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第1話
18・そして、現在
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あれから半年。今や夏樹さんよりも背が高くなった俺は、彼が隣に並ぶたびに「生え際の産毛が可愛い」とか「こめかみにほくろ発見」とか、ささやかな喜びを噛みしめていたわけだが──
「ただいま」
「おじゃましまーす」
玄関で靴を脱ぐなり、ナツさんは慣れたようにリビングに向かおうとする。
「待ってください! どこに行くんですか!」
「えっ、おじちゃんとおばちゃんに挨拶──」
「うちの両親は、夏樹さんと面識がありません」
「そうなの!?」
「そうなんです。そもそも星井のことすら紹介していないですし」
俺の言葉に、ナツさんは「ええっ」と声をあげた。
「じゃあ、やるときどうしてんの?」
「やる、とは?」
「ナナセとセッ──」
とんでもない単語が飛び出す前に、俺は彼の口を右手でふさいだ。
「なんてことを……家族に聞かれたらどうするんです!」
「でも、それって大事なことじゃん!」
「だとしても俺たちには関係ありません。──まだそういうことをしていないので」
「えっ、なんで!?」
そりゃ、偽装交際ですから──とはさすがに言えないので「まだ半年だし」とか「高校生だし」と言葉を濁す。
そんな俺に、ナツさんは「マジで?」未確認飛行物体を見るような目を向けてきた。
「こういうのって、ふつう『もう高校生』って言わねぇ?」
「言いません。そもそも、ナツさんはそういう経験があるんですか?」
「あるよ。当然じゃん」
あっさり告げられた事柄に、俺はめまいを覚えた。
いや、薄々気づいてはいた──なにせ、保健室で寝ていた俺の「俺」に、手慣れた様子でサービスしようとしていた人だし。
でも、やっぱりショックだ。頭のなかで、どんなに「この人は夏樹さんじゃない」と言い聞かせたとしても、そっくり同じビジュアルで肯定されるのはただただしんどい。今にも、頭のなかが沸騰してしまいそうだ。
「青野、どうしたの? もしかして、また具合悪くなった?」
「いえ……どうかお気になさらず」
「でも、さっきからへんな顔してるし。大丈夫?」
よしよし、となだめるように頭を撫でられる。その近すぎる距離に、不覚にも心臓が跳ね上がったのだけど──
「行春? 帰ってきたの?」
キッチンのドアの開く音が、俺を現実に引き戻した。
「あら、お友達?」
「う、うん。学校の先輩の星井夏樹さん。今日、勉強を教えてもらうことになって、うちに泊まってもらおうかなって」
「やだ、そういうのは早く連絡してよ。ごはん多めに作らないと」
顔をしかめる母さんに、ナツさんは「大丈夫」と元気よく返事をした。
「オレ、カップ麺買ってきたから!」
「そうはいかないでしょ。高校生なんて育ち盛りだし……」
「えっ、じゃあオレ、おばちゃんの料理食べてもいいの?」
やったーと無邪気に喜ぶナツさんに、俺も母さんも呆気にとられた。
なんだろう、この人懐っこさは。夏樹さんも気さくな人ではあったけど、ここまで突き抜けてはいなかったはずだ。
でも、あまりにもナツさんが喜ぶものだから、母さんも満更ではなくなってきたらしい。
「じゃあ、星井くんのは大盛りにしようかしら。今日はね、唐揚げなのよ」
「ほんと!? オレ、おばちゃんの唐揚げ大好き!」
「……えっ?」
ちょっ……ナツさん!
