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第9章:蒼きプレッシャー、紅蓮のカウンター
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スタートの合図と共に、深夜の秋名山に二種類の爆音が炸裂した。
『バァァァァァァン!!』
RX-7のロータリーサウンドが突き抜けるような高音を奏でる。
『グォォォォォォン!!』
一瞬遅れて、GT-RのRB26が腹の底に響く重低音で空気を震わせる。
美羽はクラッチを繋いだ瞬間、全身の神経を左足と右足の親指に集中させた。
(ホイールスピンさせない……ギリギリのトラクション!)
『キュキュッ!』
リアタイヤがわずかに鳴き、RX-7が弾かれたように飛び出す。軽量ボディの利点を活かした、完璧なロケットスタートだ。
だが、バックミラーに映る光景に、美羽は息を呑んだ。
離れない。
それどころか、GT-Rの蒼白いHIDヘッドライトが、みるみるうちに大きくなってくる。
「嘘でしょ……あの巨体で!」
GT-RのアテーサE-TS(電子制御トルクスプリット四輪駆動システム)が、強大なパワーを四本のタイヤに最適配分し、アスファルトを鷲掴みにしているのだ。まるで後ろから巨大な手で押されているかのような、暴力的な加速。
最初の右コーナーが迫る。
美羽はブレーキングポイントをギリギリまで遅らせた。
「ここっ!」
『ドンッ!』
ブレーキペダルを床まで踏み抜く。強力なGが美羽の体をシートベルトに食い込ませる。ヒール・アンド・トウで回転を合わせ、3速から2速へ。
『フォォン!』
ブリッピングの音が山肌に反響する。
ステアリングを切り込む。ノーズがスッとインを向く。完璧な回頭性。これがFRの、セブンの武器だ。
クリッピングポイントを舐めるように通過し、アクセルを全開にする。
しかし、立ち上がりでGT-Rが並びかけてきた。
『ドロロロロロォォッ!』
RB26のツインターボが唸りを上げ、RX-7のサイドミラーに青いボディが映り込む。
(速い! 立ち上がりのトラクションが違いすぎる!)
美羽はイン側のラインを死守する。並走状態で次の左コーナーへ。ここはインとアウトが入れ替わる。
美羽がアウト側、黒木がイン側。
黒木が勝負を仕掛けてきた。
GT-Rがイン側の縁石を跨ぐようにして突っ込んでくる。オーバースピードに見えるが、車体は安定している。
『ギャギャギャギャッ!!』
四輪すべてのタイヤがスキール音を上げながら、GT-Rは物理法則を無視するようなコーナリング速度で旋回していく。
(そんな……あの重さで、どうして曲がるの!?)
美羽は必死に食らいつくが、アウト側に膨らみそうになるのを抑えるのが精一杯だ。
短いストレート。GT-Rのブースト圧が最大になる。
『シュゴォォォーーッ!』
吸気音が響き渡り、GT-RがRX-7の前に出た。
圧倒的なパワー差。為す術もなく、赤いセブンは青い巨体の後ろに追いやられた。
「……くっ!」
美羽は唇を噛んだ。視界が青いテールランプに遮られる。
これが「蒼い幻影」の実力。スペックの差を見せつけられた瞬間だった。
だが、美羽の心は折れていなかった。
(整備士が、マシンのせいにしたら終わりよ)
彼女は冷静さを取り戻し、前を行くGT-Rの挙動を観察し始めた。
黒木の走りは完璧に見えた。無駄のないライン取り、正確無比なブレーキング。
しかし、美羽の目は見逃さなかった。
きついコーナーの入り口で、GT-Rのブレーキランプが一瞬長く点灯していることを。そして、出口でリアがわずかに沈み込みすぎていることを。
(……重さだ)
1.6トン近い車重は、確実にタイヤとブレーキを痛めつけている。特にフロントタイヤへの負担は甚大のはずだ。
(後半のテクニカルセクション。そこで必ずタレてくる!)
