星を仰ぐふたりのシナリオ

TAKAHARA HIROKI

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【外伝 美月編】第4章:ハイヒールを脱ぎ捨てて

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「橘さん、お願いします!」
古びた稽古場。エアコンの効きが悪く、汗と埃の匂いがする。
そこに、ジャージ姿ですっぴんの美月がいた。
「……違う、まだ綺麗すぎる」
演出家の厳しい声が飛ぶ。
「あんたが演じるのはトップ女優じゃない。人生に絶望して、それでも酒に縋って生きる女だ。その綺麗な立ち方をやめろ! 声のツヤを消せ!」
「はい!」
美月は床を転げ回り、髪を振り乱して叫んだ。
喉が枯れる。膝が擦りむける。
けれど、不思議と楽しかった。
「お前は不要だ」と言われる恐怖はない。ここでは「橘美月」というブランドではなく、一人の「役者」として扱われる。
共演者は無名の劇団員ばかりだ。彼らは美月を最初は色眼鏡で見ていたが、彼女が泥臭く稽古に食らいつく姿を見て、次第に仲間として受け入れてくれた。
「美月さん、飲み行きましょうよ! 安い店ですけど」
「いいわね、行きましょう」
稽古後、ガード下の赤提灯でビールケースに座って飲むハイボール。
それは、高級ホテルのラウンジで飲むヴィンテージワインよりも、ずっと美味しかった。
ある夜、酔った劇団員の一人が聞いた。
「なんで美月さんほどの人が、こんなとこに来たんですか?」
美月は少し考えて、ジョッキの縁を指でなぞった。
「……忘れ物を、取りに来たの」
「忘れ物?」
「ええ。昔、ある男の子が教えてくれたわ。『泥臭い演技がしたい』って。その時は馬鹿にしたけど……本当は私も、そうなりたかったんだって、今やっと気づいたの」
美月は笑った。それは作り物の笑顔ではなく、目尻にシワを寄せた、人間くさい笑顔だった。
「ガラスの靴なんて、歩きにくいだけだったわ」
彼女はテーブルの下で、履き潰したスニーカーの踵をコツンと鳴らした。
(第4章 完)
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