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第4章:作られた恋人
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コンビニの雑誌コーナー、電車の吊り広告、そしてスマートフォンのニュースフィード。
どこを見ても、その見出しが目に飛び込んできた。
『熱愛発覚! ドラマ共演中の蓮と美月、深夜の密会デート』
記事に掲載された写真は、都内の隠れ家レストランから出てくる二人のツーショットだ。帽子を目深に被ってはいるが、その長身と美貌は隠しようがない。
世間は「ドラマが現実になった!」「お似合いすぎる」と祝福ムード一色だった。
「……バカみたい」
優音はスタジオのロビーで、SNSのタイムラインを閉じた。
これが「番宣(番組宣伝)」のための戦略であることは、事務所から事前に聞かされていた。ドラマの視聴率を上げるための、大人のシナリオだ。
だから気にすることはない。そう頭では分かっていても、胸の奥に鉛を飲み込んだような重さが消えない。
『ごめんな、優音。変な記事出て驚いただろ』
蓮からのメッセージが届いたのは、記事が出た翌日の深夜だった。
『あくまで話題作りだから。事務所の方針で否定もできないんだけど、気にしないでくれ』
優音は『分かってるよ、有名税だね』とだけ返信した。
だが、その数分後に蓮から送られてきたメッセージが、優音の指を凍りつかせた。
『でもさ、美月さんって本当にすごいんだ。カメラが回ってないところでも、常に役に入り込んでる。「私たちが愛し合ってるように見えなきゃ、視聴者は夢を見られない」って。プロ意識の塊だよ。俺、彼女といると自分の未熟さが痛いほど分かるんだ』
画面の文字が滲む。
蓮は気づいていない。それが「演技」への敬意なのか、それとも一人の女性としての「美月」への憧れなのか、境界線が曖昧になり始めていることに。
かつて泥だらけのスニーカーで並んで歩いた蓮はもういない。彼は今、ガラスの靴を履いたプリンセスに導かれ、本物の王子様になろうとしているのだ。
「優音ちゃん、入って。レコーディング始めるよ」
ディレクターの声で、優音は現実引き戻された。
重い防音扉を開け、ブースに入る。マイクの冷たい金属の感触。ヘッドホンから流れるイントロ。
今日録るのは、主題歌『片想い』のメインボーカルだ。
(皮肉な歌……)
歌詞カードの文字が、今の自分の状況をあまりにも正確に言い当てていて、吐き気がした。
♪
好きなのよ ah ah ah ah
♪
オケが流れ出す。優音は目を閉じた。
瞼の裏に浮かぶのは、華やかな記者会見の光景。自分を置いて美月の元へ走っていった蓮の背中。そして、「プロ意識」という言葉で武装しながら、美月に惹かれていく蓮の無邪気な残酷さ。
「……っ」
サビの高音で、声が震えた。
技術的なミスではない。感情が溢れすぎて、喉が詰まったのだ。
本来ならNGテイクだ。止められると思った。けれど、ブースの向こうの大人たちは誰も止めなかった。
優音は歌い続けた。
届かないと分かっているからこそ、叫ぶように。
蓮が美月を見つめるその眼差しが、たとえ「演技」から始まったものだとしても、私には一度だって向けられたことのない熱量を持っていることが、悔しくて、悲しくて、愛しくて。
頬を涙が伝う。
それでも声は途切れなかった。むしろ、涙が混じることで声帯は湿り気を帯び、悲痛なほどの艶(つや)を宿した。
♪
恋しちゃったんだ たぶん 気づいてないでしょう?
