転生兄が妹の王子を奪っちゃった件

ちなみ

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    八
 
 
 王宮の外壁が見えた瞬間、空気が変わった。
 高く、白く、どこまでも無機質な石の壁。
 あの中に足を踏み入れた途端、俺たちは「戻ってきた者」じゃなく、 「裁かれる者」になる。
 ペルフェは俺の腕の中で、浅い呼吸を繰り返していた。さっきより明らかに苦しそうだ。
「……大丈夫か」
「……はい……まだ……」
 その“まだ”が、逆に不安を煽る。
 門前にはすでに数人の衛兵が立っていた。槍の穂先がわずかに揺れ、こちらを測るような視線が集まる。
「止まれ。何用だ」
 低い声に、俺は足を止めた。
「医療だ。こいつが倒れた」
 簡潔に告げると、衛兵の一人がペルフェの顔を覗き込む。
 その瞬間、表情が変わったのを、俺は見逃さなかった。
「……?」
 もう一人も訝しげに眉を寄せる。
「名を名乗れ」
 ペルフェが、わずかに身じろぎした。
 俺は、その前に一歩出る。
「名乗れる状態じゃない。見ての通りだ」
「規則だ」
 そう言われて、ペルフェが小さく息を吸う。
「……大丈夫です」
 そう言って、俺の腕から降りようとした瞬間、足に力が入らず、よろけた。
「ペルフェ!」
 支えた拍子に、彼の額が俺の胸に当たる。
 衛兵の視線が、一斉に集まった。
「……急げ。医務院を呼べ」
 迷いの混じった声だった。
 別の衛兵が、奥へ駆け出していく。
「身分証は?」
「ない」
 即答した。
 それが、どんな意味を持つか分かっていても、嘘はつけなかった。
「ただの市民だ。だが、今はそれどころじゃない」
 衛兵は一瞬、俺とペルフェを見比べる。
 視線が彼の顔に戻った瞬間、また微妙に揺れた。
「……中へ」
 低く告げられたその一言に、俺は内心で息を吐いた。
 門が開く。
 軋む音とともに、王宮の内側が現れた。
 踏み込んだ瞬間、石畳の冷たさが靴越しに伝わってくる。外よりも、空気がひんやりしていた。
 戻ってきた。そう思っただけで、胃の奥が重くなる。
 中庭を抜ける途中、ペルフェの呼吸がさらに浅くなった。
「……おにいさん」
「いる」
 短く答えて、腕に力を込める。
「……もし、僕が……」
「言うな」
 途中で遮る。
「今は、喋るな」
 ペルフェは、わずかに目を細めて、言葉を飲み込んだ。
 やがて、白衣の医師と数人の侍女が駆け寄ってくる。
「どうされました?」
「倒れた。意識が途切れかけてる」
 簡潔に言うと、医師はすぐにペルフェの脈を取り、額に手を当てた。
「……医務院へ。担架を」
 指示が飛ぶ。
 俺はそのままペルフェを渡そうとしたが、彼の指が、俺の服を掴んだ。
「……離れないで……」
 掠れた声だった。
 胸の奥が、嫌な音を立てた。
「わかった」
 短く言って、俺は医師の後についていく。
 廊下は相変わらず長く静かだった。足音がやけに大きく響く。
 医務院の扉が開き、白い光の中へ運ばれていくペルフェを見ながら、俺はようやく現実を突きつけられた。
 ここは王宮だ。
 守る場所じゃない。
 取り戻す場所でもない。
 
