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第12章:魂の共鳴
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「——Tell me! Why are you silent?(言えよ! なぜ黙っているんだ?)」
蓮の怒鳴り声が、狭いリビングの空気を震わせた。
それは演技だった。だが、そこには演技を超えた、蓮自身の魂の叫びが混じっていた。
彼が練習しているのは、すべてを失った男が、去りゆく恋人を引き留めようとするシーンだ。
対する優音は、台本を握りしめたまま、必死に相手役のセリフを読んでいた。
「I... I have nothing to say.(私には……言うことなんてない)」
優音の声は小さく、震えていた。
しかし、それが逆にリアリティを生んでいた。今の優音の状況——声を奪われ、自信を失った状態——が、劇中のヒロインと痛いほどリンクしていたからだ。
蓮が一歩、優音に詰め寄る。その瞳は血走っていた。
「Liar. Your eyes are screaming.(嘘つきめ。君の目は叫んでいるじゃないか)」
台本にはない動きだった。蓮が優音の手首を掴み、強引に自分の方へ向かせる。
優音は息を呑んだ。
目の前にいるのは、役柄の男なのか、それとも蓮なのか。
その境界線が溶けていく。
「蓮、痛い……」
「逃げるな、優音」
蓮は日本語に戻っていた。
台本が床に落ちる。
「役の練習じゃない。俺を見てくれ。俺は、お前の声が聞きたいんだ。綺麗に加工された歌声なんかじゃない。あの泥だらけのライブハウスで、俺の心を震わせた、あのお前の声を!」
蓮の言葉が、優音の心の奥底にある、分厚い氷の壁を叩いた。
怖い。声を出すのが怖い。また否定されるのが、また利用されるのが怖い。
けれど、目の前の蓮の瞳は、そんな恐怖すら焼き尽くすほどの熱を持っていた。
「……出ないよ。私、もう壊れちゃったの」
「壊れてない。俺がここにいる。お前の観客は、世界中で俺一人でいい」
蓮が優音を抱き寄せた。
その瞬間、優音の中で何かが弾けた。
感情のダムが決壊する。悲しみ、悔しさ、安堵、そして蓮への愛おしさ。
言葉にならなかった。言葉では追いつかなかった。
「あ……ぁあ……」
優音の喉から、嗚咽のような、祈りのような音が漏れた。
それは次第に旋律(メロディ)を帯びていった。
歌詞はない。ただのハミングだ。
けれど、それはアダムが求めた「東洋的なスパイス」でも、世間が求めた「バーターの歌」でもない。
優音の魂そのものが振動している、原始的で、純粋な音だった。
部屋に満ちていくその歌声を聴きながら、蓮は涙を流していた。
そうだ、これだ。
俺が求めていたものは、華やかなレッドカーペットでも、トロフィーでもない。この魂の共鳴だ。
「……優音」
蓮が優音の唇を塞いだ。
歌声が、熱い吐息へと変わる。
久しぶりに触れ合う唇は、涙の味がした。けれど、それはどんな蜜よりも甘く、二人を陶酔させた。
「蓮……好き。ずっと、好きだった」
「知ってる。俺もだ。……もう二度と、離さない」
二人は床に崩れ落ちるように重なり合った。
窓の外にはサンタモニカの月。
互いの体温を確かめ合うように、空白だった数年間を埋めるように、二人は愛し合った。
優音の背中にある骨の感触も、蓮の手にあるタコのマメも、すべてが愛おしかった。
傷ついた喉は癒え、錆びついた心は溶かされた。
その夜、優音は夢を見た。
暗闇の中で一人うずくまっていた自分に、満天の星空が降り注ぐ夢を。
そしてその中心には、いつも蓮がいた。
翌朝。
優音はキッチンで鼻歌を歌っていた。
微かだが、確かな声。
蓮が起きてくると、彼女は少し照れくさそうに、しかし晴れやかな笑顔で言った。
「おはよう、蓮。……曲、できちゃったかも」
