予言少年の探偵事件簿

ちなみ

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 コロッケの匂いと人々の喧騒。ここは中北商店街である。
 ついに、来てしまった。
「今日の十五時二十七分です」
「わかったって」
 久遠は真顔で言う。春川は苦笑して久遠の頭を撫でてやった。ちょっとうざかったから。
 さて。こうして商店街に来たわけだが、何も変わったところはない。普通に賑わっている商店街だ。
 誰かが死ぬような状況には思えない。
「もしかしてもう未来改変した?」
「まだですよ」
「そっか」
 まだらしい。
 一般的に不審な状況とはなんだろう。今こうして見知らぬ少年と商店街を歩いていることだろうか。
「おい、離せよ!」
 変なことを考えていれば遠くの方から揉める声が聞こえてくる。
「俺はやっちゃいない!」
「嘘つけ!」
 おじさんが少年を怒鳴りつけその隣では店員が困った顔をしている。揉め事だろうか。春川はきっとこれがなにかの鍵になると確信を持って近づく。
「近いです」
 久遠はどこか遠くを見て言った。現場が近いのだ。
 まさか逆上した少年がおじさんを殺すのか。それともおじさんがそのまま少年を殺すのか。
 春川は拳を握りしめて近づく。緊張の瞬間だった。
 もし逆上されたら嫌だな。同じく野次馬に来た周囲の最後尾に立った時、久遠は言うのだ。
「……あの人が死ぬ予定でした」
「どの人?」
「いちばん幼い方です」
 つまり、少年が死ぬ予定だった、と。
「どうして……」
 小学生真ん中辺りだろうか、まだあんなに幼いのに、誰かに殺意を向けられるなんて惨い。
「転倒して頭をぶつけます」
「殺人鬼とかは」
「いません」
 いなかったらしい。
 色々言いたいことはあるがまずは少年が悪意に晒されていなくてよかったと安堵するべきか。それとも転倒事故という呆気なさに嘆くべきか。
「えっと、防げたの?」
「はい。貴女が野次馬に参加したから」
「なんか、あっさりと未来って変わるね」
 じゃあもう大丈夫なのか。ほっと一息つこうとした所で久遠の鋭い言葉が飛んでくる。
「まだです」
 少年の様子がおかしい。怯えた表情で涙を目に貯めている。大人に怒られたのが堪えたのかと言えばそれも違う。
 逃げようとしている。
 春川は直感的にそう思った。大人に怒られキャパオーバーになった感情は涙として溢れついに逃避行動に出ようとしているのだ。
 可哀想。そもそも少年はなにか悪いことでもしたのか。
「万引きですって」
「やぁねえ」
 野次馬のマダムたちの会話が耳に入る。なるほど万引き。でもそれにしては少年の怯えようが異様だ。
「あっ」
 痺れを切らしたおじさんがついに少年の手首を掴んだ。店員は何をしてるんだ。困った顔をしてないで止めろ!
 春川は子供が好きだ。子供は守られるべきだと考えている。だからこそおじさんのその行動は見過ごせなかった。
「ちょっと、やりすぎじゃないですか」
 今度は春川がおじさんの手首を掴む。腕毛がふわふわしてちょっと嫌だった。
「なにするんだ!」
「それはこっちのセリフです! この子泣きそうじゃないですか」
「泣けばいいってもんじゃない!」
 埒が明かない。
 少年が後ずさる。彼の後ろには自転車とレンガブロックなど危なそうなものが多々ある。このままだと少年が危ない。
 その時、おじさんの頭部に鳥のフンが落っこちて、驚いたおじさんが少年の手を離した。丁度少年が逃げようと抵抗していた時だった。
「危ない!」
 春川が咄嗟に少年を抱き寄せる。春川も転けそうになるがうまく尻もちをついて回避した。偶然だった。
 心臓がバクバクとうるさい。
「し、死ぬかと思った……」
「お姉さん?」
 周囲から見ればただ少年を抱きしめた変態。少年も困惑しているし次は私に目線が集まっている。
「!」
 た、助けただけなのに!
「うしろ、自転車あって危なかったから……」
 誰に言い訳をしているのか春川は呟いた。
 それに少年も自転車の存在に気づいて、そして春川を見て、じわ、と涙が溢れてこぼれた。
「わ、わあああん」
 泣いてしまった。
「ぼ、ぼく、まんびきっひぐ、して、してな」
 今度はおじさんに目線が集中する。
「それは本当?」
「うん゛!」
 春川もついおじさんをジト目で見てしまいおじさんはたじろぐ。
  店員がハッとしたように顔を上げる。
「ちょ、ちょっとお待ちください……!」
 そう言い残して、慌てて店の奥へと引っ込んでいった。
 数秒が、妙に長い。
 少年は春川の服の裾を握ったまま、小さく鼻を啜っている。周囲の視線はまだ刺さるように痛くて、春川はなんとなく少年の前に立って庇う形になった。
 やがて、店員が戻ってくる。
「……レジ、確認しました。万引き、されてませんでした」
「え?」
「商品の数、合ってます。こちらの勘違いです……申し訳ありません」
 その場の空気が、ふっと緩んだ。
 おじさんが言葉を失い、周囲の野次馬たちもざわりとざわめく。
 少年はぽかんと目を瞬かせて、それから、ぎゅっと目を閉じた。
「ぼく、ぼく、ぅわあああん!」
 安堵からか、少年はまた泣き出してしまった。
 おじさんは信じられないと言った顔で周囲を見渡したあと「紛らわしい行動するからだ!」と吐き捨てて逃げていった。
 ……。
「落ち着いた?」
「う、うん゛……」
 少年は暫く泣いていた。わんわん泣いて目を真っ赤にしながらだから僕やってないって、とおじさんに文句を言い続けていた。これには春川も苦笑ものである。
「変わりました」
 久遠が春川の隣に立つ。少年はポカンと久遠を見上げている。
「そっ、か……」
 変えられたんだ。防げたんだ、この子が死ぬ未来を変えられたんだ。
「ちい!」
 その後すぐに少年の親御さんが迎えに来てくれて、ちいと呼ばれた少年は引き取られて行った。
 そして久遠と春川は帰路についていた。
「……」
 二人の間に会話はなかった。
 久遠が目をぎゅっと瞑りぱちぱち瞬きする。
「……目痒いの?」
「はい」
「家帰ったら目薬しよっか」
「ありがとうございます」
「いいえ」
 夕方の赤オレンジが二人を照らす。
 春川は久遠の手を握り歩いていた。
 これから一体どうなるのか。それは春川には分からないし知らない。けれどまずは。
「おうちに帰ろう」
「……うん」
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