第四の生命体#3 戦慄

岬 実

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Day46-② 日常の一部の戦

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  留美ルビー達が外出した後、美子ビーこは台所で牛刀の研ぎ方を始めていた。
  包丁の刃を目を近付けて「う~ん……」と唸りつつ凝視すると、包丁と砥石を水で濡らし、石に刃を宛がって、ゆっくりと滑らす。
  西日が差し始めた室内に、「シューッ……、シューッ……」と刃を研ぐ音が響く。
  両面を一通り研ぎ、また刀身に目を通し、再び研ぐ。

「ん…………!」

 ふと、美子ビーこは包丁を研ぐ手を止めて、耳を澄ました。
 「カラカラカラ……」と静かに玄関の戸を開ける音がして、「ミシ、キシ……。キシ、ミシ……」と床が軋む小さな音。

「敵か……。足音は2種類……?」

 美子ビーこはイソイソと包丁の水気を拭き取ると、代わりに刀身に洗剤を塗りたくり、ボトルをテーブルに置く。

「さぁ~、来いっ……!」

 美子ビーこが身構えるとドアノブが音も無く回り、次の瞬間、勢い良く開き、二つの人影が雪崩込んで来た。

「それ!」

 美子ビーこは手近に有った砥石を反射的に敵の顔に投げ付けつつ飛び掛かり、砥石が当たって怯んだその者の腹に牛刀を突き立てる。それだけでは済まさず更にアッパーの要領で突き上げて、包丁を持った腕を肩まで敵の体内に食い込ませ、素早く腕を抜き取ると距離を離した。
 そこで初めて、美子ビーこは敵の姿の全貌を見た。

「これって……!?」

 敵は鬼の形相と血色の悪い肌をした一組の男女。女の方は頭の半分が、男の方は胴体が、綺麗な曲線を描いて欠損している。尚、今刺したのは女の方である。

「『断切亡者たちきりもうじゃ』……? なら『絵美エーみ』姉ちゃんと『志郎シーろう』が来るのは当然か。本人か偽物かはどうでも良いけど、さぁ~――」

 美子ビーこはもう片方の手に銀色のフライパンを持つと、スタンディングスタートの様に腰を低くした。

「ーー武器と達人だらけの村に襲撃とは良い度胸してんじゃん!」

 叫ぶのを合図に絵美エーみに牛刀を投げ付ける。絵美エーみはそれを身を捩って回避したものの、それを読んでいた美子ビーこにフライパンで頭をフルスイングされて体勢を崩した所に蹴りを受け、床に転がった。
 その間に志郎シーろう美子ビーこの背後に回って掴み掛かろうとするが、美子ビーこは冷蔵庫のドアを開けて防御。志郎シーろうの指が何本か変な方向に曲がった。
 続いて絵美エーみの拳打をテーブルに寝そべる事で避けると、冷蔵庫のドアを足蹴にして彼女の頭を圧迫。それをしながら志郎シーろうの顔に向かって先程の洗剤のボトルを握り潰す。それによって吹き出た洗剤を目潰しとし、二人がもがいている隙に包丁を拾って台所を後にする。
 隣の部屋は居間。隅の仏壇には絵美エーみ志郎シーろうの遺影も飾られている。

「話の通りなら……、断切亡者たちきりもうじゃは線香を焚くだけでも弱体化する筈!」

 言いながら未開封の線香を手に取り、封を切らずに線香立てに突き立て、火の点いている蝋燭で着火しようとする。
 そこへ、断切亡者たちきりもうじゃ達が追って来た。

「ぅんもう! 火ぃ点けるまで待ってりゃ良いのに!」

 やむを得ず蝋燭を線香立ての上に放り出し、断切亡者たちきりもうじゃ達に応戦する。

「まあ良いや! 噂なんてアテになんないし!」

 絵美エーみ美子ビーこの肩を掴んで欠けた頭を振りかぶって、首筋に噛み付こうとする。

「おっと!」

 反射的にフライパンを盾にして噛み付きは防いだが、その怪力に押されて片膝を突く格好になった。

「うぐぐ! この、何てパワー!」

 美子ビーこ絵美エーみの体をメッタ刺しにして反撃するが、さして効いている様子が無い。
 油断無く志郎シーろうの方に目をやると、サッカーの要領での蹴りを放とうとしている所だった。

「あぶな!」

 その蹴りをフライパンでガードする事は出来たが、美子ビーこの体は宙を舞い、背中から障子戸に命中。ガラスが割れる音、格子が折れる音、紙が破れる音が盛大に響いた。

「い~っ、たた~っ……」

 痛みに悶える美子ビーこに追撃するべく、断切亡者たちきりもうじゃ達は迫る。
 が、その時、線香立てから火が上がり、次の瞬間には線香の煙が立ち昇って室内を瞬く間に満たした。その途端、断切亡者たちきりもうじゃ達の動きが極端に鈍り始めた。

