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第4話
7・さて、バイトの時間
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そんなわけだから、この日の昼飯も特に量を増やすことなく済ませてしまった。だって、マジで腹が減らないんだ。自分でも不思議に思うくらい。そのくせ、全身はなんとなく怠くて、気分もいまいちすっきりしない。
結局、昼飯は軽めに、夕方の腹ごしらえも今日はナシで、俺はバイトに入ることにした。
「おつかれ。若井はドリンクに入って」
「了解っす」
ドリンク担当の子はもうあがりなので、まずは現在のオーダーを確認する。
飲み物のオーダー待ちはなし。フードが1件、お客さんの座席まで運ばなければいけないやつだ。
(ツナチーズサンド──あ、もうブラウナーに入ってんのか)
アラームが鳴り、トングでツナチーズサンドを取り出す。ちょっと緊張したのは、まさに昨日このタイミングで火傷をしたからだ。
でも、すぐに大賀の「ご加護」のことを思い出した。たしか「右手を痛める機会が少し減る」だっけ。
(「少し」ってどれくらいだよ、ったく)
昨夜ちゃんと聞いておけばよかったな、なんて思いながら真っ白な皿に熱々のツナチーズサンドをセットした。
「フードの提供おねがい!」
皿を持って洗い場に顔を出した。うちの店では、フードやドリンクを運ぶのは、洗浄担当が引き受けることになっている。
ところが、洗い物をしているはずの担当者の姿がない。
「あれ、洗浄担当は?」
「ああ……たしか4番だったはず」
「マジか」
4番──「トイレ休憩中」ということは、提供作業をバックヤードにいる誰かに頼むか、自分で引き受けなければいけない。
バックヤードの扉は閉められたまま、中からは坂沼さんの笑い声が聞こえてくる。どうせ、またお気に入りの動画サイトでも観ているんだろう。
(さすがに、頼んでもいいよな)
ドリンク担当者が提供作業を行うのは、よほど人がいないときだけ。バックヤードにいる人間に頼むのが当たり前だ。
中にいるのが店長なら、俺だってためらうことなくそうしていた。
(でも、今いるのは……)
俺はドアの前に立った。
また、坂沼さんの笑い声が聞こえてきた。
(言え。「提供おねがいします」って言え)
それは当然のこと。
俺は、なにも間違っていない。
なのに、どうしてもノックすることができない。右手の火傷痕が、またジクジクと痛んだような気がした。
レジ担当の先輩が「若井、提供は?」と声をかけてきた。
「すみません、すぐ行ってきます!」
結局、俺は自分でフードを運ぶことにした。幸い、今はお客さんが途切れている。すぐに戻ってくれば問題ないだろう。
店内は、今日もほぼほぼ座席が埋まっていた。あちらからもこちらからも聞こえてくる、楽しそうな会話。その一方で、ワイヤレスイヤホンを耳に突っ込んで、ひとり勉強している学生の姿もけっこう目につく。
俺は、それぞれの座席を順番に確認した。
困ったことに、緑色の提供札はなかなか見つからなかった。こういうとき、気の利くお客さんは、店員に見えやすい位置に札を置いてくれるんだけどな。
(──見つけた、あの席か)
窓に面した一人用のカウンター席。デカそうな男の身体に隠れるように、緑の提供札がチラリと見えた。
くそ、そんな身体で隠すようなことをするなよ。いったいなんの嫌がらせだ?
軽く苛立ったものの、もちろん顔に出すことはない。俺は「バイト用の顔」でお客さんのもとに赴いた。
「お待たせいたしました、ツナチーズサンドです」
「ああ」
振り向いた男の顔を確認したとたん、危うく大声をあげそうになった。
だって──だって同居人が、カウンター席でシレッとコーヒーを飲んでいたんだ。
結局、昼飯は軽めに、夕方の腹ごしらえも今日はナシで、俺はバイトに入ることにした。
「おつかれ。若井はドリンクに入って」
「了解っす」
ドリンク担当の子はもうあがりなので、まずは現在のオーダーを確認する。
飲み物のオーダー待ちはなし。フードが1件、お客さんの座席まで運ばなければいけないやつだ。
(ツナチーズサンド──あ、もうブラウナーに入ってんのか)
アラームが鳴り、トングでツナチーズサンドを取り出す。ちょっと緊張したのは、まさに昨日このタイミングで火傷をしたからだ。
でも、すぐに大賀の「ご加護」のことを思い出した。たしか「右手を痛める機会が少し減る」だっけ。
(「少し」ってどれくらいだよ、ったく)
昨夜ちゃんと聞いておけばよかったな、なんて思いながら真っ白な皿に熱々のツナチーズサンドをセットした。
「フードの提供おねがい!」
皿を持って洗い場に顔を出した。うちの店では、フードやドリンクを運ぶのは、洗浄担当が引き受けることになっている。
ところが、洗い物をしているはずの担当者の姿がない。
「あれ、洗浄担当は?」
「ああ……たしか4番だったはず」
「マジか」
4番──「トイレ休憩中」ということは、提供作業をバックヤードにいる誰かに頼むか、自分で引き受けなければいけない。
バックヤードの扉は閉められたまま、中からは坂沼さんの笑い声が聞こえてくる。どうせ、またお気に入りの動画サイトでも観ているんだろう。
(さすがに、頼んでもいいよな)
ドリンク担当者が提供作業を行うのは、よほど人がいないときだけ。バックヤードにいる人間に頼むのが当たり前だ。
中にいるのが店長なら、俺だってためらうことなくそうしていた。
(でも、今いるのは……)
俺はドアの前に立った。
また、坂沼さんの笑い声が聞こえてきた。
(言え。「提供おねがいします」って言え)
それは当然のこと。
俺は、なにも間違っていない。
なのに、どうしてもノックすることができない。右手の火傷痕が、またジクジクと痛んだような気がした。
レジ担当の先輩が「若井、提供は?」と声をかけてきた。
「すみません、すぐ行ってきます!」
結局、俺は自分でフードを運ぶことにした。幸い、今はお客さんが途切れている。すぐに戻ってくれば問題ないだろう。
店内は、今日もほぼほぼ座席が埋まっていた。あちらからもこちらからも聞こえてくる、楽しそうな会話。その一方で、ワイヤレスイヤホンを耳に突っ込んで、ひとり勉強している学生の姿もけっこう目につく。
俺は、それぞれの座席を順番に確認した。
困ったことに、緑色の提供札はなかなか見つからなかった。こういうとき、気の利くお客さんは、店員に見えやすい位置に札を置いてくれるんだけどな。
(──見つけた、あの席か)
窓に面した一人用のカウンター席。デカそうな男の身体に隠れるように、緑の提供札がチラリと見えた。
くそ、そんな身体で隠すようなことをするなよ。いったいなんの嫌がらせだ?
軽く苛立ったものの、もちろん顔に出すことはない。俺は「バイト用の顔」でお客さんのもとに赴いた。
「お待たせいたしました、ツナチーズサンドです」
「ああ」
振り向いた男の顔を確認したとたん、危うく大声をあげそうになった。
だって──だって同居人が、カウンター席でシレッとコーヒーを飲んでいたんだ。
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