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【過去編】第4章:喝采なきカーテンコール
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文化祭当日。
体育館のステージには、安っぽい書き割りのバルコニーセットが組まれていた。
客席は満員。女子生徒たちの黄色い声援が飛び交う中、劇が始まった。
優音は舞台袖の暗がりから、固唾を呑んで見守っていた。
序盤、蓮はいつも通りの「爽やかなロミオ」を演じていた。客席も安心してそれを見ている。
空気が変わったのは、ラストシーンだった。
ロミオが毒を煽り、ジュリエットの死を嘆く場面。
「——これで、すべて終わる」
蓮の声が、体育館の空気を凍りつかせた。
それは甘い愛の囁きではなかった。
この世の理不尽、若さゆえの暴走、どうしようもない絶望。それらをすべて凝縮したような、生々しい「人間」の声だった。
台本にはない、慟哭。
彼は床を叩き、髪を振り乱し、顔を歪めて泣き叫んだ。
「綺麗」な王子様はそこにはいなかった。そこにいたのは、愛に狂い、死に向かう一人の哀れな男だった。
客席の女子たちが息を呑む。
「え、何あれ……怖い」
「あんなの蓮くんじゃない」
戸惑いのざわめきが広がる。ジュリエット役の女子も、蓮の迫力に圧されてセリフを飛ばしてしまった。
けれど、優音だけは震えていた。
(すごい。届いてるよ、蓮)
彼は今、この退屈な学校という箱庭を、たった一人の演技で破壊している。
幕が下りた時、拍手はまばらだった。
感動というよりは、呆気にとられたような静寂。
「やりすぎだよ、上条」
「空気読めよなー」
クラスメイトたちが陰口を叩く中、蓮は汗だくのままステージを降りてきた。
その顔は、憑き物が落ちたように晴れやかだった。
一直線に、袖にいる優音の元へ来る。
「どうだった」
「……最高。誰も拍手してなかったけど」
優音が言うと、蓮は声を上げて笑った。
「ざまあみろだ。……でも、お前には届いたろ?」
「うん。一番前の特等席で見てたから」
二人は体育館の裏口から抜け出した。
遠くから、フォークダンスの音楽が聞こえてくる。
二人はそれに背を向け、いつもの屋上への階段を駆け上がった。
夕暮れの空。
初めて出会ったあの場所で、今度は優音がギターを取り出した。
「私の番だね」
優音は歌った。
文化祭には出られなかった自分の、誰にも披露することのなかったオリジナル曲を。
蓮のためだけに。
観客は一人。けれど、それは何千人の喝采よりも価値のあるステージだった。
歌い終わると、蓮がパチパチとゆっくり手を叩いた。
「……東京、行くぞ」
蓮が言った。
「卒業したらすぐだ。俺もお前も、こんな狭いとこにいたらダメになる」
「うん。行こう」
二人はフェンス越しに、遠く霞む街並みを見下ろした。
その彼方にあるはずの光の街を夢見て。
(第4章 完)
体育館のステージには、安っぽい書き割りのバルコニーセットが組まれていた。
客席は満員。女子生徒たちの黄色い声援が飛び交う中、劇が始まった。
優音は舞台袖の暗がりから、固唾を呑んで見守っていた。
序盤、蓮はいつも通りの「爽やかなロミオ」を演じていた。客席も安心してそれを見ている。
空気が変わったのは、ラストシーンだった。
ロミオが毒を煽り、ジュリエットの死を嘆く場面。
「——これで、すべて終わる」
蓮の声が、体育館の空気を凍りつかせた。
それは甘い愛の囁きではなかった。
この世の理不尽、若さゆえの暴走、どうしようもない絶望。それらをすべて凝縮したような、生々しい「人間」の声だった。
台本にはない、慟哭。
彼は床を叩き、髪を振り乱し、顔を歪めて泣き叫んだ。
「綺麗」な王子様はそこにはいなかった。そこにいたのは、愛に狂い、死に向かう一人の哀れな男だった。
客席の女子たちが息を呑む。
「え、何あれ……怖い」
「あんなの蓮くんじゃない」
戸惑いのざわめきが広がる。ジュリエット役の女子も、蓮の迫力に圧されてセリフを飛ばしてしまった。
けれど、優音だけは震えていた。
(すごい。届いてるよ、蓮)
彼は今、この退屈な学校という箱庭を、たった一人の演技で破壊している。
幕が下りた時、拍手はまばらだった。
感動というよりは、呆気にとられたような静寂。
「やりすぎだよ、上条」
「空気読めよなー」
クラスメイトたちが陰口を叩く中、蓮は汗だくのままステージを降りてきた。
その顔は、憑き物が落ちたように晴れやかだった。
一直線に、袖にいる優音の元へ来る。
「どうだった」
「……最高。誰も拍手してなかったけど」
優音が言うと、蓮は声を上げて笑った。
「ざまあみろだ。……でも、お前には届いたろ?」
「うん。一番前の特等席で見てたから」
二人は体育館の裏口から抜け出した。
遠くから、フォークダンスの音楽が聞こえてくる。
二人はそれに背を向け、いつもの屋上への階段を駆け上がった。
夕暮れの空。
初めて出会ったあの場所で、今度は優音がギターを取り出した。
「私の番だね」
優音は歌った。
文化祭には出られなかった自分の、誰にも披露することのなかったオリジナル曲を。
蓮のためだけに。
観客は一人。けれど、それは何千人の喝采よりも価値のあるステージだった。
歌い終わると、蓮がパチパチとゆっくり手を叩いた。
「……東京、行くぞ」
蓮が言った。
「卒業したらすぐだ。俺もお前も、こんな狭いとこにいたらダメになる」
「うん。行こう」
二人はフェンス越しに、遠く霞む街並みを見下ろした。
その彼方にあるはずの光の街を夢見て。
(第4章 完)
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