「今のは『家庭の味が好き』ってことだから! スーパーのお惣菜とかそういうんじゃなくて!」
「あら、そうなの」
なんとか納得してくれたらしく、母さんは笑顔でキッチンに引っ込んだ。
よかった、なんとか誤魔化せた。
それにしても、どうしてこの人は浅はかなんだろう。ついさっき、うちの両親と夏樹さんは面識がない、と伝えたはずなのに。
恨めしい気分で隣を見たものの、当のナツさんは「唐揚げ、唐揚げ」とこれまたご機嫌だ。
「向こうの世界で食べたんですか?」
「ん?」
「うちの……青野家の唐揚げ」
「うん、食べた! おばちゃんの作るヤツ、一個が大きめだからすっごい好き!」
ナルホド、ソチラノ世界ノ「青野家」ノ人タチハ、ズイブン「星井夏樹」サント親シインデスネ。
心のなかで呟きながら、俺は洗面所へと向かう。けれども、どんなに丁寧に手を洗っても、うがいをしても、モヤモヤした気持ちが晴れることはなかった。
「ただいま」
「おじゃましまーす」
玄関で靴を脱ぐなり、ナツさんは慣れたようにリビングに向かおうとする。
「待ってください! どこに行くんですか!」
「えっ、おじちゃんとおばちゃんに挨拶──」
「うちの両親は、夏樹さんと面識がありません」
「そうなの!?」
「そうなんです。そもそも星井のことすら紹介していないですし」
俺の言葉に、ナツさんは「ええっ」と声をあげた。
「じゃあ、やるときどうしてんの?」
「やる、とは?」
「ナナセとセッ──」
とんでもない単語が飛び出す前に、俺は彼の口を右手でふさいだ。
「なんてことを……家族に聞かれたらどうするんです!」
「でも、それって大事なことじゃん!」
「だとしても俺たちには関係ありません。──まだそういうことをしていないので」
「えっ、なんで!?」
そりゃ、偽装交際ですから──とはさすがに言えないので「まだ半年だし」とか「高校生だし」と言葉を濁す。
そんな俺に、ナツさんは「マジで?」未確認飛行物体を見るような目を向けてきた。
「こういうのって、ふつう『もう高校生』って言わねぇ?」
「言いません。そもそも、ナツさんはそういう経験があるんですか?」
「あるよ。当然じゃん」
あっさり告げられた事柄に、俺はめまいを覚えた。
いや、薄々気づいてはいた──なにせ、保健室で寝ていた俺の「俺」に、手慣れた様子でサービスしようとしていた人だし。
でも、やっぱりショックだ。頭のなかで、どんなに「この人は夏樹さんじゃない」と言い聞かせたとしても、そっくり同じビジュアルで肯定されるのはただただしんどい。今にも、頭のなかが沸騰してしまいそうだ。
「青野、どうしたの? もしかして、また具合悪くなった?」
「いえ……どうかお気になさらず」
「でも、さっきからへんな顔してるし。大丈夫?」
よしよし、となだめるように頭を撫でられる。その近すぎる距離に、不覚にも心臓が跳ね上がったのだけど──
「行春? 帰ってきたの?」
キッチンのドアの開く音が、俺を現実に引き戻した。
「あら、お友達?」
「う、うん。学校の先輩の星井夏樹さん。今日、勉強を教えてもらうことになって、うちに泊まってもらおうかなって」
「やだ、そういうのは早く連絡してよ。ごはん多めに作らないと」
顔をしかめる母さんに、ナツさんは「大丈夫」と元気よく返事をした。
「オレ、カップ麺買ってきたから!」
「そうはいかないでしょ。高校生なんて育ち盛りだし……」
「えっ、じゃあオレ、おばちゃんの料理食べてもいいの?」
やったーと無邪気に喜ぶナツさんに、俺も母さんも呆気にとられた。
なんだろう、この人懐っこさは。夏樹さんも気さくな人ではあったけど、ここまで突き抜けてはいなかったはずだ。
でも、あまりにもナツさんが喜ぶものだから、母さんも満更ではなくなってきたらしい。
「じゃあ、星井くんのは大盛りにしようかしら。今日はね、唐揚げなのよ」
「ほんと!? オレ、おばちゃんの唐揚げ大好き!」
「……えっ?」
ちょっ……ナツさん!
「今のは『家庭の味が好き』ってことだから! スーパーのお惣菜とかそういうんじゃなくて!」
「あら、そうなの」
なんとか納得してくれたらしく、母さんは笑顔でキッチンに引っ込んだ。
よかった、なんとか誤魔化せた。
それにしても、どうしてこの人は浅はかなんだろう。ついさっき、うちの両親と夏樹さんは面識がない、と伝えたはずなのに。
恨めしい気分で隣を見たものの、当のナツさんは「唐揚げ、唐揚げ」とこれまたご機嫌だ。
「向こうの世界で食べたんですか?」
「ん?」
「うちの……青野家の唐揚げ」
「うん、食べた! おばちゃんの作るヤツ、一個が大きめだからすっごい好き!」
ナルホド、ソチラノ世界ノ「青野家」ノ人タチハ、ズイブン「星井夏樹」サント親シインデスネ。
心のなかで呟きながら、俺は洗面所へと向かう。けれども、どんなに丁寧に手を洗っても、うがいをしても、モヤモヤした気持ちが晴れることはなかった。
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