天使の住まう都から

星ノ雫

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二章

049 聖女の御勤め

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 今日、俺とラキちゃんとリンメイの三人は、この都の中心に位置するアルティナ大聖堂にやって来ていた。
 大聖堂の右側には天上人の住まうアルテリア宮殿があり、左側にはこの国の中枢を担う教皇庁がある。
 それらに囲まれた大きな広場は、人々の憩いの場となっているようだった。観光客や巡礼者も多くみられる。

 俺がこの世界にやってきてから暫く経つが、ここへ来るのは初めてだった。
 どうやら初めてだったのは俺だけでは無いようで、ラキちゃんとリンメイも呆気に取られていた。

「おっきな建物だねー」

「だねー」

「すげーなー」

 完全にお上りさんな状態の俺達は別に観光に来たわけじゃない。
 実はラキちゃんがラクス様に頼み事をされたため、今日は三人でやって来たのだ。

 とりあえず教皇庁の、商人など一般人が出入りする門の方へ向かって行く。
 受付で今日の訪問理由を伝えると、程なくして担当の神官がやって来た。

「聖女ラキシス様御一行でしょうか?」

「はい、私がラキシスです。本日は聖女としての御勤めを為すために参りました」

「この度は御足労いただき、誠にありがとうございます。――それでは本日の日程などを説明させて頂きますので、どうぞこちらへ」

 俺達は担当の神官に応接室へ案内され、そこで本日依頼される業務の説明を受ける。
 今日はラキちゃんは天使としてではなく、アルティナ神聖皇国に登録している一聖女として来ているので、事務的に話が進んで行く。
 聖女がする仕事といったら神聖魔法の行使だ。
 きっと以前ムジナ師匠の所へラクス様が来てくださったように、救いを求める信徒の元へ赴くのだろう。

 午前中は天上人との謁見で、午後からはる貴族令嬢の治療に当たる事となった。
 説明の後、俺達には専用の神官服が支給される。
 これは聖女一行として行動するために必須な事なので、ラキちゃんだけでなく俺とリンメイもフード付きの神官服に着替える。
 そして先日ラムリスの護衛がしていたような仮面も付ける。
 これらは全て、聖女の素性を探られないようにするためだ。

「リンメイお姉ちゃん変な声ー」

「あはは、ラキもだぞっ」

 なんと支給された仮面には、声色を変える魔道具としての機能が付いていた。

 準備が整った俺達は、まずは天上人の住まうアルテリア宮殿の方へ赴く事に。
 本日なぜ天上人に会うかというと、実はラムリスを慰めてあげて欲しいとラクス様に頼まれてしまったからだ。
 あの日ラムリスはラキちゃんと親しくなる事もできず、更にはラクス様の言いつけを破ったと教皇聖下に咎められてしまい、かなり落ち込んでしまったらしい。

 俺達は担当の神官に案内され、連絡通路を通って宮殿の方へ向かう。
 通路を渡ると担当の神官は戻って行き、今度は側仕えの神官が案内してくれる事に。

 案内されたのは謁見の間ではなく、応接室と思われる部屋だった。
 側仕えの神官に促され俺達はフードと仮面を取ると、直ぐにラクス様とラムリスによく似た女性がやってきた。

「ラキちゃん今日は突然呼び出したりしてごめんなさいね」

「ううん、全然大丈夫だよ。私こそいつも迷惑かけちゃってるから」

「そんな事気にしなくていいのよ」

 そう言ってラクス様はラキちゃんをハグした。

「ケイタさんも今日はありがとう。――あら、そちらの方は初めてね」

「あっ、えっとあたいはリンメイ……です。二人とパーティ組ませてもらって……ます」

「そうでしたか。これからもラキシスの事をお願いしますね」

「はっ、はい!」

 それからラクス様は、一緒に入ってきた女性を紹介してくれた。

「こちらはカリス。ラムリスの母です」

 ラムリスの母と言う事は教皇聖下か! 
 親子だけあってラムリスに似ており大変美しい女性だが、雰囲気は全く違い、流石この国の国家元首だけあって威厳に満ちている。

「お初にお目に掛かりますラキシス様。この度は我が娘のためにお越しいただき、誠にありがとうございます」

 そう言って教皇聖下は頭を下げ、それから今回俺達が呼ばれた経緯を説明する。

「ほんの少しでいいからラムリスに会って、元気付けてあげて欲しいの」

「お任せあれ!」

 ラクス様のお願いに、自信に満ちた返事をして胸をどんと叩く。
 そしてラキちゃんは来る途中に買ってきた、流行りのお菓子の包みを亜空間収納から取り出した。

「これがあれば大丈夫ですっ!」

 そう言ってにっこりと微笑む。
 それにつられて、ラクス様も教皇聖下も微笑んでいた。
 ラキちゃんのお菓子作戦が上手く行くといいね。



 ラクス様に案内され、俺達はラムリスの部屋へ向かう。

「ラムリス、失礼しますよ」

 サラス様はノックをした後そう言い、ラムリスの部屋の扉を開けた。
 その後ろからラキちゃんがひょっこりと顔を出す。

「聖母様……。ご心配おかけしてすみません。あの、わたくしは……」

「こんにちはー、遊びに来ましたよー。お菓子でも一緒に食べましょ?」

「えっ、どうしてラキシス様が!?」

 突然のラキちゃんの訪問にラムリスはすぐさま理由を察し、顔を真っ赤にしてしまう。
 そして情けなさや、恥ずかしさや、申し訳なさなど色々な感情が一気に襲い掛かってしまったようで、手で顔を覆い泣き出してしまった。

