星を仰ぐふたりのシナリオ

TAKAHARA HIROKI

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第13章:Home

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第4部:喝采(カーテンコール)

ロサンゼルスの安アパートに、柔らかいアコースティックギターの音色が響いていた。
それは、派手なシンセサイザーも、加工されたビートもない、ただの木の鳴りだけがする優しい音だった。
「……できた」
優音は鉛筆を置き、譜面代わりのルーズリーフを見つめた。
そこに書かれたタイトルは『Home』。
歌詞は、英語と日本語が混ざり合っている。異国の地で感じた孤独、言葉が通じないもどかしさ、そして、雨の中で差し出された傘の温もり。
「聴かせてくれ」
キッチンでコーヒーを淹れていた蓮が、マグカップを二つ持ってソファに来た。
優音は少し照れくさそうにギターを構えた。
「まだデモだけど……蓮のことを書いたの」
「俺のこと?」
「ううん、正確には……蓮がいる、この場所のこと」
優音は息を吸い、弦を弾いた。


I hurt you, made you cry so much, and now I can't sleep.
後悔してるのに またくり返す…どうしようもなくダメなんだ


歌い出しを聞いた瞬間、蓮の手が止まった。
優音の声は、以前のような張り詰めた高音の強さとは違っていた。中低音が豊かに響き、まるで隣で語りかけてくるような、体温のある歌声。
傷ついた喉は、悲しみを深みへと変えていたのだ。


Like everything might break over just one word left unsaid.
かよわい絆ばかりじゃないだろう
さあ見つけるんだ 僕たちのHOME


サビのメロディは、どこか懐かしく、それでいて聞いたことのない温かさを持っていた。
蓮は目を閉じて聴き入った。
役作りで荒んだ心が、波に洗われるように凪いでいく。
彼が演じようとしている映画の主人公もまた、故郷を失い、最後に希望を見つける男だ。この曲は、まさにそのテーマそのものだった。
「……すごいよ、優音」
最後のコードが消えると、蓮は深く息を吐いた。
「『片想い』の時とは違う。これは、誰かのために演じてる歌じゃない。
「そうかな」
「ああ。世界中の誰が何と言おうと、俺には最高の名曲に聞こえる」
優音は嬉しそうに微笑んだ。その笑顔は、かつてチャート1位を取った時よりもずっと満ち足りて見えた。
「ねえ、これ……ネットにあげてみようかな」
優音がふと思いついたように言った。
事務所もレーベルもない。宣伝費もない。
けれど、今の時代、届くべき人に届くルートはある。
「動画サイトに、弾き語りで。アダムの時みたいに派手な映像はいらない。ただ、この部屋で歌ってるそのままを」
「いいな。俺が撮るよ」
蓮はスマートフォンを取り出した。
照明機材なんてない。窓から差し込む午後の日差しだけが頼りだ。
優音は化粧気のない顔に、普段着のニット姿。
けれど、蓮のスマホ越しに見る彼女は、どんなトップ女優よりも美しく輝いて見えた。
「回すぞ。3、2、1……」
蓮の合図で、優音は再びギターを爪弾き始めた。
カメラのレンズを見つめるその瞳には、もう迷いはない。
レンズの向こう側にいる、まだ見ぬ誰かへ。
そして、今レンズを構えてくれている、たった一人の「Home」へ。
動画は、何の装飾もない『Home / Yuon』というタイトルで、ひっそりと動画共有サイトにアップロードされた。
再生回数は最初、たったの数十回。
そのほとんどが、二人が知り合いに送ったリンクからのアクセスだった。
しかし、本物は決して埋もれない。
数日後、ある有名な音楽ブロガーがこの動画をシェアしたことで、事態は急変することになる。
『泣いた。朝のコーヒーを飲みながら、涙が止まらない』
『言葉は半分分からないのに、心が震える』
『彼女の歌声は、疲れた魂へのハグのようだ』
コメント欄に、英語、スペイン語、そして日本語のメッセージが溢れ始める。
小さな部屋から放たれた優しい光が、世界という巨大な空へ向かって拡散し始めていた。
(第13章 完)
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