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第1話

6・1週間前の話(その5)

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 2年ぶりにあがった大賀の家は、あいかわらずだだっ広くて、空気がひんやりとしていた。

「誰もいないのか?」
「ああ。両親は別荘で暮らしている」
「『別荘』って……」

 サラッとすごいことを言うよな、こいつ。ふつうの家はそんなもん持っていないんだぞ。
 けど、俺よりおしゃべりな神森がつっこまないあたり、こいつらにとっては当たり前のことなんだろう。やべぇ、住む世界の違いをまざまざと見せつけられたような気分。もっとも神様がどうのこうのって時点で、こいつらとは生きている世界自体が違う気もするけれど。
 居間には、見覚えのあるテーブルが置いてあった。懐かしいな、前に来たときは皆でここを囲んで遅くまでお喋りしていたっけ。

「尊くん、緑茶おねがい」
「いつものでいいのか」
「もちろん」

 大賀は、のそのそと居間を出ていく。

「すげぇな……神様がお茶を淹れてくれんのかよ」
「淹れないよ。ペットボトルの緑茶を、レンジでチンするだけ」
「は?」
「薄々気づいているかもだけど、尊くん、料理もダメなんだよね。それも壊滅的に」

 マジか……まあ、それほど驚きはしないけど。

「ちなみに掃除や洗濯よりも?」
「そっちのほうがぜんぜんマシだよ。高校時代、叶斗くんがさんざん叩き込んでくれたおかげでね」
「俺だけじゃねーけどな。新島にいじまとかのほうが、あいつの世話をやいていたんじゃねーの」
「そうかも……友成ともなりくん、女房役だったし。ただ料理はねぇ」

 俺も大賀も神森も寮生だったから、掃除と洗濯は最低限できる。このふたつは、自分たちでやらなければいけない寮生必須のスキルだったからだ。
 一方、ごはんは何もしなくてもありつける。つまり、寮生活において料理のスキルは必ずしも求められてはいない。俺自身、台所に立つようになったのは一人暮らしをはじめてからだ。大賀の料理の腕が壊滅的なのも、べつにおかしなことではないだろう。

「まあ、今の尊くんは朝ごはんを食べられれば問題ないから。毎日一食だけ作ってあげてね」
「おう──」

 って、ちょっと待て。
 なんで、あいつの面倒を見るのが確定事項になっているんだ?

「え、でも、さすがに納得したよね? 尊くんが神様だって」
「それはした。尻尾が本物なのもわかった。けど、面倒を見るかは別の話だろ。俺はまだOKを出してはいねぇ」

 俺の主張に、神森は「んー」と顔をしかめた。

「でも、ほら! 叶斗くんち、この家並みに広いし!」
「こんなに広くねぇよ。うちはただの古い一軒家だ」

 ちなみに、俺が今住んでいるのは、かつて母方の祖父母が暮らしていた家だ。ふたりとも高齢なので3年前から伯父さんちで暮らしているんだけど、家って人が住んでいないとどんどんダメになっちまうらしいので、今は俺が住まわせてもらっているってわけだ。

「いいじゃん、空き部屋とかあるでしょ」
「そりゃ、あるにはあるけど……」
「だったら問題なし! はい、決定!」
「いや、だから……」

 なんとか理由をつけて断ろうとする俺に、神森は「えー」と唇をとがらせた。

「ねぇ、なんで? なんでダメなの?」
「それは……他人と暮らすとか落ち着かねぇし」
「でも、友達じゃん。元チームメイトじゃん」
「そうだけど、俺、今、大学とバイトでめちゃくちゃ忙しいし」
「ああ──この間の飲み会もそれで来られなかったよね」

 そうなんだよ!
 だったら、わかるだろ? 大賀の世話なんて無理ってことくらい。
 なのに、神森は引き下がらない。

「そこをなんとか!」
「無理だって」
「でも、たった1ヶ月だけだし」
「『たった』じゃねぇよ、長ぇよ!」
「そんなことないよ、あっという間だって! それに、それにさ……」

 神森は、勢いあまったように俺の手を握りしめた。

「叶斗くんと尊くん、元ピッチャー仲間じゃん!」
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