』だ。蓮くんがコケれば君も終わる。そのつもりで腹を括れ」
会議室を出た優音の足取りは鉛のように重かった。
廊下の向こうから、取材を終えた蓮がマネージャーや取り巻きに囲まれて歩いてくるのが見えた。彼はキラキラとしたオーラを纏い、スタッフに爽やかに挨拶をしている。
優音に気づいた蓮が、パッと表情を明るくして手を振ろうとした。
優音は咄嗟に目を逸らし、逃げるようにトイレへと駆け込んだ。
鏡に映る自分は、どこにでもいる地味な少女だ。
(おまけ。バーター。セット売り)
その言葉が呪いのように頭の中で反響する。
『片想い』
コンペに提出したこの曲は、蓮への密かな想いを綴ったバラードだった。
一番近くにいるのに、どんどん遠くへ行ってしまう君。
スポットライトを浴びる君と、影の中にいる私。
「……皮肉すぎるよ」
個室の中で、優音は膝を抱えた。
蓮の成功は嬉しい。でも、自分のチャンスが彼の実力による「情け」でしかなかったとしたら、これから私はどんな顔で彼の隣にいればいいのだろう。
レコーディングの日程は決まっている。
私は歌わなければならない。
「おまけ」としての役割を果たすために。そして、誰にも言えない本当の「片想い」を、メロディの中に隠して叫ぶために。
優音は涙を拭い、化粧を直した。
鏡の中の自分に「笑え」と命じる。
ガラスの靴は履けなくても、泥だらけのスニーカーで歩き続けるしかないのだから。
(第2章 完)
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