星を仰ぐふたりのシナリオ

TAKAHARA HIROKI

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【外伝 美月編】第5章:私だけのシナリオ

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半年後。
下北沢の小劇場は、異様な熱気に包まれていた。
『トップ女優・橘美月の転身! 衝撃の汚れ役』という話題性もあり、客席は満員だった。
しかし、幕が開いて数分で、観客は「橘美月」を見に来たことを忘れた。
そこにいたのは、酒焼けした声で男に悪態をつき、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにして泣き叫ぶ、一人の孤独な女だった。
「あたしはねぇ……愛されたかっただけなんだよぉ!」
その叫びは、役柄のセリフでありながら、美月自身の魂の叫びでもあった。
蓮への未練も、世間への意地も、すべてをその演技にぶつけた。
美しいだけの人形は死んだ。
そこに生まれたのは、血の通った一人の女優だった。
終演後。
鳴り止まない拍手の中で、美月は深々と頭を下げた。
これまでの「優雅な会釈」ではない。腰を折り、汗を床に落とすような、泥臭いお辞儀。
顔を上げると、最前列の客が涙を拭っているのが見えた。
(届いた……)
その事実は、オスカー像よりも重く、美月の胸を満たした。
楽屋口を出ると、夜風が心地よかった。
空を見上げると、東京の明るい夜空にも、一つだけ星が見えた。
「……見てる? 蓮」
美月は空に向かって呟いた。
「私はもう、あなたの隣にはいない。追いつこうとも思わない」
彼女はスニーカーの紐を結び直した。
「私は私の場所で、私のシナリオを生きるわ。……あなたたちには負けないくらいの、最高傑作をね」
遠いロサンゼルスにいる二人には聞こえない。
それでいい。
これは「星を仰ぐふたり」の物語ではない。
ガラスの靴を自ら脱ぎ捨て、裸足で荒野を歩き出した、一人の「女王」の再生の物語なのだから。
美月は一人、雑踏の中へと歩き出した。
その背中は、かつてレッドカーペットを歩いていた時よりも、ずっと大きく、そして自由に見えた。
『星を仰ぐふたりのシナリオ【外伝 美月編】』
Glass Slipper is Gone.
—— 完 ——
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