天使の住まう都から

星ノ雫

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二章

066 俺達にできること

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 朝早くからダンジョンのエントランスホールは賑やかだ。
 その日の臨時パーティのメンバーを探す冒険者達の声が、あちらこちらから聞こえてくる。

「怪しいパーティが続々と転移門ポータル潜ってくな」

「前に私たちがボス部屋前で見た人達が何人かいるね」

「あー、ホントだね。やれやれ……」

「今三十層に入ってく連中は、ほぼ敵なんだろうねぇ……」

 俺とラキちゃんとリンメイは今、エントランスホールの転移門ポータルが並ぶエリアのベンチに座って、三十層へ向かう転移門ポータルを眺めている。
 俺達の他には、カーミラさんが一緒にいる。

 カーミラさんは王子様達が転移門ポータルを潜ったのを確認した後、追って転移門ポータルに入り、先に行っているアルシオーネさん達と合流する。
 カーミラさんならヴァンパイアの能力の一つ 『目視できる範囲限定のテレポート能力』 があるので、運悪く転移門ポータルを潜った先に連中がまだ居ても、上手くやり過ごす事ができるから。

 今回、まだ三十層へ行けない俺達はここで待機して、転移門ポータルから逃げてきたエルレイン達を保護する事になっている。
 不本意ながら乗り掛かった船なのでこの位はね……。

「そろそろ来るよーん」

 カーミラがクルトン君の位置情報から、もうすぐ王子様御一行が来るのを教えてくれる。

「分かりました。では俺は少し離れた所に行きます」

 王子様達に顔が割れているのは俺だけなので、念のために俺はラキちゃん達とは少し離れたベンチに座る。
 それぞれの階層へ向かう転移門ポータルは順番に並んでいるため、俺が座っている二十五層へ向かう転移門ポータルの通路にあるベンチの背面は、三十層へ向かう転移門ポータルへ向かう通路だ。

 カーミラの言う通り、暫くしたら王子様御一行がやって来た。
 全身鎧姿のエルレインは最後尾にいる。
 フルフェイスの兜のため顔は見えないが、パーティで一番大きな体躯なので、すぐに分かった。
 その前を歩く神官のサーリャは非常に緊張した面持ちで、何度もエルレインの方を伺い頷き合っている。
 あの様子だと、サーリャさんと情報を共有する事ができたようだな。



「よう、王子様。この前はごっそーさんな!」

「なんだお前か」

 突然挨拶された王子様は驚くも、すぐに俺だと気が付いたようだ。
 あの時はかなり酔っていたようだが、ちゃんと俺の事は覚えていたか。

「あっ、貴様はいつぞやの! 馴れ馴れしく我らに話しかけるな!」

 騎士フレンダが啖呵を切ってくるも、王子様はそれを制してくれた。

「王子様はこれから三十五層目指すのかい?」

「そうだが……、お前は一人で何をしている?」

「俺か? 俺ぁのんびりと臨時パーティ探してんだよ」

「――ふん。お前はいいな、暇そうで」

「まぁなー」

 ――チッ! お前らのせいで全然暇じゃねーんだよ、クソがっ。

「王子、向こうで護衛の者が待っています。このような輩と時間を潰している暇はありません」

 悠長に話している俺達に痺れを切らしたのか、カルラは俺を睨みつつ王子様に進言してきた。

「ああそうだったな、すまない」

「まっ、頑張れよー。無事帰ったら今度は俺が一杯奢ってやらあ」

「ほう、言ったな。忘れるなよ」

 どことなく嬉しそうな表情をした王子様は、 「じゃあな」 と俺に手を上げて転移門ポータルを潜って行った。
 続けてパーティーメンバーも次々と転移門ポータルを潜って行く。