「たっ、度重なる……、ごっ、ご迷惑をっ……おかけしてっ、もっ、もうしわけっ……ありまぜ……ん! わたっ、わたくし、ラキシス様に嫌われてしまったと……うぅっ……」

「大丈夫ですよー、私はお姉ちゃんを嫌ったりしてないですから。――一緒にお菓子食べましょ?」

そう言ってラキちゃんはラムリスを優しく抱きしめてあげた。

「うぁっ…………はぃっ……」



 ラムリスが落ち着くのを待ち、皆でお茶にする事になった。
 ラムリスはラキちゃんと打ち解ける事ができたようで、ラムリスは学校の事などを話し、ラキちゃんは大家さんのお店やダンジョンの探索などについて語り合っていた。

 時の経つのは早いもので、もうお昼に差し掛かろうとしている。折角なのでと、俺達は昼食も御一緒させてもらう事になった。
 この国のトップと言えど神に仕える身のためか贅を尽くさず律しているようで、食事の内容はそれなりに質素だった。
 ただし、少しでも美味しく食べて頂きたいという料理人の思いが込められているようで、とても美味しい。

「折角です、ラキちゃん達の午後の予定にラムリスを付いて行かせてはどうでしょう?」

 突然、ラクス様はラムリスも俺達と行動するよう提案する。

「そうですね、学校をさぼった罰です。午後からはラキシス様の従者として聖女の御勤めに随伴しなさい」

「教皇聖下の仰せのままに」

 実はこれも予め決めていた事で、ラムリスに聖女の御勤めを経験させる事になっていた。
 ラキちゃんの随伴なら、まず万が一は無いと判断したからだ。

 午後になると俺達と同じ格好に着替えたラムリスを伴い、聖女一行は宮殿に回してもらった馬車で出発する事となった。
 御者は護衛も兼ねて四人いる。当然俺達と同じ格好をしており、徹底している。

「本日はよろしくお願い致します。聖母様が聖女の御勤めにラキシス様をご指名したという事は、少々厄介な相手と思われます」

「厄介ねぇ……。お手柔らかに頼みたいものだな」

 やれやれと思いつつ俺は来るときに渡された冊子を読み、受け答えの例文を必死に頭に叩き込んでいた。
 本来ならリンメイの方がこういった覚える事は得意分野なのだが、如何せん言葉遣いがアレなのでボロが出てしまう。
 だから今回は俺が頑張る事になっていた。

 暫くすると馬車が止まった。どうやら着いたようだな。

「それでは我々はここでお待ちしております。どうぞお気をつけて」

 御者の言葉に相槌を打ち、俺達は館の前に立つ。
 随分と立派な館だ。よその国の貴族と聞いていたが、ここは借りているのだろうか?
 俺達が到着するのを見計らったかのように扉が開かれ、この家の使用人が出てくる。

「アルティナ神聖皇国の聖女様とお見受けいたします。本日はようこそお越しくださいました」

 こういう人って家令だっけか執事だっけか? ともかくこの家を任されているっぽい初老の男性が侍女を数人伴い、迎え入れてくれた。

「我が主がお待ちです。どうぞこちらへ」

 案内された応接室に入ると、その主とやらが待ち構えていた。

「やっと来てくれたか聖女殿! 待ち兼ねたぞ!」

 うはー! 出てきたのは先日酔いつぶれてた王子様だったよ!
 ああ、たしかにこれは厄介だな……。

 挨拶もそこそこに、早速患者の元へ案内される。
 と言う事は患者は先日話してくれた片腕を失った御令嬢だな?

「エルレイン嬢! 遂に聖女殿が来てくれた! 入るぞ!」

 返事も待たず扉を開けて入って行くも、中はもぬけの殻だった。
 窓が開いてカーテンが靡いている。

「どこへ行ったのだ? ――すまない聖女殿、直ぐに探して参るので暫しこちらで待たれよ」

 そう言い王子様達はエルレインという名の御令嬢を探しに出て行ってしまった。

「まいったなぁ……あの王――うぐっ」

 俺が言葉を発しようとしたら、リンメイに仮面の上から口を押えられた。
 リンメイは人差し指を口の位置に立ててしゃべるなと俺達に合図すると、つかつかと移動しておもむろにクローゼットを開く。

「何やってんだ? おめー」

 なんとクローゼットの中には、片腕の無い寝間着姿の御令嬢が身を隠していた。
 四層のボス部屋前で初めて会った時は全身鎧を着こんでいたため顔は見えなかったが、この女性がエルレインに間違いないだろう。
 パーティの盾役を担っているだけあって大柄な体躯だが、顔立ちはとても可憐な女性だった。

「おっ、お許しください聖女様! どうか治療をせずにお帰り頂く事はできないでしょうか?」

「「「はぁ?」」」
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