「あ、ラッキー!」

 これを好機と見て、美子ビーこは立ち上がるのもそこそこに地を這う様に距離を詰め、手前に居た志郎シーろうの片足のアキレス腱を切断。志郎シーろうが転ぶのも待たずして牛刀を咥え、絵美エーみの下顎と頭頂部を掴む。

「イオちゃん直伝、首回し!!」

 技を宣告する、上を向かせる、真後ろに捻る、をほぼ同時に行い、絵美エーみの頚椎が砕ける音を響かせた。
 その絵美エーみを蹴って間合いを離すと、次は立てずに這って進む志郎シーろうに向き直り、頬が膨らむ程に口の中を舐め回す予備動作をする。

「アンタには……! イオちゃん直伝、ハイパーアシッディティー!!」

 イオタ同様に塩酸を吐き掛け、それを受けた志郎シーろうの頭部は見る見る内に崩れ、頭皮が剥がれ、頭蓋骨に穴が開き、そして志郎シーろうは伏して動かなくなり、黒い炎の様な物に包まれて消えた。
 と、不意に掃き出し窓の外に銛を持ったいわおが現れ、美子ビーこに声を掛けた。

「オイ美子ビーこ、戦ってるのか!? ……って、後ろ!」
「え!? あっ!」

 美子ビーこが振り向くと、絵美エーみはまだ辛うじて生きており、フラフラした足取りで美子ビーこに歩み寄って来ていた。

「ああああ! しぶといッ!」
「窓を開けろ! 突き殺してやる!」
「お願い!」

 美子ビーこは提案通りに掃き出し窓を開け、弱っている絵美エーみの殴りを悠々と避けて背後に回ると、突き飛ばして屋外に追放。
 いわおは逆手に持った銛を、地に転がった絵美エーみの頭に振り下ろす。その一撃で絵美エーみの頭は粉々に砕け散り、残された首から下も黒く揺らめく何かに包まれ、やがて消えた。

「死ね」
「ふ~、久し振りに戦った。あ、ちょっと脚が切れてる。障子のガラスでかぁ……」

 いわおの捨て台詞をよそに美子ビーこは、服の乱れや軽い怪我を気にしつつブツクサ呟き、尋ねた。

「……で? 何で急にこんなのが? 第四生物じゃないっぽいけど?」
「俺も分からん。気が付いたら怪物だらけさ」
「『だらけ』って……、村中?」
「そう。誰も彼もがバケモン狩りを楽しんでるよ。それより武器や『コイン』を確保して、留美ルビー達に会いに行ってやれ。学校と役場、医療研究所を拠点にする手筈になってる」
「そうする。駐在さんには?」
「もう言ってある」
「『大人しくしてろ』って?」
「そう。あの人が居ないと事後処理が出来ねーからな。アレの妻子は戦えないし」
「そうだった、あたしも連絡と通報を――」

 美子ビーこはスマホを取り出すが、画面を見て「うんっ?」と固まった。

「圏外……?」
「ええ? ……あれっ? さっきまで繋がってたのに!」

 二人のスマホの画面上部には「通信サービスはありません」と表示されていた。

「再起動しても駄目か!」

 いわおがスマホをいじっている最中、美子ビーこはテレビやラジオのスイッチを入れるが、テレビは「受信可能な番組がありません」の表示がされ、ラジオはノイズを発するばかり。

「こっちも! 電波障害が掛かってるみたい!」
「何かがおかしい。急ごう!」

 いわおが救急箱や多少の飲食物を掻き集めつつ急かす。

「分かってるってば!」

 対して美子ビーこは棚の中の手提金庫から、「村」と書かれた数枚のコイン全部をポケットに突っ込んだ。
 物資を集めた二人は戸締まり確認をして、いわおが路上に停めていた車に乗って走り去って行った。

 ーーーーー

 俺の名前は『畠山 留美はたけやま ルビー』、今年17歳。畠山家の第一子で、隣を歩くの男、イオタの一番弟子。4歳からの付き合いでの成り行きとは言え、何でこんな馬鹿野郎に師事しているのか心底後悔している……。まあ、勉強も武術も、その教え方も手取り足取り習ったし、子供の頃の呼び名の「にいやん」とは今でも内心呼んでるし、別に嫌いじゃないけどさあ……。
 今、ここ幼稚園兼小中学校に俺の弟覇有パールを迎えに来た所なんだけど……。
 迎えに来てる数人の父兄に紛れているのに、にいやんの姿を目ざとく見付けると、子供達は一斉ににいやんに駆け寄って来た。
 
「あ、イオタパパだ!」
「お父さんお帰り~!」
「とーちゃん、お疲れ!」

 等と口々に言いながらにいやんに群がって来た。しかも中等部の子達も一緒なんだから、慕われ具合は半端じゃない。あっ、子供の群れに地面に引き倒されて、もみくちゃにされてる。
 そんな中、仰向けになっているにいやんのハラに馬乗りになってる幼女がこう言った。