コースは中盤、リズムが取りにくい複合コーナーが続くセクションへ。
黒木はパワーに物を言わせて強引にねじ伏せていくが、美羽はマシンの軽さを活かし、リズミカルにコーナーをクリアしていく。
離されない。
GT-Rのテールランプが、一定の距離を保ったまま揺れている。
そして、運命の終盤戦。秋名名物、低速ヘアピンが連続するセクションがやってきた。
「ここからが、セブンの領域!」
美羽はギアを2速に固定し、戦闘モードを切り替えた。グリップ走行から、ドリフト走行へ。
最初の右ヘアピン。
美羽は進入でフェイントをかけた。一瞬左にステアリングを切り、すぐに右へ切り返す。
同時にブレーキング。急激な荷重移動によって、RX-7のリアタイヤがブレイクする。
『キキィィィィィーーーッ!』
甲高いスキール音と共に、セブンの車体が斜め横を向く。慣性ドリフトだ。
美羽はステアリングを逆に切るカウンターステアを当てるが、その量は最小限だ。いわゆる「ゼロカウンター」。
マシンのスライド角(アングル)を、アクセルワークだけでコントロールする高度な技術。
「いけぇっ、セブン!」
アクセルを深く踏み込む。
『バァァァァァァン!!』
カーボンLSDがガッチリと噛み合い、リアタイヤが白煙を上げながら路面を掻く。
RX-7は美しい孤を描きながら、ガードレールギリギリをかすめてヘアピンをクリアした。
前のGT-Rもドリフトで対抗する。AWDを活かした豪快な四輪スライドだ。
『ズズズズズッ!』
重たい車体をパワーで無理やり横に向けている音がする。迫力は満点だが、美羽の目には、その動きがわずかに鈍重に見えた。
(やっぱり、フロントが逃げ始めてる!)
黒木はアンダーステアを消すために、アクセルを多めに開けてリアを流しているのだ。それはタイヤを酷使する走り方だ。
距離が縮まる。
次の左ヘアピン。さらにその次の右。
美羽はコーナーごとに、GT-Rのインサイドを虎視眈々と狙う。
黒木のラインが、タイヤの熱ダレによって少しずつアウトに膨らみ始めている。
そして、勝負所となる、最もきつい複合ヘアピンカーブ。
入り口が広く、出口が狭い、いやらしいコーナーだ。
黒木のGT-Rがブレーキングを開始する。テールランプが赤く染まる。
その瞬間、リアがわずかにブレた。ABS(アンチロック・ブレーキ・システム)が介入した挙動だ。
「もらった!」
美羽は黒木よりもワンテンポ遅らせてブレーキを踏んだ。
『ガツゥゥゥン!』
限界ギリギリのハードブレーキング。タイヤがロック寸前で悲鳴を上げる。
美羽はステアリングを一気にイン側へ切り込んだ。
RX-7は、GT-Rがまだ向きを変えきれていないイン側の懐へと、鋭いナイフのように突き刺さっていく。
黒木が気づく。
しかし、もう遅い。GT-Rはアウト側に膨らんでおり、インを閉めることができない。
美羽はアクセルを床まで踏み抜いた。
『パァァァーーーンッ!!』
マフラーからアフターファイヤの火柱が上がり、ロータリーエンジンが本日一番の咆哮を上げる。
RX-7のボンネットが、GT-Rのドアミラーの横をすり抜ける。
並んだ。
二台のマシンは、ほとんど接触せんばかりの距離で、ドリフト状態のままコーナーの出口へ向かう。
アウト側の黒木はパワーで押し切ろうとするが、ラインが苦しい。
イン側の美羽は、最短距離を立ち上がっていく。
「前に……出るッ!」
美羽は渾身の力でステアリングを抑え込み、トラクションをかけた。
RX-7が弾かれたように加速する。
コーナー出口。
赤いRX-7が、青いGT-Rの前に躍り出た。
サイドミラーの中で、GT-Rのヘッドライトが悔しげに揺れたのが見えた。
抜き返した。
「はぁっ、はぁっ……!」
美羽の呼吸が荒い。心臓が早鐘を打っている。
全身の毛穴が開いたような、極限の興奮状態。
だが、まだ終わりではない。
ゴールまでは、まだ距離がある。
バックミラーを見る。
GT-Rは離れていない。それどころか、怒り狂った猛獣のように、さらに激しいプレッシャーをかけて迫ってくる。
『ドォォォォォォン!』
RB26の音が、すぐ背後で聞こえる。
(なんてしつこい……!)
