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第4話

5・真夜中の手当(その2)

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 かつて剛速球を投げていたデカい手を、大賀は俺の火傷痕にかざした。

「ふえっ!?」

 淡い光が、俺の手を包み込む。

「な、なんだよこれ、手品か!?」
「手品じゃない。『加護』だ」

 大賀はそう繰り返したけど、俺にはまるでピンとこない。
 いや、いちおう「ご加護」とかの「加護」ってことくらいはわかってるけど、それが具体的にどういう効果を発揮するのか理解できないっていうか。

(ああ、けど……)

 この光は、あたたかい。
 人肌のような温みがあって、ささくれだっていた気持ちが緩んでしまう。
 強ばっていた身体から、少しずつ力が抜けていく。
 そっか、俺、ずっと背中を丸めていたんだ。
 そりゃそうだ。だって、すげー痛かったもん。でも「我慢しないと」ってずっと耐えてて──それじゃ、背中も丸くなっちまうよな。

「……こんなところか」

 大賀の手から、光が消えた。
 結果、俺の火傷のあとはどうなったかというと──

「痛ぇ」
「うん?」
「さっきと全然変わらねぇ!」
「治癒はできないと伝えたはずだ」
「じゃあ、なんだよ、さっきのそれっぽい光は!」
「何度も言っているだろう。『加護』だ」
「だから『加護』って……」
「護符やお守りのようなものだ」
「具体的な効能は?」
「右手を痛める機会が少しばかり減る」
「……なるほど」

 もちろん、それはそれで有り難いけどさ。俺としては、もっと即効性のある「何か」を求めていたんだよ。

「痛みが軽くなるとか、傷口がちょっと良くなるとか」
「だったら病院に行け」
「マジレスすんな」
「自然のことわりを大きく変えるのは御法度だ。変えると必ず反動がくる」

 あくまで淡々としていた大賀の声。
 後から思い返せば、これはけっこう重要な指摘だったんだけど、そのときの俺は痛みと疲れで「ハイハイ」と雑に聞き流してしまった。
 だって、こいつの言うことはいつも「正論」だ。疲れているときの正論ほど、心に響かないものはない。

(まあ、いいや)

 火傷の痕はともかく、全身の疲れが少しばかり軽減されたのは、間違いなくこいつのおかげだ。

「ご加護、ありがとな」
「薬は塗らないのか?」
「部屋で塗る。で、保冷剤で冷やしながら寝る」

 タオルを1枚取って、今度こそ洗面所を後にする。
 台所に向かう途中であくびが出た。ああ、いい感じに眠たい。これも「ご加護」とやらのおかげかな。
 もう一度、あくびをしながら台所に入った。
 その間、一度も振り向かなかったから、大賀がどんな顔で俺を見送っていたのか、俺は知るよしもなかった。
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