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第3話

5・高校時代の思い出(その3)

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 俺たちの代の新入部員は45人。けれども、夏の県予選が始まるころには30人にまで減っていた。もっとも先輩たちはさらに減るだろうと踏んでいて「1~2年生で20人残ればいいほうでは?」と当時噂していたらしい。
 特に、投手希望者はどんどん減っていった。ポジション替えを希望したやつはまだマシなほうで、大賀や監督に恨み言を吐きながら辞めていったやつも少なからず存在した。中には「若井さぁ、どうせ3年間無駄にするだけだぞ」とよけいな忠告までしてくれたやつもいた。
 でも、俺は他のポジションに興味がなかった。どうしてもピッチャーとして試合に出たかった。
 なので、ただただ練習に打ち込んだ。キツい日々だった。それでも努力を怠ることだけはしたくはなかった。
 ようやくチャンスが訪れたのは、県予選を目前に控えた合宿のときだ。
 監督の指示で、1年生の投手希望者がひとりずつマウンドで投げさせてもらえることになった。今までブルペンにすら入れなかった身からすれば、これほど大きなチャンスはない。
 投手希望者は10人いて、俺は6番目に投げることになった。
 順番が近づくにつれ、胸が高鳴った。
 頑張ろう。頑張って「俺はできる」ってことを知ってもらおう。
 5番目のやつが、マウンドに立った。
 さあ、次だ──期待に胸をふくらませていたそのとき、3年生の女子マネージャーが監督のもとにやってきた。なんでも人出が足りなくて、昼食用のおにぎり作りが間に合わないらしい。

「そうか。じゃあ……」

 監督は、俺をふくめた「残り5人」の投手希望者に目を向けた。

「そこの5人、マネージャーを手伝ってこい」

 なんで? 俺たち、まだマウンドにあがっていないよな?
 やっと監督にピッチングを見てもらえる機会──なのに「行け」と命じたのはその監督だ。
 それでなんとなく察してしまった。俺や他のヤツらにとって、これは「大事な機会」──だけど、監督にとってはそれほど重要な時間ではなかったんだ。

(しかも「そこの5人」って……)

 俺らは、名前すら覚えてもらっていない。
 それが現実。それが、選ばれたやつと俺らの差。
 結局、その日の午前中の練習ではおにぎり作り以外の雑用も手伝わされ、皆のもとに戻ってきたのはレギュラー陣がほぼ昼食を食べ終えたころだった。

「おつかれさん」
「マネージャーの手伝い大変だっただろ」
「おにぎりうまかったぞ」

 ねぎらいの言葉が空しく響く。だって「おにぎりうまい」って言われて、なにをどう喜べばいいんだ?
 席についてふと顔をあげると、斜め前の席で大賀が大口をあけておにぎりを頬張っていた。

(あれ、俺が握ったやつだ)

 焼き海苔の巻き方ですぐにわかる。今、大賀が食っているのは、1時間前の俺がつくったもの。
 ジリジリと胸が焦げた。
 怒り、嫉妬、憤り──様々な負の感情が芽生えて、今にも大賀に向かいそうだ。
 それが嫌で、俺は極力あいつを見ないようにした。
 おにぎりを「作る側」と「食べる側」──その線引きを、意地でも認めたくなかったから。
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