コミュ障少女は友達が欲しい 〜わ、私、Vtuberになります〜

雪兎

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一話 『私、妹に迫られてます』

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「夜々ちゃんの配信凄かったぁ!今でもドキドキしてるよ」

 早鐘を打つ胸に手を当て、心臓の鼓動を感じる。未だ夜々の配信の興奮が鎮まらないようだ。
 試合中のマシュマロ返答もさることながら、終盤の銃撃戦はついつい見入ってしまった。夜々の溢れんばかりの可愛さと相まって、最高に熱中できた配信と言えるだろう。

「それにしても、三期生募集か。事前告知もないなんて…最後の最後にとんでもない置き土産だなぁ」

 配信内の最後に唐突に発表された『カナリア』三期生募集の告知。これは実に視聴者の不覚を突いたものであった。

 毎日大量のVtuberの配信を視聴し、Vtuber公式のピヨッターや事務所のホームページを随時チェックしているVtuberオタクの琴音でさえ、予想する事は叶わなかった。不覚以外の何者でもない。

「もし、私もVtuberに成れたら、夜々ちゃんや他のVtuberのみたいに輝けるのかなぁ…」

 自分がVtuberに成った場合の将来に想いを馳せ、即座にフルフルと首を横に振った。自分がVtuberをやり切っている姿が想像できなかったためである。

 鈴山琴音は今年高校入学を果たした、出来立てホヤホヤの女子高生である。そして支離滅裂で壊滅的なコミュニケーション能力、所謂コミュ障である。
 普段なら纏まっている思考が、いざ人前となるとあっという間に崩壊。見ず知らずの人との対面であれば、あまりの羞恥心に硬直。仮に顔見知りであっても、挙動不審さは拭えない。人見知りの域を超えた恥ずかしがり屋である。
 当然、周囲に友好関係を築けるはずもなく、幼少期から中学までを通して、友人と呼べる存在は今の今まで一人しかいない。

 通っている高校では、高校生らしからぬ身長の低さと容姿の端麗さから、近寄りがたいマスコットキャラ的な立ち位置に存じているのだが、本人は知る由もない。

 孤立ボッチを極めたせいか、一人の時間で溢れているため、空いた時間にイラストの練習を重ねた。満足できるレベルまで上達したのは、何気に嬉しい点である。
 また、この長いボッチ年月の間にVtuberにどハマりし、 Vtuberオタク化してしまった。家族にはこの趣味を秘匿して、毎日密かに楽しんでいる。

 なぜ隠すのかって?そんなのバレたら羞恥心で軽く死ねるからである。家族にオタク趣味がバレるなど、とんだ公開処刑だ。

 そんな彼女が抱くのは、たった一つの願いだった。

「…友達が欲しい。でも、私には無理な話かな」

 片手に握るスマホの画面に映るのは、『カナリア』三期生募集の要項。先程事務所公式のピヨッターに投稿されたものである。

 琴音は友人という存在に渇望していた。そして募集の告知を聞いて、Vtuberになれば同期という名の友人と関係を築け、あわよくば親友にまでお近づきになれると淡い期待を抱いてしまった。

 しかし、その考えは浅はかであった。何故なら配信者に必須なコミュ力というものが、琴音には皆無であるからだ。尚且つ、ゲームを魅せる事ができるとは到底思えない。中々独特なプレイをするね、と唯一の友人からのお墨付きである。

 思い返してみると、あまりの自分の愚かしさに嘲笑が漏れてしまった。

「…はぁ、次の配信に移ろうかな。確かもうすぐ沙耶ちゃんの配信が始まるはず」

 傷心の心持ちで春風沙耶のチャンネルを開く。美麗なイラストとBGMが彩る待機画面を、琴音はゆるりと眺めていた。
短い待機時間が体感で長く感じるのは、視聴者の方なら共感してくれる点であろう。