 ——奪われる場所だ。

 寝台に横たえられたペルフェは、すぐに検査器具や魔法陣に囲まれた。医師たちが低い声でやり取りを始める。
「脈拍は……」
「魔力反応は……」
「外傷なし。だが――」
 俺は部屋の隅に立ったまま、黙ってそれを見ていた。
 やがて一人の医師がこちらに歩み寄る。
「付き添いの方ですね」
「ああ」
「患者との関係は?」
 一瞬、迷った。
 正確な答えは言えない。
「……保護者みたいなもんだ」
 医師は少しだけ困った顔をしたが、それ以上は追及しなかった。
「症状はいつからですか」
「昔から時々。だが、今日は明らかにおかしい」
 医師は頷き、ペルフェの方を見た。
「……自然な病ではない可能性があります」
 その言葉に、背中が冷える。
「原因は?」
「まだ断定できません。ただ――」
 医師は言葉を選ぶように、少し間を置いた。
「浄化魔法への反応が、通常と違います」
「……効かないのか」
「簡易浄化では、改善が見られませんでした」
 簡易浄化。
 軽度の毒や呪いなら、その場で消せる処置だ。
 それが効かない、ということは。
「……重い、ってことか」
「可能性は高いです」
 医師は、視線を伏せた。
「詳しい検査と、高位の聖職者による診断が必要です」
 つまり、時間がかかる。
 俺はベッドの横へ近づき、ペルフェの顔を見る。
 眠っているのに、眉間に薄く皺が寄っていた。
「……すぐ、やってくれ」
「手配します。ただ――」
 医師はわずかに言い淀んだ。
「王宮での高度治療には、正式な許可が必要になります」
 その一言で状況がはっきりした。
 ここは病院じゃない。
 王宮だ。
 治療一つにも、政治が絡む。
「許可は誰が出す」
「……大臣府を通すことになります」
 その言葉に俺は無意識に拳を握っていた。
 ――来たか。
 ペルフェが、わずかに身じろぎする。
「おにいさん……」
 名前を呼ばれて俺はすぐに視線を戻した。
「いる」
 彼は薄く目を開けて俺を見る。
「……ここ、王宮……ですよね……」
「ああ」
「……すみません」
 またそれだ。
「謝るな」
 少し強く言ってしまったが、ペルフェは困ったように笑った。
「……迷惑、ですよね……」
「違う」
 即座に言う。
「迷惑ならここまで来ねえ」
 ペルフェは、その言葉に、ほんの少しだけ安心したように目を細めた。
 その直後だった。
 扉の外がざわついた。
 複数の足音と低い声。
 そして明らかに“場の空気を支配する”気配。
 医師がはっとして姿勢を正す。
「……大臣閣下」
 そう呼ばれて、俺は嫌な予感と一緒に振り向いた。
 扉の向こうに立っていたのは年配の男だった。
 上質な衣服、落ち着いた所作、そして――冷たい目。
 その視線が俺を飛び越えてまっすぐペルフェに向けられる。
 ほんの一瞬。
 だが確実に見定めるような目だった。
 あれがルシアンの言っていた人物。
「……殿下」
 小さく、はっきりとした声。
 ペルフェの肩が、わずかに強張る。
 俺の胸の奥で、何かが音を立てて崩れた。
 ――もう、逃げ場はない。
 大臣はゆっくりと歩み寄り、ペルフェの寝台の傍に立つ。
「お久しぶりです、第二王子殿下」
 静かな声だったが、その一言でこの部屋の空気は完全に変わった。
 医師たちが息を呑む。
 ペルフェはしばらく黙っていたがやがて視線を上げた。
「……お久しぶりです」
 その声音には王族らしい威厳も反発もなかった。
 ただ、淡々としていた。
 大臣は満足そうに頷く。
「ずいぶん長く、外で自由に過ごされていたようですね」
「……治療の話なら、医師としてください」
 ペルフェの声は少しだけ冷えていた。
 大臣はその返答に微笑んだ。
「もちろん。そのために来ました」
 そう言いながら、俺に視線を向ける。
「――あなたは?」
「付き添いだ」
「付き添い、ですか」
 大臣は、ゆっくりと俺を観察するように見た。
「殿下の身元を預かる者としては、ずいぶん……身軽な装いですね」
 嫌味にも忠告にも取れる言い方だった。
 俺は肩をすくめる。
「身軽じゃなきゃ抱えて走れねえ」
 一瞬、医師が息を詰める音がした。
 だが大臣は気分を害した様子もなくふっと笑った。
「……なるほど」
 それから医師に向き直る。
「診断は?」
「原因不明の衰弱です。簡易浄化が効かず、高位聖職者の診断が必要かと」
「そうですか」
 大臣は顎に手を当てる。
「しかし、聖職者の手配には時間がかかります。今は王宮内も忙しくてね」
 その言葉に俺は思わず口を挟みかけた。
「時間が――」
 だがペルフェが俺の袖をそっと引いた。
 視線を落とすと彼は小さく首を振っていた。
 言うな、という合図。
 俺は歯を噛みしめる。
 大臣はそのやり取りを見逃さなかった。
「ご安心ください。殿下のことは、我々が責任を持ってお預かりします」
 その言葉は優しい形をしていたが、意味は一つだった。
 ――ここから先は、外部の人間の領分じゃない。
 大臣は俺に視線を戻す。
「あなたも、長旅でお疲れでしょう。今日はお引き取りを」
 その声は命令ではなかった。
 だが、拒否できる種類のものでもなかった。
 俺は即答できなかった。
 その間にペルフェ、小さく言った。
「……アレンは、僕の――」
「殿下」
 大臣が、静かに遮る。
「ご療養中です。無理はなさらぬよう」
 その口調は丁寧だったが、圧は明確だった。
 俺は拳を握る。
 ここで抵抗すれば即拘束されてもおかしくない。
 だが、引けばペルフェは――
 視線を落とすと、彼がこちらを見ていた。
 不安と、申し訳なさと、そして――信頼。
 その全部が混ざった目だった。
 俺は息を吸う。
「……離れない」
 低く言うと、部屋の空気が一瞬、止まった。
 大臣の目が、わずかに細まる。
「それは、命令違反になりますが」
「それでもだ」
 即答だった。
 ペルフェの指が俺の服をきゅっと掴む。
「……おにいさん……」
「静かにしてろ」
 そう言ってから視線だけで伝える。
 ――大丈夫だ。
 大臣はしばらく俺を見つめていたが、やがてふっと息を吐いた。
「……いいでしょう。今夜だけです」
 その言い方が逆に不気味だった。
「ただし、殿下の治療に支障が出る行動は一切許されません」
「最初から、そのつもりだ」
 大臣はそれ以上何も言わず踵を返した。
 扉が閉まる。
 その音がやけに大きく響いた。
 医師たちがようやく息を吐く。
「……危なかったですね」
 誰かが小声で言った。
 俺はベッドの横に戻りペルフェの顔を見る。
「……すみません」
 また、その言葉だった。
「だから、謝るな」
 低く言って、額に手を当てる。
「ここに来るって決めたのは、俺だ」
 ペルフェは、少しだけ目を見開いて、それから、困ったように笑った。
「……ありがとう、ございます」
「礼もいらねえ」
 そう言いながら胸の奥では別の感情が渦巻いていた。
 ――あいつは、敵だ。
 理由はまだ分からない。
 証拠もない。
 だが、直感がはっきりそう告げていた。
 あの大臣は、
 ペルフェを“治す側”の人間じゃない。
 ――“管理する側”だ。
 そして俺はもう一度覚悟を固める。
 ここから先は、
 引き返せない。
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