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プロローグ 『私、Vtuberを視聴します』

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「今日も夜々よよちゃんの生配信、最高だなぁ」

 PCの液晶画面には推しのVtuberがゲームで一喜一憂している様子が流れている。その生放送を眺めながら、少女ーーー鈴山琴音すずやまことねはポツリと呟いた。

 Vtuber、それは大人気動画投稿サイト『MeTube』において、仮想の身体を用いて動画作成や配信をする人達の名称である。Vtuberの総数は企業勢、個人勢合わせて一万人を超えており、現代で流行の渦中にある職種である。

 現在琴音の視聴している動画の配信主、星空ほしぞら夜々は大手Vtuber事務所『カナリア』に所属するVtuberの二期生だ。キャラクターは金髪赤眼の少女で、澄んだ声音が特徴的である。
『カナリア』の二期生は吸血鬼の星空夜々、魔女っ娘の館跡魔世やかたまよ、竜人美女の龍園蛍りゅうえんほたる、妖精娘の春風沙耶はるかぜさやの四人。全員が登録者十万を超える大御所Vtuberで、視聴者リスナーの人気が厚いことが容易に窺える。

『残り生存者は20人、今夜はドン勝食べられるかもですよ?眷属のために私、張り切っちゃいます』

【いい感じいい感じ】
【調子いいぞ、頑張れ夜々ちゃん】
【我々にドン勝を恵んでくだせぇ】
【俺にもお溢れをぉ】
【僕も】
【私も】
【ふへへ、ご主人様からのお恵み有り難し】

「ふふ、今夜は夜々ちゃんのドン勝見ることができそう。私も応援しなきゃね」

 夜々の嬉々とした発言に、琴音の口元が少し緩む。他の眷属リスナーもきっと同様にだらしない顔をしていることだろう。
 ゲームは佳境に差し掛かり、コメント欄は応援の言葉で溢れ返っていた。コメント欄あったけぇ、である。

 彼女のプレイしているゲームはバトルロワイヤル系の人気FPSゲーム。内容は100人が同じ戦場に降り立ち、武器や物資を拾い集め、最後の一人になるまで命を、魂を削り合うものである。

『魅せちゃいますよー!』

 民家の影から様子を窺っていた夜々は、スコープを覗いて照準を合わせた。彼方で移動する2人のプレイヤーの頭部をスナイパーライフルで狙撃した。確定キルが入ったようで、キル数が加算された。

『むふふ、見ましたか?今の私のスーパープレイ!二連続ヘッドショット!!これは切り抜き間違いなしですね』

 \20,000
【すご、異次元プレイすぎる】
 \5,000
【二連ヘッショきちゃー】
【夜々ちゃんのPSは衰える事を知らない…】
【ヒェッ、チビった】
 \3,000
【ドン勝するだろうから、未来に投資しとこ】
 \10,000
【無邪気に喜んでる夜々ちゃん好こ】
 \7,000
【こんなに可愛い夜々ちゃんが見られたんだ。もう死んでもいい…】
【死ぬな。死んじゃダメだ!まだ私達にはドン勝を見届ける義務がある】
【あまりの可愛さに犠牲者が出たか】

「分かりみ深いなぁ。確かに喜んでる夜々ちゃんは可愛すぎる…!もう罪だよ。犯罪だよっ!」

 金髪の美少女が満面の笑みを浮かべて、左右に身体を揺らしている。そのあまりの可愛きゅーとさに琴音含め、眷属一同は軽く限界化した。心の中で夜々ちゃんにけいれーい。
 コメント欄では夜々の魅せプレイに対する称賛が大半を占め、幾つかのスーパーチャットが飛び交っている。流石人気Vtuberといったところである。

 その後、夜々は堅実な立ち回りでキルを重ね、いよいよ相手と一対一という緊迫した戦況へと縺れ込んでいた。

『…あと一人、あと一人ですよ。私、今かなり緊張しています。心臓バクバクで、破裂寸前です』

【もう少しだ、頑張れ】
【ドン勝期待】
【…ゴクリッ】
【…ゴクリッ】
【夜々ちゃんなら絶対取れるって信じてる】
【上に同じ】
【激しく同意】

「見てる私まで緊張してきた。ひっ、ひっ、ふぅー」

 声音から画面越しに緊迫感が伝染する。恐らく琴音が同じ立場であっても、手に汗握る場面であることは確かだ。
 あまりの緊張感に誰もが生唾を飲み、吸い込まれるように画面に見入っている。

 夜々は無言になり、アサルトライフルに持ち替えて周囲を警戒。

 いつ銃撃戦が始まってもおかしくない、そんな雰囲気の最中ーーー、

『ッ!』

 ーーー背後から発砲音。瞬時に真横に回避行動を取るも、数発被弾してしまう。満タンだった夜々の体力ゲージが僅かに減少した。

 足を止める事なく移動しながら、同時に振り返って相手に照準を合わせる。相手プレイヤーもまた、夜々に照準を合わせている最中であった。

『ーーーいざ、尋常に勝負です!』

【敵は後ろにいたのか】
【夜々ちゃんの反射神経がすこぶるいい】
【あの不意打ちを数発で抑えるとか…俺なら即死コースなのに】
【それな】
【それな】
【敵の位置が割れた。いけるぞ、夜々様】
【あとは信じるのみ】