 あっ、クルトン君が転移門ポータルを潜る事ができずに弾かれてしまったぞ。
 慌ててカーミラの方に走っていく。

「はいお疲れ~」

 カーミラはクルトン君に労いの言葉を掛け、懐に仕舞った。

「眷属は転移門ポータル潜れないんですね」

「ああ、あるじと一緒じゃないとダメなんだよねー。――じゃ、僕も行ってくる。彼女達が逃げてこれたら後お願いね」

「分かりました。カーミラさんもお気をつけて」

「はいはーい」

 カーミラはリンメイが持っているのよりも性能が良い認識阻害付きの外套を羽織ると、転移門《ポータル》を潜っていった。

「無事に上手く行くといいね」

「そうだね」

 面倒臭い事に、まずは敵に仕掛けられて王子様に自分の置かれた状況を理解させないといけないので、どうしてもこちらの行動が後手となる。
 そのため、大義名分を得てアルシオーネさん達が助けに入るまでの僅かな時間を、エルレインさんがいかにうまく立ち回るかが今回の救出劇の肝となっている。
 最悪、王子様が不意をつかれて一撃で絶命してしまった場合は、とにかくサーリャを抱えて逃げろって事になっている。

「……なあ、あいつ等どのタイミングで襲ってくると思う?」

「この前みたいに寝てる時とか?」

 ラキちゃんの言うこの前とは、アレックス君が襲われた時だね。
 あの時は眠りの香を使われてやばかったんだった。

 アレックス君が襲われたのは、アルシオーネさんをおびき出すために人質にしようとしたんだろうなってのが俺達の見解。
 多分首魁はカルラだろうとも。まあアルシオーネさんに燃やされて、相当恨んでいるだろうからなあ……。

「だとしたらまた連中、眠りの香使うかもしれないなぁ」

「そうだねー」

 アルシオーネさんはたしかその辺の対策用の品を、マジックバッグでエルレインさんに渡しているはずだ。
 俺達もいざって時のために、大家さんから眠りの香の中和薬やマスク代わりのスカーフを購入して常備している。

「ただなぁ……、連中さっさと国に帰りたいだろうから、迷宮に入ったら割と早い段階で仕掛けてくる可能性もあるんだよなぁ」

「あー、あり得るな。 あたいらが引き延ばしたから相当焦れてそう」

「最初の訪問の時、凄い剣幕だったもんね」

「あはは、そういやそうだったな」

 そんな他愛ない会話をしながら、俺達はのんびりと待つ事にした。
 願わくば三日以内にはけりを付けて欲しい。
 はっきり言ってここで待っているだけでも結構辛いから……。



 昼食を済ませ、そろそろ眠くなってきたなーって思ってた頃に、転移門ポータルからマイラだけが現れた。
 慌てた様子だが何かあったのか?

「王子達はこっちへ来た?」

「いえ、来てませんが……」

「クソッ! やっぱり樹海の方へ行っちまったか!」

 そう言うや否や、すぐに転移門ポータルを潜って戻って行ってしまった。
 俺達は思わず顔を見合わせてしまう。

「なんか不味い事になっちまってるみたいだな……」

「あの様子だと、どうやら王子様達は転移門ポータルへ来ずにフィールドエリアの方へ逃げちゃったようだね」

「樹海ってかなりあぶねー場所なんだろ? 大丈夫なのか?」

 俺の世界の樹海でも方向が分からなくなり迷ってしまうなんて事をよく聞くし、ここの樹海は高層へ続くエリアだけあって、かなりやばい魔物も数多くいるはずだ。
 俺達よりも熟練な冒険者であるアルシオーネさん達でも、これは少々心配だ。しかし……。

「……俺達にはどうする事もできないからなぁ。とりあえずアルシオーネさん達を信じて、もう少し待ってみよう」

 ――しかし、次の日の朝になっても誰も帰ってはこなかった。



「なぁ、今からでも三十層目指さないか?」

 とうとう我慢できなくなったリンメイが、今からでも三十層を目指して迷宮を攻略しないかと提案してきた。
 噂では二十六層から二十九層のエリアが迷宮エリアの中で最も広いという噂を聞いている。
 どう考えても俺達が辿り着く頃には全てが終わっている気がする。

「今から行ったって、とてもじゃないが間に合わないと思うぞ……」

「でも……!」

 俺と違い、リンメイはお姉さんが今あの場にいる。
 気が気じゃないのは痛いほど分かるが、流石にこればっかりは……。

「皆さんお疲れ様です。――どうかされたんですか?」

 どうしたものかと悩んでいたら、大家さんが俺達のところへやってきた。
 どうやら朝食の差し入れを持って来てくれたようだ。

「あっ大家さん! 実は――」

 昨日の昼過ぎにマイラさんが俺達の所へ確認に戻った事。今朝になっても誰も戻ってこない事。そしてリンメイが今からでも三十層目指さないかって言いだした事を大家さんに伝えた。