「あの、お姉さん。少しお話があるのですが…」

「ん?や、弥生やよい?!…は、入っても大丈夫だよぉ」

 ドアを軽くノックする音の後、澄んだ声音が鼓膜を叩く。イヤホン越しではあったものの、聴き慣れた声だったため、来訪者が誰か即座に判別できた。
 琴音はドアを見つめたまま、電源を落とすためにボタンを押して、イヤホンを机の引き出しに投げ入れる。それから彼女を部屋に招き入れた。

 扉を開けて入室してきたのは、肩口に切り揃えられた黒髪の少女ーーー鈴山弥生であった。琴音の妹で、中学三年生である。
 琴音の視点から見ても、中学三年ながら高身長で中々ご立派なものを携えている。モデルになっても違和感がない可愛さである。

 それに比べて私は、と琴音は視線を下ろして虚しさを感じるばかり。何故、姉妹でこんなにも顕著に差が生まれるのか。甚だ不思議である。

「そ、それで…どうしたの?私に話があるなんて、め、珍しいけど」

 琴音はベッドに腰掛ける弥生と向き合った。肉親ではあるものの、ほんのちょっぴり体が震えているのは、愛嬌として許して欲しい。

「少し聞きたいことがありまして…単刀直入に聞きますが、お姉さんはVtuber詳しいですよね?例えば星空夜々とか、龍園蛍ちゃんとか」

「えっ?…そ、そんな事ないかなぁ。ほとんど知らないよ、オタクじゃあるまいし…」

 核心を突いた弥生の追求に少し取り乱してしまったが、なんとか飄然とした態度を保つことに成功した。
 琴音は知っている。身内でのオタクバレは禁忌タブーであると。

 仮にオタク趣味が家内で露見したとしよう。妹からは侮蔑の視線を向けられ、数々の罵倒を浴びる羽目になるだろう。また、それは親にまで伝播し…想像するだけで悪寒が走る。

 ここは何としても隠し通さなければ…。

もしもの場合は高校入学までに必死に作成した会話デッキを使う事さえ厭わない、と琴音は心中で覚悟を決める。

「いえいえ、そんな事ないはずです。だってほら、今も画面に春風沙耶ちゃんの配信が映ってるではありませんか」

「へっ?…ぁっ」

 弥生の指差す方向に視線を移すと、PCの液晶画面に映し出されている春風沙耶の配信が視界に入った。

 ーーーどうして?どうして?ボタンはちゃんと押したはず。まさか…電源ボタンと音量ボタンを押し間違えた?!

 琴音の脳内は大渋滞。琴音の顔は見る見る間に紅潮し、思考回路は完全に停止した。

「きゅううぅぅぅ、恥ずかしいよぅ」

 今まで家族にバレまいと必死に隠匿してきたオタク趣味。それが家族に、それも妹にバレてしまったのだ。穴があったら頭から飛び込みたい気分である。

「別に恥ずかしがることはありません。家内では周知の事実ですからね」

「…へっ?ま、まさか弥生だけじゃなくて、お父さんやお母さんも知ってるってこと?!」

「はい。それも随分と前から。毎日Vtuberの配信で悶えていたり、大声を上げていたら誰でも気付きますよ」

「もぅぃっそ私を殺して…」

 羞恥心が限界突破したせいで全身が茹だり、琴音は両手で顔を覆い隠す。
 その慎ましくも愛おしい所作を微笑みながら眺めている。琴音の気持ちの整理がつくまで、弥生は待つ心意気のようだ。

