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【過去編】第3章:文化祭の反逆者
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秋になり、高校は文化祭の準備で浮き足立っていた。
優音のクラスは模擬店、蓮のクラスは演劇をすることになった。
演目は『ロミオとジュリエット』。
当然のように、ロミオ役には蓮が選ばれた。
「最悪だ」
放課後の踊り場。蓮は渡された台本を床に投げつけた。
「なんで俺がロミオなんだよ。もっとこう、ドロドロした復讐劇とかないのかよ」
「似合うからじゃない? 王子様だし」
優音がからかうと、蓮は不機嫌そうに唸った。
「お前まで言うな。……ジュリエット役、あいつだぞ。また噂になる」
相手役は、学年で一番人気の女子生徒だった。周囲はお似合いだと囃し立てているが、蓮にとっては苦痛でしかないらしい。
優音は少しだけ胸がチクリとしたが、それを楽譜の裏に隠した。
「でも、やるしかないでしょ。サボったら目立つよ」
「分かってるよ。……なあ、読み合わせ付き合えよ」
「え、私が?」
「お前しか頼める奴いねえんだよ。あいつらとやると、すぐキャーキャー言って練習になんねえから」
蓮は強引に台本を優音に押し付けた。
それから文化祭までの二週間、秘密の稽古が始まった。
ジュリエットのセリフを読む優音。
それに応えて、ロミオのセリフを言う蓮。
最初は棒読みだった蓮の演技が、日に日に熱を帯びていくのを優音は肌で感じていた。
「ああ、ジュリエット。君はどうしてジュリエットなんだ?」
蓮の声が変わる。
いつもの低い声に、甘さと、切なさと、絶望が混じる。
優音はその声を聞くたびに、心臓が早鐘を打つのを感じた。
(すごい……)
彼は本物だ。ただのイケメンじゃない。魂を削って言葉を紡いでいる。
けれど、その熱量は練習だけのものだった。
クラスの全体練習に戻ると、蓮はまた「無難な王子様」の演技に戻ってしまうのだ。
「周りに合わせてレベル落としてる」
優音は気づいていた。蓮は本気を出すのを怖がっている。「たかが文化祭」という空気の中で、一人だけ本気になって浮くことを恐れているのだ。
文化祭前日。
最後の合わせ練習を終えた蓮は、ひどく疲れた顔をしていた。
「……明日で終わりか」
「楽しみだね、本番」
「ああ。適当にやって、適当に拍手もらって終わらせるよ」
蓮は諦めたように笑った。
優音はギターケースを握りしめた。
(それでいいの?)
東京に行きたいと言った彼。役者になりたいと言った彼。
ここで妥協して、彼が腐っていくのを見たくない。
「……蓮」
優音は初めて、彼を名前だけで呼んだ。
「本気でやってよ」
蓮が驚いて振り返る。
「明日の舞台、ぶち壊してよ。王子様の仮面なんて割っちゃってよ。……私が見てるから」
優音の真っ直ぐな瞳。
そこには、踊り場で出会った日と同じ、揺るぎない信頼があった。
蓮はしばらく黙っていたが、やがてふっと口角を上げた。
「……責任取れよ。ドン引きされても知らないからな」
その目は、もう死んでいなかった。
(第3章 完)
優音のクラスは模擬店、蓮のクラスは演劇をすることになった。
演目は『ロミオとジュリエット』。
当然のように、ロミオ役には蓮が選ばれた。
「最悪だ」
放課後の踊り場。蓮は渡された台本を床に投げつけた。
「なんで俺がロミオなんだよ。もっとこう、ドロドロした復讐劇とかないのかよ」
「似合うからじゃない? 王子様だし」
優音がからかうと、蓮は不機嫌そうに唸った。
「お前まで言うな。……ジュリエット役、あいつだぞ。また噂になる」
相手役は、学年で一番人気の女子生徒だった。周囲はお似合いだと囃し立てているが、蓮にとっては苦痛でしかないらしい。
優音は少しだけ胸がチクリとしたが、それを楽譜の裏に隠した。
「でも、やるしかないでしょ。サボったら目立つよ」
「分かってるよ。……なあ、読み合わせ付き合えよ」
「え、私が?」
「お前しか頼める奴いねえんだよ。あいつらとやると、すぐキャーキャー言って練習になんねえから」
蓮は強引に台本を優音に押し付けた。
それから文化祭までの二週間、秘密の稽古が始まった。
ジュリエットのセリフを読む優音。
それに応えて、ロミオのセリフを言う蓮。
最初は棒読みだった蓮の演技が、日に日に熱を帯びていくのを優音は肌で感じていた。
「ああ、ジュリエット。君はどうしてジュリエットなんだ?」
蓮の声が変わる。
いつもの低い声に、甘さと、切なさと、絶望が混じる。
優音はその声を聞くたびに、心臓が早鐘を打つのを感じた。
(すごい……)
彼は本物だ。ただのイケメンじゃない。魂を削って言葉を紡いでいる。
けれど、その熱量は練習だけのものだった。
クラスの全体練習に戻ると、蓮はまた「無難な王子様」の演技に戻ってしまうのだ。
「周りに合わせてレベル落としてる」
優音は気づいていた。蓮は本気を出すのを怖がっている。「たかが文化祭」という空気の中で、一人だけ本気になって浮くことを恐れているのだ。
文化祭前日。
最後の合わせ練習を終えた蓮は、ひどく疲れた顔をしていた。
「……明日で終わりか」
「楽しみだね、本番」
「ああ。適当にやって、適当に拍手もらって終わらせるよ」
蓮は諦めたように笑った。
優音はギターケースを握りしめた。
(それでいいの?)
東京に行きたいと言った彼。役者になりたいと言った彼。
ここで妥協して、彼が腐っていくのを見たくない。
「……蓮」
優音は初めて、彼を名前だけで呼んだ。
「本気でやってよ」
蓮が驚いて振り返る。
「明日の舞台、ぶち壊してよ。王子様の仮面なんて割っちゃってよ。……私が見てるから」
優音の真っ直ぐな瞳。
そこには、踊り場で出会った日と同じ、揺るぎない信頼があった。
蓮はしばらく黙っていたが、やがてふっと口角を上げた。
「……責任取れよ。ドン引きされても知らないからな」
その目は、もう死んでいなかった。
(第3章 完)
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