「そうですか……」

 大家さんも姪であるヒスイさんの事があるため、顏を曇らせ何か思案しているようだ。

「……では、私が少し様子を見てきましょうか? これでも三十層へは行けますので」

「本当!?」

 リンメイが歓喜の声をあげるが、途端に俺のギフトが発動して物凄い警鐘が頭に鳴り響く。

 ――これは……だめだ!

「大家さん行っちゃだめです!」

「えっ!?」

「俺のギフトが発動したんです。――恐らく連中の仲間が転移門ポータルの前で待ち構えている」

「なっ!? それってかなり不味い状況なんじゃねーのか!? あーもう! どーすんだよ!?」

 リンメイはアルシオーネ達の置かれた状況を想像してしまったようで、情緒不安定になってきている。
 見かねた大家さんは再び思案したのちに、リンメイに優しく語りかけた。

「リンメイさん、以前あなた方はなるべくラキちゃんの力に頼らずダンジョンを攻略したいと仰ってましたよね?」

「えっ? うん、そうだけど……」

「もしラキちゃんの力を借りれば一時間も掛からないうちに攻略できるとしたら……、どうします?」

「……! そんな事が可能なのか大家さん!?」

「多分ですが」

「今すぐにでもお姉ちゃん達を助けに行きたい! ――行こう!」

「分かりました。今回は私も御一緒します。――少し準備してまいりますので、その間に皆さんはこれで腹ごしらえをしていてください」

 そう言い俺に朝食の入ったバスケットを渡すと、大家さんは足早にエントランスホールを出て行った。

 しかし、一時間以内に攻略できるってどういうことだ?
 いくらラキちゃんの力でもそんな事が本当に可能なんだろうか……。
 考えても仕方が無いので、俺達は急いで朝食を頂く事にした。

 暫くすると、大家さんは冒険者の装備を整えて戻って来た。
 なんと精霊魔法による偽りの姿を解いて、若い容姿の状態のままで。

「さあ、行きましょう!」



 絶世の美女である大家さんに周囲から物凄い注目が集まっている。

「えっ、大家さんなの? えっ……」

 リンメイは大家さんの本当の姿を見た事がなかったから、かなり驚いている。

「ごめんなさいね。本当はこちらが本来の姿なの。普段は色々と事情があってあの姿ですが、今回は魔力マナを回している余裕がないと思い、術を解きました」

「そうだったんだ……」

「それよりも、急ぎましょう!」

「「「はい!」」」

 俺達は急いで二十五層の転移門ポータルを潜り、隣にある二十六層への階段を降りて行く。

「大家さんは一度家までお帰りになったのですか? とても早く戻られたので驚いてしまいました」

「いえ。万が一を考えて、今回マジックバッグに装備品を詰め込んできてたんです。なので冒険者ギルドの化粧室で着替えてきました」

「なるほどです」

 階段を降りて二十六層を見渡すと、俺達は呆気に取られてしまった。
 なんだここは! なぜか俺達は空の上にいる!

 なんと二十六層……というか二十六層から二十九層は某人型決戦兵器のアニメにあったジオフロントのように、とんでもなく巨大な空洞となっていた。
 そして二十六層から二十九層の迷宮を構成するのは、おびただしい数の浮島だった。ちゃんと迷宮になってる……。

 一層ごとの占める高さが異常に高いので、まず下の階層へ飛び降りる事はできないだろう。
 そのため、基本は浮島ごとにある転移門ポータルを使ってそれぞれの浮島へ移動するようだ。
 しかし中には飛び移ったりよじ登れるくらいにお互いが近い距離の浮島もあるので、その辺も攻略するには考えないといけないのだろう。
 そして底である二十九層は島がぽつりぽつりとあるだけで、殆どが地底湖となっている。

 ――そういうことか!

「大家さん、ラキちゃんに俺達を運んでもらうんですね?」

「はい、その通りですっ!」
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