一度抜かれたことで、黒木の闘争本能に完全に火がついたようだ。
美羽はステアリングを握り直した。掌の汗がすごい。
ここからは、追われる者の恐怖との戦いだ。
一つのミスも許されない。コンマ一秒の判断遅れが、命取りになる。
「いいわよ、黒木……。最後まで、付き合ってあげる!」
美羽はアクセルを緩めない。
秋名の闇を切り裂き、二台の光の矢は、ゴールへ向かって狂ったように加速していった。
(第9章 完)
『バァァァァァァン!!』
RX-7のロータリーサウンドが突き抜けるような高音を奏でる。
『グォォォォォォン!!』
一瞬遅れて、GT-RのRB26が腹の底に響く重低音で空気を震わせる。
美羽はクラッチを繋いだ瞬間、全身の神経を左足と右足の親指に集中させた。
(ホイールスピンさせない……ギリギリのトラクション!)
『キュキュッ!』
リアタイヤがわずかに鳴き、RX-7が弾かれたように飛び出す。軽量ボディの利点を活かした、完璧なロケットスタートだ。
だが、バックミラーに映る光景に、美羽は息を呑んだ。
離れない。
それどころか、GT-Rの蒼白いHIDヘッドライトが、みるみるうちに大きくなってくる。
「嘘でしょ……あの巨体で!」
GT-RのアテーサE-TS(電子制御トルクスプリット四輪駆動システム)が、強大なパワーを四本のタイヤに最適配分し、アスファルトを鷲掴みにしているのだ。まるで後ろから巨大な手で押されているかのような、暴力的な加速。
最初の右コーナーが迫る。
美羽はブレーキングポイントをギリギリまで遅らせた。
「ここっ!」
『ドンッ!』
ブレーキペダルを床まで踏み抜く。強力なGが美羽の体をシートベルトに食い込ませる。ヒール・アンド・トウで回転を合わせ、3速から2速へ。
『フォォン!』
ブリッピングの音が山肌に反響する。
ステアリングを切り込む。ノーズがスッとインを向く。完璧な回頭性。これがFRの、セブンの武器だ。
クリッピングポイントを舐めるように通過し、アクセルを全開にする。
しかし、立ち上がりでGT-Rが並びかけてきた。
『ドロロロロロォォッ!』
RB26のツインターボが唸りを上げ、RX-7のサイドミラーに青いボディが映り込む。
(速い! 立ち上がりのトラクションが違いすぎる!)
美羽はイン側のラインを死守する。並走状態で次の左コーナーへ。ここはインとアウトが入れ替わる。
美羽がアウト側、黒木がイン側。
黒木が勝負を仕掛けてきた。
GT-Rがイン側の縁石を跨ぐようにして突っ込んでくる。オーバースピードに見えるが、車体は安定している。
『ギャギャギャギャッ!!』
四輪すべてのタイヤがスキール音を上げながら、GT-Rは物理法則を無視するようなコーナリング速度で旋回していく。
(そんな……あの重さで、どうして曲がるの!?)
美羽は必死に食らいつくが、アウト側に膨らみそうになるのを抑えるのが精一杯だ。
短いストレート。GT-Rのブースト圧が最大になる。
『シュゴォォォーーッ!』
吸気音が響き渡り、GT-RがRX-7の前に出た。
圧倒的なパワー差。為す術もなく、赤いセブンは青い巨体の後ろに追いやられた。
「……くっ!」
美羽は唇を噛んだ。視界が青いテールランプに遮られる。
これが「蒼い幻影」の実力。スペックの差を見せつけられた瞬間だった。
だが、美羽の心は折れていなかった。
(整備士が、マシンのせいにしたら終わりよ)
彼女は冷静さを取り戻し、前を行くGT-Rの挙動を観察し始めた。
黒木の走りは完璧に見えた。無駄のないライン取り、正確無比なブレーキング。
しかし、美羽の目は見逃さなかった。
きついコーナーの入り口で、GT-Rのブレーキランプが一瞬長く点灯していることを。そして、出口でリアがわずかに沈み込みすぎていることを。
(……重さだ)
1.6トン近い車重は、確実にタイヤとブレーキを痛めつけている。特にフロントタイヤへの負担は甚大のはずだ。
(後半のテクニカルセクション。そこで必ずタレてくる!)
