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【スピンオフ編】:笑い合うカケラたち ~祭典の夜~
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季節は秋の改編期。
テレビ局の巨大なスタジオは、普段以上の熱気と豪華なセットに包まれていた。
特番『オールスター・ドラマ対抗! 秘蔵NGお宝映像アワード』。
各局の看板ドラマに出演する豪華俳優陣が雛壇(ひなだん)に勢揃いし、撮影中のハプニングやNGシーンを競う、年に一度の祭典だ。
「さあ、今夜は俳優の皆さんの素顔を丸裸にしちゃいますよ! 司会を務めます、ベテランアナウンサーの田中と……」
「アーティストの、優音(ゆおん)です。よろしくお願いします!」
きらびやかなMC席。ベテランアナウンサーの隣で、優音が少し緊張した面持ちで頭を下げた。
今の彼女は、世界的なシンガーソングライターとして不動の地位を築いている。その飾らない人柄とトーク力が見込まれ、今回の大型特番のMCに大抜擢されたのだ。
華やかなパンツスーツを着こなす姿は、かつての「自信のない少女」の面影はない。堂々たるMCぶりだ。
「いやー、優音さんが司会とは豪華ですね。そして、今日のゲスト席には、特別な方がいらっしゃいますね?」
田中アナがニヤニヤしながら視線を向けた先。
雛壇の最前列、今期トップの視聴率を誇る刑事ドラマ『追跡者(チェイサー)』チームの代表として、蓮(れん)が座っていた。
「……お手柔らかにお願いします」
蓮が苦笑いしながらマイクを持つと、スタジオ中から黄色い歓声と、冷やかしの拍手が巻き起こった。
いまや日本を代表する実力派俳優であり、優音の公私にわたるパートナーでもある蓮。二人がこうして共演するのは、実は久しぶりだった。
「やりにくいですねぇ」
MC席の優音がわざとらしく溜息をつくと、蓮が「おい!」と突っ込む。その息の合ったやり取りに、スタジオはドッと沸いた。
そして、蓮の隣のチームには、大河ドラマの主演を務める橘 美月(たちばな みつき)が、艶やかな着物姿で優雅に微笑んでいる。
かつては三角関係と騒がれた三人だが、今はそれぞれの分野で頂点を極めた「戦友」として、同じステージに並んでいた。
「さあ、それでは参りましょう! まずは蓮さんが主演する『追跡者』からのNGシーンです。VTR、どうぞ!」
優音の進行で、巨大スクリーンに映像が映し出される。
【VTR:ドラマ『追跡者』シリアスな廃倉庫のシーン】
緊迫した空気の中、蓮が演じる刑事が犯人を追い詰める。
蓮:「もう逃げ場はないぞ! 銃を捨てろ!」
犯人が銃を構える。蓮も拳銃を構え、にじり寄る。非常にカッコいい、見せ場のシーンだ。
蓮:「確保する!」
蓮が犯人に飛びかかろうと、埃っぽい床を一歩踏み出した、その瞬間。
ズルッ!
蓮の足が派手に滑った。
まるで漫画のように空中で一回転し、背中から「ドサッ!」とマットに落ちる蓮。
「いってぇ~!」
クールな刑事の顔はどこへやら、情けない声を上げて腰をさする蓮の姿で、VTRは静止した。
【スタジオ】
「あははははは!」
スタジオは爆笑の渦に包まれた。
ワイプ(画面の隅の小窓)に映る蓮は、顔を真っ赤にして手で顔を覆っている。
MC席の優音も、進行を忘れてお腹を抱えて笑っていた。
「ちょっと蓮さん! あれは酷いですね! あんなにカッコつけてたのに!」
優音がMCマイクで容赦なく突っ込む。
「いや、床が! ワックス効きすぎてて! 俺もびっくりしたんだよ!」
蓮が必死に言い訳する姿に、さらに笑いが起きる。隣の席の美月も、上品に口元を隠しながら肩を震わせて笑っていた。
「さあ、続いては美月さん主演の大河ドラマから! 完璧主義の美月さんにもNGなんてあるんでしょうか? VTRどうぞ!」
【VTR:大河ドラマ 静謐な茶室のシーン】
美月が演じるのは、戦国の姫君。
敵将を前に、命がけの交渉をする、非常に張り詰めたシーンだ。
美月:「……我が命に代えましても、この城は渡せませぬ」
完璧な所作、美しい発声。その場の空気を支配するような名演技だ。
相手役の俳優が、息を呑んで美月を見つめる。
数十秒の沈黙。誰もがその演技に引き込まれた、その時。
グゥゥゥゥ~~~……キュルルル……。
静寂な茶室に、とてつもなく大きな腹の虫が鳴り響いた。
美月:「……っ!」
