星を仰ぐふたりのシナリオ

TAKAHARA HIROKI

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第9章:オーディション

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第3部:再演(リプライズ)

「Next, Ren... Kamijyo?」
発音しにくそうな受付の声に、蓮は立ち上がった。
ハリウッドのスタジオ、その無機質な待合室。周りにいるのは、世界中から集まった猛者たちだ。身長2メートルの大男、彫刻のような美青年、眼光鋭いベテラン。
日本のテレビ局のように、誰も蓮にお辞儀をしてくれたり、「王子様」と呼んでチヤホヤしたりはしない。ここでは、彼はただの「アジアから来た名もなき候補者」の一人に過ぎない。
それが、痛快だった。
蓮はスタジオのドアを開けた。
中にはキャスティング・ディレクターと、カメラが一台。
今回のオーディションは、日米合作の超大作映画の準主役。セリフは英語だが、求められているのは「言葉を超えた感情」だと要項にはあった。
「君の経歴は見たよ。日本ではトップスターだそうだな」
ディレクターが履歴書を見ながら、興味なさそうに言った。
「Why did you come here? To become famous?(なぜここに来た? 有名になるためか?)」
「No.(いいえ)」
蓮は短く答えた。英語は、渡米前の猛勉強でなんとか形になっていた。
「I want to know if I am real... or fake.(俺が本物なのか、偽物なのかを知るためです)」
ディレクターが顔を上げた。
蓮の脳裏に、日本での最後の日々が過ぎる。
美月との別れは、あっけないものだった。
『私というブランドに泥を塗るなら、もう必要ないわ』
彼女はそう言い捨てた。蓮は謝らなかった。むしろ、肩の荷が下りた気がした。
事務所の反対も押し切り、CM契約の違約金を払い、築き上げた地位を自ら崩して、彼は海を渡った。
あの日、公園のベンチで優音と誓った「見返してやる」という言葉の、本当の意味を探すために。
「Alright. Show me "Regret".(いいだろう。では、"後悔"を見せてくれ)」
ディレクターの指示はシンプルだった。
後悔。
蓮は目を閉じた。役作りをする必要などなかった。
瞼の裏には、いつだってあの光景がある。
華やかな記者会見のフラッシュの中で、自分を見つめていた優音の寂しげな瞳。
成功に目が眩み、彼女の手を離してしまった自分。
そして、日本から消えてしまった彼女を、必死に探そうともしなかった傲慢さ。
(優音、俺は……)
蓮が目を開けた時、その場の空気が変わった。
セリフはない。ただ、カメラを見つめるその瞳から、悲痛なほどの喪失感が滲み出していた。
呼吸が浅くなり、唇が微かに震える。叫び出したいのに声が出ない、魂が引き裂かれるような静寂。
ディレクターがペンを走らせるのを止めた。
カメラマンが息を呑む気配がした。
「……Cut.」
数秒の沈黙の後、ディレクターが静かに言った。
「That was... intense.(強烈だったな)」
オーディションが終わり、外に出ると、ロサンゼルスは夕暮れ時だった。
パームツリーのシルエットが、紫色の空に浮かんでいる。
手応えはあった。けれど、蓮の胸にある空洞は埋まらなかった。
「……いるんだろ、この街のどこかに」
蓮は雑踏を見渡した。
優音が日本を去ってから三年。風の噂で、彼女がLAに渡ったことだけは知っていた。
だが、その後の消息は途絶えている。音楽活動をしている形跡もない。
高級車が行き交う大通り。観光客の笑い声。
蓮はコートの襟を立て、一人歩き出した。
映画の役を勝ち取ることは、もはや目的ではなかった。
この広い世界で、自分の演技(こころ)が通用することを証明できれば、いつかまた彼女に会える資格が得られるのではないか。
そんな、祈るような気持ちだけが、彼の足を前へと動かしていた。
(第9章 完)
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