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第4話

6・朝寝坊

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 大賀のご加護のおかげか、単にピークが過ぎただけなのか。朝起きると、火傷の痛みはだいぶ感じなくなっていた。動かすと、ちょっと引き攣れて痛む程度。これなら絆創膏も必要なさそうだ。
 ──と、それだけなら喜んでいられたんだけど、まさかの寝坊をしちまった。
 どうすんだよ、朝イチの講義の教授、めちゃくちゃ出欠に厳しいのに。

「悪い、大賀! 今日はカップ麺で我慢してくれ」

 スニーカーに足をつっこむと、俺は早口で詫びを入れた。

「わかった。どこにある?」
「台所の左下の棚の中。どれでも、お前の好きなのを食っていいから!」
「そうか」
「明日の朝飯は豪華なのを作る! マジで、ほんとごめん!」
「構わない。それより火傷の痕はどうだ?」
「もう大丈夫。お前のご加護が効いたのかもな」

 ほら、と指を見せると、大賀の尻尾がパタンと揺れた。
 顔は無表情なままだけど、いちおう納得してくれたのかな。気にしていると思わなかったから、ちょっと驚いていたりして。

「じゃあ、行ってくる!」
「帰りは……」
「昨日と同じくらい! クローズ作業が早く終われば、一本早い電車で帰れるかも!」
「つまりバイトがあるということだな」

 なぜ、大賀がわざわざそんなことを言ったのか、そのときの俺には理解できなかった。というか、疑問に思うほどの余裕がなかった。だって、今すぐダッシュしないと講義に間に合いそうになかったから。
 というわけで、家を出たあとは、ひたすら駅まで全速力。おかげで、なんとかギリギリ教室に滑り込むことができた。

「おはよう。めずらしいな、若井が遅刻すんの」
「昨日寝るのが遅くてさ。間に合ってよかった」
「じゃあ、朝飯抜きか」

 友人に指摘されて、初めて自分が空腹を感じていないことに気がついた。

「どうした?」
「ああ、いや……」

 そういえば、大賀には朝飯の指示を出したけど、自分の分についてはまったく考えていなかった。必要とさえ思っていなかった。

(いや、でも……ぜんぜん腹減ってねぇし)

 これも大賀の「ご加護」のおかげか? そんな効能があるなんて聞いてないんだけど。
 薄い不安を覚えながらも腹をさすっていると、教室の前のドアが開いた。
時間に厳しい教授のお出ましだ。
 出席カードがきっちり人数分配られ、すぐに講義がはじまった。必死にノートを取っているうちに、自分の腹事情のことはすっかり頭から消えてしまっていた。
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