美月がビクッと肩を震わせ、真剣な表情のまま固まる。
相手役の俳優が、耐えきれずに吹き出した。
「カット! カットォォォ!」
監督の叫び声。美月が真っ赤になって畳に突っ伏す。
「すみません! お昼のロケ弁、少なくて……!」
【スタジオ】
「ぶははははは!」
今度は、さっきまで笑われていた蓮が、椅子から転げ落ちんばかりに大爆笑した。
「美月さん、あれはずるい! あんなシリアスな顔して!」
「もう、やめてよ蓮! 忘れたかったのに!」
美月も顔を扇子で仰ぎながら、涙目になって笑っている。
「いやー、あの美月さんのお腹が鳴るとは。人間味があって最高ですね」
田中アナがフォローを入れるが、MC席の優音も笑いが止まらず、ハンカチで目尻を拭いていた。
「ふふっ、最高です美月さん。お二人とも、完璧に見えて結構やらかしてますね」
優音がそうまとめると、スタジオのカメラが三人の顔を順番に抜いた。
照れくさそうに鼻をかく蓮。
恥ずかしそうに、でも楽しそうに扇子で顔を隠す美月。
そして、MC席から二人を見て、心からの笑顔を向ける優音。
かつて、張り詰めた記者会見のフラッシュの中で、強張った笑顔を張り付かせていた三人。
ガラスの靴を奪い合い、傷つけ合った日々。
けれど今、こうしてテレビの画面越しに、互いの失敗を笑い飛ばし合っている。
優音は、台本の端をギュッと握りしめた。
(私たち、遠いまわり道をしたけど……やっと、普通に笑い合える場所に来たんだね)
「えー、というわけで、グランプリ候補のお二人でした! いやー、笑った笑った」
優音がプロの顔に戻り、進行を再開する。
蓮と美月が、それぞれの席で優音に向かって軽く手を挙げた。
それは、「お疲れ様」「MC頑張れよ」という、戦友たちからの無言のエールだった。
華やかな祭典の夜は、三人の屈託のない笑い声と共に、賑やかに更けていった。
(スピンオフ 完)
テレビ局の巨大なスタジオは、普段以上の熱気と豪華なセットに包まれていた。
特番『オールスター・ドラマ対抗! 秘蔵NGお宝映像アワード』。
各局の看板ドラマに出演する豪華俳優陣が雛壇(ひなだん)に勢揃いし、撮影中のハプニングやNGシーンを競う、年に一度の祭典だ。
「さあ、今夜は俳優の皆さんの素顔を丸裸にしちゃいますよ! 司会を務めます、ベテランアナウンサーの田中と……」
「アーティストの、優音(ゆおん)です。よろしくお願いします!」
きらびやかなMC席。ベテランアナウンサーの隣で、優音が少し緊張した面持ちで頭を下げた。
今の彼女は、世界的なシンガーソングライターとして不動の地位を築いている。その飾らない人柄とトーク力が見込まれ、今回の大型特番のMCに大抜擢されたのだ。
華やかなパンツスーツを着こなす姿は、かつての「自信のない少女」の面影はない。堂々たるMCぶりだ。
「いやー、優音さんが司会とは豪華ですね。そして、今日のゲスト席には、特別な方がいらっしゃいますね?」
田中アナがニヤニヤしながら視線を向けた先。
雛壇の最前列、今期トップの視聴率を誇る刑事ドラマ『追跡者(チェイサー)』チームの代表として、蓮(れん)が座っていた。
「……お手柔らかにお願いします」
蓮が苦笑いしながらマイクを持つと、スタジオ中から黄色い歓声と、冷やかしの拍手が巻き起こった。
いまや日本を代表する実力派俳優であり、優音の公私にわたるパートナーでもある蓮。二人がこうして共演するのは、実は久しぶりだった。
「やりにくいですねぇ」
MC席の優音がわざとらしく溜息をつくと、蓮が「おい!」と突っ込む。その息の合ったやり取りに、スタジオはドッと沸いた。
そして、蓮の隣のチームには、大河ドラマの主演を務める橘 美月(たちばな みつき)が、艶やかな着物姿で優雅に微笑んでいる。
かつては三角関係と騒がれた三人だが、今はそれぞれの分野で頂点を極めた「戦友」として、同じステージに並んでいた。
「さあ、それでは参りましょう! まずは蓮さんが主演する『追跡者』からのNGシーンです。VTR、どうぞ!」
優音の進行で、巨大スクリーンに映像が映し出される。
【VTR:ドラマ『追跡者』シリアスな廃倉庫のシーン】
緊迫した空気の中、蓮が演じる刑事が犯人を追い詰める。
蓮:「もう逃げ場はないぞ! 銃を捨てろ!」
犯人が銃を構える。蓮も拳銃を構え、にじり寄る。非常にカッコいい、見せ場のシーンだ。
蓮:「確保する!」
蓮が犯人に飛びかかろうと、埃っぽい床を一歩踏み出した、その瞬間。
ズルッ!