「…いける、いけるよ。頑張れ、夜々ちゃん」

 胸元で両手を組んで、勝負の顛末を見守る。眷属に出来ることは勝利を信じて待つことのみ。

 互いに照準が合致した次の瞬間、鈍重な発砲音が大気を震わせた。銃弾が火花を散らしながら交錯し、血肉を削って体力ゲージを減らす。一弾の漏れもないように、慎重かつ積極的に引き金を引く。

 その激戦の末、

『やりました!ドン勝取りましたよ、眷属!』

 \10,000
【ドン勝おめでとう。君なら取れると信じていた】
 \5,000
【ドン勝うまうま】
 \500
【金欠ですが、勝利祝いに】
【金欠ニキ、無理すんなよ】
 \50,000
【これはスパチャの飛ばし時では…?!】
 \1,000
【今すぐ切り抜き作ってきます】
 \9,000
【眷属よ、祝杯を挙げよ】
 \4,000
【二十キルとか…ヒェッ】

「…ドン勝、すごい。わ、私もスパチャ飛ばさないと」

 \1,000
【ドン勝お疲れ様です。私も自分のことのように嬉しいです】

 銃撃戦は夜々のドン勝で幕を下ろした。画面右下には夜々のドヤ顔が写っている。

 二十キルドン勝に眷属から怒涛のスパチャラッシュ。赤、青、緑と様々な色合いのスパチャがコメント欄を埋める。
 このビッグウェーブに乗らねば、と琴音も便乗してスパチャを投じた。金額が慎ましやかなのは黙認してほしい。

『眷属の皆さん、スパチャありがとうございます。でも、無茶はいけないですよ?』

 \3,000
【その可愛さ…貢ぎたくなっちゃう】
 \4,000
【やめられない、止まらない】
 \10,000
【ここは無茶すべき場面だと悟った】
 \10,000
【俺もだぜ、同志よ】
【流れが…流れが来ている!】

 眷属の懐を心配して宥めるも、それは逆に薪を配る結果となった。そこから数分、スパチャがコメント欄の殆どを占領した。
 それだけ夜々が眷属に愛されていることが分かり、一視聴者として琴音は鼻が高くなる。

 この夜々のスパチャラッシュの切り抜き動画がMeTube上に投稿され、バズるのは後日の話である。

 コメント欄が落ち着きを取り戻した頃合いを見計らって、夜々は締めの言葉に移った。

『本日はご視聴ありがとうございました。スーパーチャットは今回量が量なので、後日読み上げ配信を行おうと思います。それでは配信を終了するーーー前に、皆さんに重大告知があります。パチパチ』

【ファッ?!】
【なんだなんだ?】
【唐突の告知きちゃー】
【一体何の告知なんだ、気になる】
【まさかコラボか、コラボなのか?】
【するにしても、誰とするのか】

「公式のピヨッターに目ぼしい情報は上がってないし、コラボの告知かな?」

 今すぐ『カナリア』公式のピヨッターを確認した限りでは、重大と言うほどの告知は投稿されていなかった。そのため、夜々と誰かのコラボ配信の告知だと予測を立てる。

 一息間を置いて、夜々は話を切り出した。

『その内容はですね。こちらーーーはい!私達の所属する事務所『カナリア』が三期生の募集を開始します!この情報は私の配信にて初公開です。募集要項はこの後すぐ、ホームページ、ピヨッターに投稿されますので、興味のある方は是非応募してくださいね。皆さん、お待ちしております』

【まさかまさかの三期生の募集?!】
 \3,000
【楽しみすぎて夜も眠れない】
【これは応募するしかないな】
【当選率凄そう…】
【でも、受かれば夜々たそに会えるんだぞ】
【眷属が本気を出す時がきたか】

「三期生の募集開始?!えっ、えっ、何の予告もなしとか、突然すぎるんだけど!」

 画面に大々的に映し出されたのは『カナリア』Vtuber三期生募集の要項であった。
 高まった興奮のあまり、ついつい大声をあげてしまう。隣の部屋の妹よ、ほんとごめんね。

 琴音や眷属の予想は良い方向に大幅に裏切られ、夜々の配信は終盤に大きな盛り上がりを見せた。

『それでは今度こそ、おやすみなさい。眷属たちが、良い夢を見られるよう願っています』

【おやすみなさーい】
【ばいちゃー】
【ぐううぅぅぅ】
【Zzzz】
【いや、寝るの早いな!】
【ツッコミお疲れ】












 この時はまだ、琴音は考えもみなかっただろう。一体全台誰が予想しただろうか。
 コミュ障でボッチで挙動不審でクソザコな琴音が、三期生の募集に応募して見事合格を勝ち取り、妹に見守られながら初配信するなど。
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