コースは中盤、リズムが取りにくい複合コーナーが続くセクションへ。
黒木はパワーに物を言わせて強引にねじ伏せていくが、美羽はマシンの軽さを活かし、リズミカルにコーナーをクリアしていく。
離されない。
GT-Rのテールランプが、一定の距離を保ったまま揺れている。
そして、運命の終盤戦。秋名名物、低速ヘアピンが連続するセクションがやってきた。
「ここからが、セブンの領域!」
美羽はギアを2速に固定し、戦闘モードを切り替えた。グリップ走行から、ドリフト走行へ。
最初の右ヘアピン。
美羽は進入でフェイントをかけた。一瞬左にステアリングを切り、すぐに右へ切り返す。
同時にブレーキング。急激な荷重移動によって、RX-7のリアタイヤがブレイクする。
『キキィィィィィーーーッ!』
甲高いスキール音と共に、セブンの車体が斜め横を向く。慣性ドリフトだ。
美羽はステアリングを逆に切るカウンターステアを当てるが、その量は最小限だ。いわゆる「ゼロカウンター」。
マシンのスライド角(アングル)を、アクセルワークだけでコントロールする高度な技術。
「いけぇっ、セブン!」
アクセルを深く踏み込む。
『バァァァァァァン!!』
カーボンLSDがガッチリと噛み合い、リアタイヤが白煙を上げながら路面を掻く。
RX-7は美しい孤を描きながら、ガードレールギリギリをかすめてヘアピンをクリアした。
前のGT-Rもドリフトで対抗する。AWDを活かした豪快な四輪スライドだ。
『ズズズズズッ!』
重たい車体をパワーで無理やり横に向けている音がする。迫力は満点だが、美羽の目には、その動きがわずかに鈍重に見えた。
(やっぱり、フロントが逃げ始めてる!)
黒木はアンダーステアを消すために、アクセルを多めに開けてリアを流しているのだ。それはタイヤを酷使する走り方だ。
距離が縮まる。
次の左ヘアピン。さらにその次の右。
美羽はコーナーごとに、GT-Rのインサイドを虎視眈々と狙う。
黒木のラインが、タイヤの熱ダレによって少しずつアウトに膨らみ始めている。
そして、勝負所となる、最もきつい複合ヘアピンカーブ。
入り口が広く、出口が狭い、いやらしいコーナーだ。
黒木のGT-Rがブレーキングを開始する。テールランプが赤く染まる。
その瞬間、リアがわずかにブレた。ABS(アンチロック・ブレーキ・システム)が介入した挙動だ。
「もらった!」
美羽は黒木よりもワンテンポ遅らせてブレーキを踏んだ。
『ガツゥゥゥン!』
限界ギリギリのハードブレーキング。タイヤがロック寸前で悲鳴を上げる。
美羽はステアリングを一気にイン側へ切り込んだ。
RX-7は、GT-Rがまだ向きを変えきれていないイン側の懐へと、鋭いナイフのように突き刺さっていく。
黒木が気づく。
しかし、もう遅い。GT-Rはアウト側に膨らんでおり、インを閉めることができない。
美羽はアクセルを床まで踏み抜いた。
『パァァァーーーンッ!!』
マフラーからアフターファイヤの火柱が上がり、ロータリーエンジンが本日一番の咆哮を上げる。
RX-7のボンネットが、GT-Rのドアミラーの横をすり抜ける。
並んだ。
二台のマシンは、ほとんど接触せんばかりの距離で、ドリフト状態のままコーナーの出口へ向かう。
アウト側の黒木はパワーで押し切ろうとするが、ラインが苦しい。
イン側の美羽は、最短距離を立ち上がっていく。
「前に……出るッ!」
美羽は渾身の力でステアリングを抑え込み、トラクションをかけた。
RX-7が弾かれたように加速する。
コーナー出口。
赤いRX-7が、青いGT-Rの前に躍り出た。
サイドミラーの中で、GT-Rのヘッドライトが悔しげに揺れたのが見えた。
抜き返した。
「はぁっ、はぁっ……!」
美羽の呼吸が荒い。心臓が早鐘を打っている。
全身の毛穴が開いたような、極限の興奮状態。
だが、まだ終わりではない。
ゴールまでは、まだ距離がある。
バックミラーを見る。
GT-Rは離れていない。それどころか、怒り狂った猛獣のように、さらに激しいプレッシャーをかけて迫ってくる。
『ドォォォォォォン!』
RB26の音が、すぐ背後で聞こえる。
(なんてしつこい……!)
一度抜かれたことで、黒木の闘争本能に完全に火がついたようだ。
美羽はステアリングを握り直した。掌の汗がすごい。
ここからは、追われる者の恐怖との戦いだ。
一つのミスも許されない。コンマ一秒の判断遅れが、命取りになる。
「いいわよ、黒木……。最後まで、付き合ってあげる!」
美羽はアクセルを緩めない。
秋名の闇を切り裂き、二台の光の矢は、ゴールへ向かって狂ったように加速していった。
(第9章 完)
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