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第4話
8・神様、ご来店(その1)
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バイト用に取り繕っていた顔は、たぶんすっかり崩れてしまっていただろう。
「おまっ……お前、なんでここにいるんだよ!?」
大賀にしか聞こえない声で問いただす。
けれども、ヤツは怪訝そうに首を傾げるばかり。
「『なんで』とは?」
「いや、だってここ俺のバイト先……」
「お前のバイト先に来てはいけないのか?」
「そうじゃねぇけど!」
来る前にひと声かけてくれというか。
心の準備をさせてくれというか。
「とにかく、今度から事前に一報入れろ!」
「そうか。善処する」
「政治家みたいなこと言ってんじゃねぇ!」
ここが自宅なら、すかさず蹴りを入れているところだ。
ったく、鋼のメンタル野郎め。
そんな俺の舌打ちなんて気にする様子もなく、大賀はコーヒーをすすり、熱々のチーズサンドにかじりついている。
あいかわらずの無表情。
しかも、当然今は尻尾が隠れたままだ。
「……うまいか?」
俺の問いかけに、大賀は少し黙り込んだ。
「悪くはない。ただ家で食ったほうがうまい」
「……は?」
「ここは場が悪い。空気が濁っている」
どういうことだ?
濁ってる? この店の空気が?
「淀んだ空気は食事に影響する。持ち帰って、家で食った方がうまい」
「……だったら次からはテイクアウトしろよ」
つい声のトーンが低くなっちまったのは、この店をけなされた気がしたからだ。
いろいろ問題はあるけど、このカフェ自体は、俺は好きだ。一部、気の合わない人がいるだけで、いい店だと思っている。
(なのになんだよ、「場が悪い」って)
けれども、やはり大賀が俺の苛立ちに気づいた様子はない。
背筋をピシッとのばしたまま、今度はレジカウンターに目を向ける。
「ここで働いているのは、全員学生なのか?」
「全員ではないけど、一番多いのは学生だな」
「責任者も学生か?」
「まさか。店の責任者は店長だよ」
「店長がいないときは?」
「本社から来る担当社員」
ぜんぜん仕事しない人だけど、って呟きは胸の内に閉まっておく。
大賀は「なるほど」と呟くと、再びツナチーズサンドにかじりついた。
けっこうな大口で食っているのに、不思議と大賀の食べ方は汚く見えない。むしろ品すら感じられる。「神様」ってバイアスがかかっているせいかもしれないけど、しつけのおかげかなって気もしないでもない。
ほんと、ちゃんとしてるもんな、お前。高校のころから、間違いのない正しい道を歩んでいる感じ。
「戻らなくてもいいのか?」
「いや、もう戻る」
じゃあな、と告げて再びドリンクカウンターに入る。提供札をレジに戻したところで、洗浄担当の子が顔を覗かせた。
「すみませんでした。提供やってもらったみたいで」
「いいって。4番なら仕方ないだろ」
彼女の場合、サボり目的じゃないわけだし。誰かさんと違って。
バックヤードからは、あいかわらず笑い声が聞こえてくる。すごいよな、もはやサボっているのを隠しもしないなんて。
苛立ち、憤り、不快感。
ああ、嫌だ。こんな状況、いつまで続くんだろう。
鬱々とした気持ちに取り込まれそうになって、俺は慌てて頭を振った。今は仕事中だ。個人的なことを考えている場合じゃない。
ちょうどカフェラテのオーダーが入ったので、俺はピッチャーを手に取った。
牛乳を注ぎながら、ちらりと大賀に目を向けた。
あいかわらず、ちゃんとまっすぐな後ろ姿。あいつが背中を丸めることなんてあるのかな。
──まあ、あるか。電子レンジで牛乳を爆発させたときとか。
先日の出来事を思い出して、小さく笑う。そのタイミングで、カウンター席にいた大賀が無表情のまま振り向いた。
(うわっ)
やべぇ、ジロジロ見すぎたか?
慌てて視線を逸らしたけど、たぶん見てたのバレたよな。
内心焦りつつも、俺は黙々と作業を進める。
ああ、くそ、まだ見られている気がする。
だからってわざわざ顔をあげて確かめる度胸はない。
(嫌だ、嫌だ)
なんだろうな、このこそばゆさ。
知り合いに、仕事ぶりを見られているからか?
それとも、相手が大賀だからか?