「お姉さん、落ち着きましたか?」

「う、うん。そろそろ落ち着いてきたかも。と、取り乱してごめんね?」

「謝らなくてもいいですよ。というか、そんなに恥ずかしがらなくても良いのに」

「は、恥ずかしいに決まってるじゃん!だってオ、オタクバレだよ?もうどういう顔して話せばいいのか…」

 百面相をしながら悶える琴音。これじゃあ親に顔向けできないっ。
 そんな琴音の頭を弥生は優しく撫でた。側から見ると姉妹の立場が反転して見えるだろう。

 次第に琴音が調子を取り戻した頃を見て、弥生は話を持ち出す。

「それではお姉さんの調子が戻ったところで、もう一度聞きますね。お姉さんはVtuberについて詳しいですよね?」

「ま、まぁ、人並みには知ってるつもりだけど…」

「では、『カナリア』が三期生を募集する事はご存知でしょうか?」

「さ、さっき夜々ちゃんの配信で告知されたやつだよね?知ってるよ!」

 調子が上がってついつい身を乗り出してしまった。大好きな話題には食いついてしまう、憎めないオタクの性である。
琴音の返答に弥生は何度か相槌をうつ。

「そうですそうです。それにですね、お姉さん応募しちゃいましょう」

「…ほっ?」

 突拍子もない提案に、琴音は思わず素っ頓狂な声を上げた。予期していなかった言葉に頭が追い付かない。

 ーーーえ?弥生、今なんて言った?私の聞き間違いじゃなければ…。いやいや、ないない。あり得ないよ。

「お姉さん応募しちゃいましょう」

「う、うん?」

 どうやら聞き間違いではなかったようだ。

「応募するだけならタダですから。必要な情報を入力して今すぐ応募しましょう。大丈夫です。お姉さんなら絶対に受かりますから」

「む、無理無理無理無理!絶対に無理!や、弥生は私がコミュ障で、クソ雑魚で、ボッチだって知ってるでしょ?こんなミジンコ以下のミドリムシにすら顔合わせできない私じゃ、受かりっこないよぉ」

「寧ろそれがいいんです。コミュ障で、クソ雑魚で、ボッチ。他の誰でもないお姉さんだからできるんですよ」

(や、弥生、そんなに私の事を想ってーーーというか、最後の言葉褒めてないよね?!)

 じりじりと詰め寄って応募を進める弥生に、断固として首を縦に振らない琴音。その自信が一体どこから来るのか、琴音は不思議に思う。

『カナリア』三期生の募集に合格するには、二つの関門を乗り越える必要がある。一次審査は書類監査で、二次審査が面接である。仮に一次審査を通過したとしても、琴音にとって最も苦手とする他人との対話が待ち構えている。知らない人の前で話すとか…軽く死ねるよっ。

 ふと、一泡の疑問が頭の片隅に浮上した。

「あ、あのさ。わ、私も聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」

「はい。遠慮なく仰って下さい。私は何でも答えますよ?」

「た、確かさ、三期生募集の告知ってまだ出たばかりなんだよね。な、なんで弥生が知ってるのかなって」

 弥生がVtuberに入れ込んでいるとは考えにくい。また、琴音が部屋を覗いた時はいつも勉強に励んでいる姿が印象的で、MeTubeを見ている姿が想像し難い。仮に軽くVtuberを知っていたとしても、ここまでタイムリーな話題を持ち出してきた事は疑問である。

 それらの情報から導き出される答えはーーー、

「さ、さては弥生、さっきの夜々ちゃんの配信見てたんでしょ?と、友達に勧められたりしたのかな?」

 友人に紹介されてVtuberの生配信を見た、という線である。琴音の知る限り、弥生の友好関係は広い。それはもう琴音など比べ物にならないくらいの人脈がある。こんな立派な妹を持って、私は誇らしいよ。
知り合い全員に妹の自慢話を語り巡りたいまである。まぁ、私知人なんて一人しかいないけどね。

「そ、それならそうと言ってくれればよかったのに。いいよねぇ、夜々ちゃん。可愛いし、ゲーム上手いし、さ、最高だよね」

「…ぅぅ、不意打ちは卑怯です」

「ん?い、今なんて言ったの?…というか、顔赤いよ。だ、大丈夫?」

 突然頬を真っ赤に染めて何かを呟いた弥生。熱でもあるのか、お姉ちゃんは心配です。

「コ、コホン」と軽く咳き込んだ弥生は、何処となく意思を固めた顔つきで、

「あ~、あのね。えっと、視聴者というか…お姉さんだから言うんですけどーーー私が星空夜々なんですよ」

「…」

 衝撃の事実を告白した。そのカミングアウトに琴音は呆然とする他なかった。
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