目が覚めたら、カノジョの兄に迫られていた件

水野七緒

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第3話

6・トラブルの予感

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 制服を見るかぎり、ぶつかった女子生徒はどうやら3年生のようだ。そのわりに仕草がどうも幼げで、今も「痛ぁい」と子どものように鼻をさすっている。

「すみません、大丈──」
「大丈夫? 見せて見せて?」

 俺を押しのけて、ナツさんが彼女の顔をのぞきこんだ。

「あーちょっと赤くなってる」
「ほんと? 由芽ゆめ、トナカイみたい?」
「それはわかんない。オレ、トナカイ見たことないし」

 でも大丈夫、とナツさんは彼女の鼻先を軽く撫でた。

「鼻血は出てないから。ちょっと赤くなってるだけ」

 さすが人たらし、初対面の女子生徒にも惜しみなく笑顔を振りまいている。この人のこういうところ、本当にすごい。俺には逆立ちしてもできない芸当だ。
 しみじみ感心していると、女子生徒の頬がみるみるうちに赤く染まった。
 待ってくれ、なんだか嫌な予感がする。

「……好き」

 やがて、女子生徒はうっとりとした声を洩らした。

「好き。あなたのことが好き」
「へっ?」
「あなたも好きだよね、由芽ゆめのこと。だから優しくしてくれたんだよね?」

 いきなり両手を捕まれて、ナツさんは「ふぇっ」とおかしな声をあげた。

「えっ、なにこの子……」
「やっと出会えた! あなた、由芽の運命の相手だよね?」
「違っ」
「2組の星井くんだっけ。なんて呼べばいい? ほっしー? 下の名前は?」
「やだやだ怖い怖い、青野助けてっ!」

 そんなすがるような目で見られても──俺としては、このまま無関係を貫きたい。だって、面倒なことになるのは目に見えている。
 とはいえ、ナツさんが怯える気持ちもわからなくはない。この女子生徒、さっきから発言がおかしすぎる。
 仕方なく、俺は彼女の手を外させようとした。

「すみません、この人怖がってるみたいなんで……」
「触んないで! 由芽の邪魔しないで!」
「いえ、邪魔するつもりは……」
「じゃあ、なんで? なんで由芽とほっしーを引き離そうとするの!?」
「それは、この人が困っているからで──」

 周囲がざわざわしはじめた。どうやら皆、俺たちのやりとりに聞き耳をたてていたらしい。「やべ、修羅場じゃん」「あいつ、2年の青野だよな」「青野と江頭が、星井を奪い合ってるってこと?」「ていうか、青野って星井の妹と付き合ってなかった?」──次から次へと流れ込んでくる、野次馬たちのささやき声。
 最悪だ。俺は、ただ巻き込まれただけなのに。
 それでもなんとかこの場を治めたくて、俺は彼女に向き直った。

「いったん落ち着きましょう。まずはこの手を離してください」
「やだ、邪魔しないで!」
「でも、この人嫌がってますし」
「そんなことない、嫌がってなんかないもん! そうだよね、ほっしー! 由芽のこと嫌いじゃないよね?」

 詰め寄ろうとする彼女と、俺の背中に隠れようとするナツさん。
 追う・逃げる・追う・逃げる──って、なんだこれ、どこかの童話の虎か? そのうち俺のまわりをグルグルまわりはじめて、ふたり仲良くバターにでもなるつもりか?
 そんなくだらないつっこみは「こらぁっ、由芽!」という怒声に掻き消されてしまった。

「こんなとこでなにやってんの、昼休み終わっちゃうよ!」

 割り込んできたのは、金髪頭の女子生徒。どうやらこの「由芽」って人の友人らしい。

「あ、まこちゃん! あのね、由芽ついに運命の人に──」
「その話はあと! ほら、さっさと来る!」
「やだ、まこちゃん! 腕ひっぱらないで!」

 こうして、新たな登場人物に連れ去られて「台風の目」は退場。あとに残されたのは、俺とナツさんと、どうしようもない野次馬連中だ。
 くそ、どうせならこの野次馬たちも連れ去ってくれたらよかったのに。
 とはいえ、痴話げんかはもう終わったのだ。このまま放っておけば、彼らも勝手に解散するだろう。チラチラ向けられる視線は鬱陶しいけれど、ここを黙ってやり過ごしさえすれば──

「青野のバカ──!」

 ダメだ、やり過ごせなかった。ナツさんが、空気を読まずに俺にボディアタックを決めてきた。

「ひどい、さっきの何!? なんでオレのこと助けてくれなかったの!」
「いや、俺、助けましたよね?」

 だから今、こうやって見世物にされているんですけど。
 一度は去りかけた野次馬たちが、再び好奇心もあらわに戻ってくる。どうやら、今度は俺とナツさんの痴話げんかを期待しているようだ。

(ダメだ、乗るな。絶対相手にするな)

 ここは「無」だ。心を空っぽにしろ。
 でも、これははじまりにすぎなかった。あの、いかにもヤバそうな女子生徒が、このまま引き下がるはずがなかったのである。
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