星を仰ぐふたりのシナリオ

TAKAHARA HIROKI

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【外伝 美月編】第3章:ガラスの靴を割る

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数日後、美月は事務所の社長室に呼び出された。
「どういうつもりだ、美月」
社長は葉巻を灰皿に押し付けながら言った。
「ドラマのオファーも断ったそうだな。今が踏ん張りどきだぞ。蓮の件で落ちた株を、仕事で取り戻さないと」
提示されたのは、またしても「完璧なヒロイン」役の恋愛ドラマだった。
年下の御曹司と恋に落ちる、キラキラした物語。
以前の美月なら、台本を読まずとも完璧に演じられただろう。
「……社長。私、もう履けません」
「は?」
「ガラスの靴ですよ。サイズが合わなくなって、足が血だらけなんです」
美月は淡々と言った。
「私、この十年、一度だって『私』だったことがありませんでした。みんなが求める『橘美月』という着ぐるみを着ていただけ」
「それがスターというものだ。その対価として、お前は富も名声も手に入れたんだろう」
「ええ。でも、一番欲しかったものは手に入らなかった」
蓮の心。そして、心からの充足感。
美月はバッグから一冊の企画書を取り出した。それはマネージャーが「美月さんのイメージじゃない」とゴミ箱に捨てようとしていた、小劇場の舞台のオファーだった。
役柄は、場末のスナックで働く、アルコール中毒の落ちぶれた女。
これまでの美月なら絶対にやらない、汚れ役だ。
「私、これをやります」
「正気か? ギャラなんて今の十分の一もないぞ。それに、そんな薄汚い役をやったら、CM契約も切れる」
「構いません」
美月の瞳には、かつてないほど強い光が宿っていた。
「私、芝居がしたいんです。綺麗にライトを当てられて、綺麗なセリフを言うだけのお遊戯じゃなくて……魂を削るような、本当の芝居が」
それは、かつて蓮が求めていたことだった。
あの時の美月はそれを「ステータスを下げる」と否定した。
けれど今なら分かる。彼が求めていたのは、ステータスではなく「生きた証」だったのだ。
「勝手にしろ! 後悔しても知らんぞ」
社長の怒号を背に、美月は部屋を出た。
廊下を歩く足取りは、ハイヒールを履いているはずなのに、裸足で大地を踏みしめているように軽やかだった。
(第3章 完)
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