蓮の足が派手に滑った。
まるで漫画のように空中で一回転し、背中から「ドサッ!」とマットに落ちる蓮。
「いってぇ~!」
クールな刑事の顔はどこへやら、情けない声を上げて腰をさする蓮の姿で、VTRは静止した。
【スタジオ】
「あははははは!」
スタジオは爆笑の渦に包まれた。
ワイプ(画面の隅の小窓)に映る蓮は、顔を真っ赤にして手で顔を覆っている。
MC席の優音も、進行を忘れてお腹を抱えて笑っていた。
「ちょっと蓮さん! あれは酷いですね! あんなにカッコつけてたのに!」
優音がMCマイクで容赦なく突っ込む。
「いや、床が! ワックス効きすぎてて! 俺もびっくりしたんだよ!」
蓮が必死に言い訳する姿に、さらに笑いが起きる。隣の席の美月も、上品に口元を隠しながら肩を震わせて笑っていた。
「さあ、続いては美月さん主演の大河ドラマから! 完璧主義の美月さんにもNGなんてあるんでしょうか? VTRどうぞ!」
【VTR:大河ドラマ 静謐な茶室のシーン】
美月が演じるのは、戦国の姫君。
敵将を前に、命がけの交渉をする、非常に張り詰めたシーンだ。
美月:「……我が命に代えましても、この城は渡せませぬ」
完璧な所作、美しい発声。その場の空気を支配するような名演技だ。
相手役の俳優が、息を呑んで美月を見つめる。
数十秒の沈黙。誰もがその演技に引き込まれた、その時。
グゥゥゥゥ~~~……キュルルル……。
静寂な茶室に、とてつもなく大きな腹の虫が鳴り響いた。
美月:「……っ!」
美月がビクッと肩を震わせ、真剣な表情のまま固まる。
相手役の俳優が、耐えきれずに吹き出した。
「カット! カットォォォ!」
監督の叫び声。美月が真っ赤になって畳に突っ伏す。
「すみません! お昼のロケ弁、少なくて……!」
【スタジオ】
「ぶははははは!」
今度は、さっきまで笑われていた蓮が、椅子から転げ落ちんばかりに大爆笑した。
「美月さん、あれはずるい! あんなシリアスな顔して!」
「もう、やめてよ蓮! 忘れたかったのに!」
美月も顔を扇子で仰ぎながら、涙目になって笑っている。
「いやー、あの美月さんのお腹が鳴るとは。人間味があって最高ですね」
田中アナがフォローを入れるが、MC席の優音も笑いが止まらず、ハンカチで目尻を拭いていた。
「ふふっ、最高です美月さん。お二人とも、完璧に見えて結構やらかしてますね」
優音がそうまとめると、スタジオのカメラが三人の顔を順番に抜いた。
照れくさそうに鼻をかく蓮。
恥ずかしそうに、でも楽しそうに扇子で顔を隠す美月。
そして、MC席から二人を見て、心からの笑顔を向ける優音。
かつて、張り詰めた記者会見のフラッシュの中で、強張った笑顔を張り付かせていた三人。
ガラスの靴を奪い合い、傷つけ合った日々。
けれど今、こうしてテレビの画面越しに、互いの失敗を笑い飛ばし合っている。
優音は、台本の端をギュッと握りしめた。
(私たち、遠いまわり道をしたけど……やっと、普通に笑い合える場所に来たんだね)
「えー、というわけで、グランプリ候補のお二人でした! いやー、笑った笑った」
優音がプロの顔に戻り、進行を再開する。
蓮と美月が、それぞれの席で優音に向かって軽く手を挙げた。
それは、「お疲れ様」「MC頑張れよ」という、戦友たちからの無言のエールだった。
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