星を仰ぐふたりのシナリオ

TAKAHARA HIROKI

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【欧州編】第2章:パリ、雨のモンマルトル

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カンヌからTGV(高速列車)でパリへ移動した二人は、マレ地区にある隠れ家的なプチホテルにチェックインした。
翌日、パリはあいにくの雨だった。
石畳を濡らす冷たい雨が、古都の彩度を落としている。
「ごめんね。せっかくの休みなのに」
傘を差しながら、優音が申し訳なさそうに言った。
「いや、雨のパリも悪くない。映画のワンシーンみたいだ」
蓮はロングコートの襟を立て、優音の肩を抱き寄せた。
二人はモンマルトルの丘を目指して歩いていた。
観光客で賑わうサクレ・クール寺院の正面ではなく、優音が「どうしても通りたい」と言った、裏通りの狭い坂道だ。
そこは観光地化されたパリとは違う、生活の匂いと芸術の残り香が漂う場所だった。
湿った石畳の匂い。焼きたてのバゲットの香り。
そして、どこからか聞こえてくる、哀愁を帯びた音色。
坂道の途中、雨を避けるように軒下で、一人の初老の男性がアコーディオンを弾いていた。
古びた楽器は、男性の皺だらけの手によって、まるで生き物のように呼吸をしている。
曲はシャンソンの名曲『枯葉』。
通り過ぎる人々は皆、足早で彼に見向きもしない。
けれど、その音には、東京の路地裏で優音がギターを弾いていた時と同じ、「孤独」と「誇り」が混ざっていた。
優音は足を止めた。
「……彼なの」
「彼?」
「昨日、一人で散歩してた時に見かけたの。誰も聴いてないのに、世界で一番美しい音を出してた」
優音は蓮の腕から離れ、ゆっくりと男性に近づいた。
ハイヒールの音が、雨の石畳にカツ、カツ、と響く。
そのリズムは、アコーディオンの旋律と奇妙にシンクロしていた。
男性が顔を上げ、東洋人の美しい女性に気づく。
優音はハンドバッグから、1ユーロコインを一枚取り出した。
普通に手渡すのではない。
彼女はコインを親指の爪に乗せると、ピンッ、と指で弾いた。
コインは空中で美しい放物線を描き、回転しながら銀色の光を放つ。
そして、吸い込まれるように、アコーディオンケースの中へと音もなく着地した。
チャリン。
その澄んだ音が、アコーディオンの和音の最後の一音と重なり、完璧なハーモニーとなって路地裏に響いた。
「Merci, Mademoiselle(ありがとう、お嬢さん)」
男性が驚いて目を丸くし、それからニカっと笑ってウインクをした。
優音もまた、エレガントに微笑み返す。
「……かっこいいな」
後ろで見ていた蓮が、感嘆の声を漏らした。
「チップの渡し方まで、いつの間にか一流のアーティストだ」
「ふふ。蓮の『通行人B』よりはマシでしょ?」
優音は蓮の元へ戻ると、再びその腕に絡みついた。
アコーディオンの音色が、ワルツのような軽快なリズムに変わる。まるで二人を祝福するように。
「ねえ、蓮。私、思い出したの」
「何を?」
「私たちが歌ったり演じたりするのは、誰かに評価されるためじゃない。こうやって、誰かの心に『音』を届けるためだったって」
雨はまだ止まない。
けれど、二人の足取りは軽かった。
パリの曇り空の向こうに、かつて二人で見上げた「見えない星」が、今は確かに輝いている気がした。
しかし、この平穏なひとときが、嵐の前の静けさであることに、二人はまだ気づいていなかった。
ホテルに戻った蓮のスマートフォンには、フランスの鬼才、ジャン・リュック監督からの呼び出しメッセージが入っていたのだ。
(第2章 完)
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