(なんか授業参観っぽいっていうか)
見学者は父兄じゃないけど。
元チームメイトの神様だけど。
これ以上、気疲れしたくねぇなぁ、なんて思いながら俺は出来たてのショットをカップに落とした。
けど、こういうときに限って気疲れする出来事は続くらしい。
「おまっ……お前、なんでここにいるんだよ!?」
大賀にしか聞こえない声で問いただす。
けれども、ヤツは怪訝そうに首を傾げるばかり。
「『なんで』とは?」
「いや、だってここ俺のバイト先……」
「お前のバイト先に来てはいけないのか?」
「そうじゃねぇけど!」
来る前にひと声かけてくれというか。
心の準備をさせてくれというか。
「とにかく、今度から事前に一報入れろ!」
「そうか。善処する」
「政治家みたいなこと言ってんじゃねぇ!」
ここが自宅なら、すかさず蹴りを入れているところだ。
ったく、鋼のメンタル野郎め。
そんな俺の舌打ちなんて気にする様子もなく、大賀はコーヒーをすすり、熱々のチーズサンドにかじりついている。
あいかわらずの無表情。
しかも、当然今は尻尾が隠れたままだ。
「……うまいか?」
俺の問いかけに、大賀は少し黙り込んだ。
「悪くはない。ただ家で食ったほうがうまい」
「……は?」
「ここは場が悪い。空気が濁っている」
どういうことだ?
濁ってる? この店の空気が?
「淀んだ空気は食事に影響する。持ち帰って、家で食った方がうまい」
「……だったら次からはテイクアウトしろよ」
つい声のトーンが低くなっちまったのは、この店をけなされた気がしたからだ。
いろいろ問題はあるけど、このカフェ自体は、俺は好きだ。一部、気の合わない人がいるだけで、いい店だと思っている。
(なのになんだよ、「場が悪い」って)
けれども、やはり大賀が俺の苛立ちに気づいた様子はない。
背筋をピシッとのばしたまま、今度はレジカウンターに目を向ける。
「ここで働いているのは、全員学生なのか?」
「全員ではないけど、一番多いのは学生だな」
「責任者も学生か?」
「まさか。店の責任者は店長だよ」
「店長がいないときは?」
「本社から来る担当社員」
ぜんぜん仕事しない人だけど、って呟きは胸の内に閉まっておく。
大賀は「なるほど」と呟くと、再びツナチーズサンドにかじりついた。
けっこうな大口で食っているのに、不思議と大賀の食べ方は汚く見えない。むしろ品すら感じられる。「神様」ってバイアスがかかっているせいかもしれないけど、しつけのおかげかなって気もしないでもない。
ほんと、ちゃんとしてるもんな、お前。高校のころから、間違いのない正しい道を歩んでいる感じ。
「戻らなくてもいいのか?」
「いや、もう戻る」
じゃあな、と告げて再びドリンクカウンターに入る。提供札をレジに戻したところで、洗浄担当の子が顔を覗かせた。
「すみませんでした。提供やってもらったみたいで」
「いいって。4番なら仕方ないだろ」
彼女の場合、サボり目的じゃないわけだし。誰かさんと違って。
バックヤードからは、あいかわらず笑い声が聞こえてくる。すごいよな、もはやサボっているのを隠しもしないなんて。
苛立ち、憤り、不快感。
ああ、嫌だ。こんな状況、いつまで続くんだろう。
鬱々とした気持ちに取り込まれそうになって、俺は慌てて頭を振った。今は仕事中だ。個人的なことを考えている場合じゃない。
ちょうどカフェラテのオーダーが入ったので、俺はピッチャーを手に取った。
牛乳を注ぎながら、ちらりと大賀に目を向けた。
あいかわらず、ちゃんとまっすぐな後ろ姿。あいつが背中を丸めることなんてあるのかな。
──まあ、あるか。電子レンジで牛乳を爆発させたときとか。
先日の出来事を思い出して、小さく笑う。そのタイミングで、カウンター席にいた大賀が無表情のまま振り向いた。
(うわっ)
やべぇ、ジロジロ見すぎたか?
慌てて視線を逸らしたけど、たぶん見てたのバレたよな。
内心焦りつつも、俺は黙々と作業を進める。
ああ、くそ、まだ見られている気がする。
だからってわざわざ顔をあげて確かめる度胸はない。
(嫌だ、嫌だ)
なんだろうな、このこそばゆさ。
知り合いに、仕事ぶりを見られているからか?
それとも、相手が大賀だからか?
(なんか授業参観っぽいっていうか)
見学者は父兄じゃないけど。
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これ以上、気疲れしたくねぇなぁ、なんて思いながら俺は出来たてのショットをカップに落とした。
けど、こういうときに限って気疲れする出来事は続くらしい。
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