その笑顔は、かつて日本で「売れようぜ」と誓ったあの日の輝きを取り戻していた。
いや、痛みを知った分だけ、もっと深く、強く輝いていた。
(第12章 完)
蓮の怒鳴り声が、狭いリビングの空気を震わせた。
それは演技だった。だが、そこには演技を超えた、蓮自身の魂の叫びが混じっていた。
彼が練習しているのは、すべてを失った男が、去りゆく恋人を引き留めようとするシーンだ。
対する優音は、台本を握りしめたまま、必死に相手役のセリフを読んでいた。
「I... I have nothing to say.(私には……言うことなんてない)」
優音の声は小さく、震えていた。
しかし、それが逆にリアリティを生んでいた。今の優音の状況——声を奪われ、自信を失った状態——が、劇中のヒロインと痛いほどリンクしていたからだ。
蓮が一歩、優音に詰め寄る。その瞳は血走っていた。
「Liar. Your eyes are screaming.(嘘つきめ。君の目は叫んでいるじゃないか)」
台本にはない動きだった。蓮が優音の手首を掴み、強引に自分の方へ向かせる。
優音は息を呑んだ。
目の前にいるのは、役柄の男なのか、それとも蓮なのか。
その境界線が溶けていく。
「蓮、痛い……」
「逃げるな、優音」
蓮は日本語に戻っていた。
台本が床に落ちる。
「役の練習じゃない。俺を見てくれ。俺は、お前の声が聞きたいんだ。綺麗に加工された歌声なんかじゃない。あの泥だらけのライブハウスで、俺の心を震わせた、あのお前の声を!」
蓮の言葉が、優音の心の奥底にある、分厚い氷の壁を叩いた。
怖い。声を出すのが怖い。また否定されるのが、また利用されるのが怖い。
けれど、目の前の蓮の瞳は、そんな恐怖すら焼き尽くすほどの熱を持っていた。
「……出ないよ。私、もう壊れちゃったの」
「壊れてない。俺がここにいる。お前の観客は、世界中で俺一人でいい」
蓮が優音を抱き寄せた。
その瞬間、優音の中で何かが弾けた。
感情のダムが決壊する。悲しみ、悔しさ、安堵、そして蓮への愛おしさ。
言葉にならなかった。言葉では追いつかなかった。
「あ……ぁあ……」
優音の喉から、嗚咽のような、祈りのような音が漏れた。
それは次第に旋律(メロディ)を帯びていった。
歌詞はない。ただのハミングだ。
けれど、それはアダムが求めた「東洋的なスパイス」でも、世間が求めた「バーターの歌」でもない。
優音の魂そのものが振動している、原始的で、純粋な音だった。
部屋に満ちていくその歌声を聴きながら、蓮は涙を流していた。
そうだ、これだ。
俺が求めていたものは、華やかなレッドカーペットでも、トロフィーでもない。この魂の共鳴だ。
「……優音」
蓮が優音の唇を塞いだ。
歌声が、熱い吐息へと変わる。
久しぶりに触れ合う唇は、涙の味がした。けれど、それはどんな蜜よりも甘く、二人を陶酔させた。
「蓮……好き。ずっと、好きだった」
「知ってる。俺もだ。……もう二度と、離さない」
二人は床に崩れ落ちるように重なり合った。
窓の外にはサンタモニカの月。
互いの体温を確かめ合うように、空白だった数年間を埋めるように、二人は愛し合った。
優音の背中にある骨の感触も、蓮の手にあるタコのマメも、すべてが愛おしかった。
傷ついた喉は癒え、錆びついた心は溶かされた。
その夜、優音は夢を見た。
暗闇の中で一人うずくまっていた自分に、満天の星空が降り注ぐ夢を。
そしてその中心には、いつも蓮がいた。
翌朝。
優音はキッチンで鼻歌を歌っていた。
微かだが、確かな声。
蓮が起きてくると、彼女は少し照れくさそうに、しかし晴れやかな笑顔で言った。
「おはよう、蓮。……曲、できちゃったかも」
その笑顔は、かつて日本で「売れようぜ」と誓ったあの日の輝きを取り戻していた。
いや、痛みを知った分だけ、もっと深く、強く輝いていた。
(第12章 完)
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