「ねぇねぇイオタパパ、お馬さんやって、お馬さん!」
「はいはいはい、今ヤッてあげますからね」

 にいやんは応じて、リズミカルに腰を突き上げる……。

「騎乗位は止めろ騎乗位はッ!」

 その女の子を引き離してにいやんの脇腹に蹴り入れてやる。ヤツは悶え苦しんでいるが、別にやり過ぎではあるまい。ついでに、

「正常位なら良いのか?」

 とか訊きやがるから、もう一撃くれてやった。
 後、『パパ』とか呼ばれてるけど、当然にいやんの子供ではない。つーか童貞の筈だし。
 ただ、呼ばれるにはそれなりの理由は有って、にいやんはここの子供の内では最年長と言う事もあって何年間も、俺を含めた子供達の面倒を一手に引き受けていたからだ。
 にいやんが世話をしたのは、大学行くまでの8年余りで約70人。最大では一度に22人の乳幼児の面倒を見ていたものである。にいやんが昼間の育児を引き受けてくれたお陰で、この町の御両親達は安心して働く事が出来たんだ。
 それはそうと、その内のやんちゃそうな男子児童、つまり俺の弟の覇有パールにいやんにこんなリクエストをした。

「兄ちゃんあれやって、あれ!」
「『あれ』?」
「チンコに100キロの重り付けてブラブラさせるヤツ!」
「おう分かった」

 おもむろにズボンを脱ぎ始めたもんだから、

「やるなやるなやるなッ!!」

 と注意してやったら、

「100キロの重りが喋んな」

 だと。
 俺はそんなに重くねぇッ!!
 と言いたいが、にいやんは冗談好きと言うのか、あー言えばこーゆータイプなので黙っておいた。覇有パールを筆頭に父兄までが、

『ギャハハハハ!』

 と大ウケしてるのに水を差す様でもあるし。
 ひとしきり笑った所で、にいやんは手をパンパンと叩いて皆を静めた後、続けた。

「言いたい事が有ったんだ。さっき口裂け女が出たから、一応皆は学校の中に入ってる様に」
「口裂け女って何ー?」

 女児の一人が手を挙げて訊くと、他の児童達も知らないらしく、口々に同じ質問をした。ので、にいやんは次の様に説明する。

「口裂け女ってのはな? 昔犬好きな女が居てな? 好き過ぎて犬になろうとして、手始めに口を耳まで裂く整形をしたんだ。で、良い事を広めるつもりで、他の人の口も切り裂いてやろうと」

 それに対して子供達は、

「えーコワーイ」
「キモーイ」
「メーワクー」
「へへへっ、そんな話だっけぇ?」

 等とヘラヘラしてるが、何でコイツ……、いっつも不必要な作り話を言うんだろう。この様子だと、どっかヨソでもホラ吹いてるな。
 自分でも渋い顔をしてると分かるが、急ににいやんは俺に問い掛けた。

「ところでさ、犬って可愛いよな?」
「……まあ」
「犬が可愛いのはくちが裂けてっからじゃないのかね」
「えっ……、えぇ……?」

 何の話だ、一体……。

「でさ、あの犬は可愛くないよな?」
「ん……?」

 にいやんが指差す方向を、俺を含めた一同が一斉に見る。
 そこは、校庭を仕切るフェンスの向こう側。

「何だアイツ?」

 誰かが呟いたがホントそれ。
 体格こそ大型犬の様だし、今時野良犬も珍しくもないが、犬にしては頭が縦に楕円と言うか、くちがあんま突き出てないと言うか、つーかあれは……。
 目を凝らしてよく見ると……、あの頭は人間の……。

「…………ッ!! 人面犬じゃんか!?」
「売れるかな!?」
「言ってる場合じゃねえ、皆校舎に逃げろ!!」

 ったくこの大馬鹿野郎はどこどこまでもふざけやがって……。今度は手近の子供を何人か抱えるのは良いが、

「頼んだぞ留美ルビー!」

 師匠が弟子を置いて逃げようとしてどうする!?

「お前がやらんかいッ!!」
「オメーもるんだよ!」
「あーはいはい、分かってますよ!」

 ったく、いつもの調子なのは安心すべきか頼りにならないのか……。
 にいやんは抱っこした子を中学生の子に預け、他の子供も父兄も先生方も特に騒ぐでもなく落ち着いて校舎に避難するのを警戒しながら見送っていると、人面犬はどこからか集まって来て校庭を取り囲んでいる。
 その内の一匹が、にいやんの身長の倍は高いフェンスをひょいと飛び越えて侵入して来た。開きっ放しだった校門に回り込もうとしてるヤツも居る。
 その数、およそ15匹。
 さて、未知の敵を相手に二人だけで凌ぎ切れるか……?
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