たかが、恋

水野七緒

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第1話

2・うんざり

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 図書室を出たあとも、なかくんは「なあなあ」と私にまとわりついてきた。

「さっきのあの子、なんで泣いてたの? 遅刻? 掃除さぼった? 教室でパス練して窓ガラス割った?」

 それ、ぜんぶ間中くんのことじゃん──というつっこみは心のなかだけにして、私は早足で教室へと向かう。もちろん、うるさいクラスメイトを振り切るため。なのに、間中くんはよゆうでついてくる。
 悔しい。腹立たしい。
 でも、身長差だけはどうにもならない。
 私、153センチ。
 間中くん、170センチくらい。
 これじゃ振りきりたくても振りきれないのは当然だ。

「着いたー! じま、宿題!」
「貸すなんて言ってない」
「ええっ、なんでだよ!? 佐島、絶対やってきてるだろ?」

 そのとおり。
 でも、だからといって貸さなければいけない義理はない。

「そもそも間中くん、なんで宿題が出るかわかってる?」

 授業内容の復習のためだよ?
 学んだことを、もう一度頭にたたき込むためのものだよ? 

「なのに人のノートを写すとか、それじゃ宿題の意味がぜんぜん──」
「わかったわかった、わかったから!」

 間中くんは、私の言葉を雑にさえぎると、パチンと音をたてて両手を合わせた。

「次からはちゃんとやってくる! だから今日だけおねがいします、佐島様!」
「……それ、先週も言ってたよね」

 嫌味を言いつつも、机のなかから数学のノートを取りだす。
 こんなの、絶対間中くんのためにならないけど、もう知らない。次のテストで痛い目にあえばいいんだ。

「授業がはじまる前に必ず返して」
「わかった! ソッコー写してソッコー返す!」

 ノートを受け取るなり、間中くんはビュンッと席に戻った。
 ああ、やっと静かになった。早く次の授業の予習をしないと──

「どうしよう……やま先輩、超かっこいいんですけど」
「手ふったら気づいてくれるかな?」
「ふっちゃう? 思いきってふっちゃう?」

 ──またもや雑音。今度は、後ろの席の女子たちだ。
 話題の中心は、中庭にいる3年生のこと。体育祭で応援団長をやっていた人だから、顔だけはなんとなく覚えている。

(バカみたい)

 そんなに手を振りたいなら振ればいいのに、なんでさっさと実行にうつさないんだろう。こっそりため息をついて、開いたばかりの教科書に目を向ける。
 でも、ひそひそ声って案外よく聞こえるものだ。

「山根先輩、カノジョいるって噂だよ?」
「あ、聞いたことある。バレー部の部長でしょ」
「えっ、私は吹奏楽部の池沢いけざわさんって聞いたけど……」

 それはない──とつっこんでしまうあたり、やっぱり予習に集中できていないらしい。
 ああ、もううんざり。他人の噂話なんてどうだっていいのに。

(しかも、みんな恋愛のことばかり)

 小学生のころから、ずっと思ってた。
 みんな、恋愛話が好きすぎ。
 恋愛のことで悩みすぎ。
 でも、彼女たちなんてまだマシなほう。
 だって、我が家にはもっと厄介な「恋愛モンスター」がいる。
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