星の夜 願い込めて CHE.R.RY
指先で送るキミへのメッセージ
♪
最後のフレーズを歌い終え、静寂が訪れる。
優音は肩で息をしながら、涙を手の甲で乱暴に拭った。
「……すいません、泣いちゃって。もう一回お願いします」
掠れた声でそう伝えると、ヘッドホン越しにディレクターの興奮した声が響いた。
「いや、今のテイクだ! 最高だよ優音ちゃん! この『切迫感』が欲しかったんだ!」
ガラス越しに見えるスタッフたちが、満足げに頷き合っている。
優音は呆然と立ち尽くした。
自分の心が引き裂かれるような痛みすら、この世界では「良い商品」として消費される。
蓮の恋も、私の失恋も、すべてはドラマを盛り上げるための材料でしかない。
(ああ、そうか)
優音は冷えた指先を見つめた。
ここにはもう、私たちの居場所なんてないのかもしれない。
蓮は遠い星に行ってしまった。そして私は、その星を輝かせるための夜闇として、ここで歌い続けるしかないのだ。
ドラマ『追憶の果て』は、初回から高視聴率を記録し、蓮と美月の「作られた恋」は日本中を熱狂させることになる。
そして優音の『片想い』もまた、街中で流れる大ヒット曲となった。
だが、その成功の喧騒の中で、優音の心は静かに、しかし確実に日本という場所から離れ始めていた。
逃げたい。
誰も私のことを「蓮のバーター」だと知らない場所へ。
(第1部 完)
どこを見ても、その見出しが目に飛び込んできた。
『熱愛発覚! ドラマ共演中の蓮と美月、深夜の密会デート』
記事に掲載された写真は、都内の隠れ家レストランから出てくる二人のツーショットだ。帽子を目深に被ってはいるが、その長身と美貌は隠しようがない。
世間は「ドラマが現実になった!」「お似合いすぎる」と祝福ムード一色だった。
「……バカみたい」
優音はスタジオのロビーで、SNSのタイムラインを閉じた。
これが「番宣(番組宣伝)」のための戦略であることは、事務所から事前に聞かされていた。ドラマの視聴率を上げるための、大人のシナリオだ。
だから気にすることはない。そう頭では分かっていても、胸の奥に鉛を飲み込んだような重さが消えない。
『ごめんな、優音。変な記事出て驚いただろ』
蓮からのメッセージが届いたのは、記事が出た翌日の深夜だった。
『あくまで話題作りだから。事務所の方針で否定もできないんだけど、気にしないでくれ』
優音は『分かってるよ、有名税だね』とだけ返信した。
だが、その数分後に蓮から送られてきたメッセージが、優音の指を凍りつかせた。
『でもさ、美月さんって本当にすごいんだ。カメラが回ってないところでも、常に役に入り込んでる。「私たちが愛し合ってるように見えなきゃ、視聴者は夢を見られない」って。プロ意識の塊だよ。俺、彼女といると自分の未熟さが痛いほど分かるんだ』
画面の文字が滲む。
蓮は気づいていない。それが「演技」への敬意なのか、それとも一人の女性としての「美月」への憧れなのか、境界線が曖昧になり始めていることに。
かつて泥だらけのスニーカーで並んで歩いた蓮はもういない。彼は今、ガラスの靴を履いたプリンセスに導かれ、本物の王子様になろうとしているのだ。
「優音ちゃん、入って。レコーディング始めるよ」
ディレクターの声で、優音は現実引き戻された。
重い防音扉を開け、ブースに入る。マイクの冷たい金属の感触。ヘッドホンから流れるイントロ。
今日録るのは、主題歌『片想い』のメインボーカルだ。
(皮肉な歌……)
歌詞カードの文字が、今の自分の状況をあまりにも正確に言い当てていて、吐き気がした。
♪
好きなのよ ah ah ah ah
♪
オケが流れ出す。優音は目を閉じた。
瞼の裏に浮かぶのは、華やかな記者会見の光景。自分を置いて美月の元へ走っていった蓮の背中。そして、「プロ意識」という言葉で武装しながら、美月に惹かれていく蓮の無邪気な残酷さ。
「……っ」
サビの高音で、声が震えた。
技術的なミスではない。感情が溢れすぎて、喉が詰まったのだ。
本来ならNGテイクだ。止められると思った。けれど、ブースの向こうの大人たちは誰も止めなかった。
優音は歌い続けた。
届かないと分かっているからこそ、叫ぶように。
蓮が美月を見つめるその眼差しが、たとえ「演技」から始まったものだとしても、私には一度だって向けられたことのない熱量を持っていることが、悔しくて、悲しくて、愛しくて。
頬を涙が伝う。
それでも声は途切れなかった。むしろ、涙が混じることで声帯は湿り気を帯び、悲痛なほどの艶(つや)を宿した。
♪
恋しちゃったんだ たぶん 気づいてないでしょう?
星の夜 願い込めて CHE.R.RY
指先で送るキミへのメッセージ
♪
最後のフレーズを歌い終え、静寂が訪れる。
優音は肩で息をしながら、涙を手の甲で乱暴に拭った。
「……すいません、泣いちゃって。もう一回お願いします」
掠れた声でそう伝えると、ヘッドホン越しにディレクターの興奮した声が響いた。
「いや、今のテイクだ! 最高だよ優音ちゃん! この『切迫感』が欲しかったんだ!」
ガラス越しに見えるスタッフたちが、満足げに頷き合っている。
優音は呆然と立ち尽くした。
自分の心が引き裂かれるような痛みすら、この世界では「良い商品」として消費される。
蓮の恋も、私の失恋も、すべてはドラマを盛り上げるための材料でしかない。
(ああ、そうか)
優音は冷えた指先を見つめた。
ここにはもう、私たちの居場所なんてないのかもしれない。
蓮は遠い星に行ってしまった。そして私は、その星を輝かせるための夜闇として、ここで歌い続けるしかないのだ。
ドラマ『追憶の果て』は、初回から高視聴率を記録し、蓮と美月の「作られた恋」は日本中を熱狂させることになる。
そして優音の『片想い』もまた、街中で流れる大ヒット曲となった。
だが、その成功の喧騒の中で、優音の心は静かに、しかし確実に日本という場所から離れ始めていた。
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