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第4話
9・神様、ご来店(その2)
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数時間後。この日の閉店業務をすべて終え、他のバイト仲間たちと店を出ようとしていたときだった。
「若井くーん、ちょっといい?」
背後からかけられた、ねっとりとした声。
ああ、これ絶対に面倒くさそうなヤツだ。薄い笑みを浮かべる坂沼さんを見て、俺はバイト仲間に「先に帰って」と伝えた。
だって、長くなりそうだったし。この人にネチネチ言われているところ、あまり見られたくなかったし。
「あ……じゃあ、お先」と皆が出て行ったのを確認して、俺は坂沼さんに向きなおった。
「なんっすか」
「これなんだけどさぁ」
坂沼さんが突きつけてきたのは、備品の在庫表だ。
「見て。ここ。最近トイレットペーパーだけすごく減りが早いよね?」
「はぁ……」
「どう思う?」
「どうって……」
そんなこと言われても「そうっすか」としか答えようがない。
俺は大量にトイレットペーパーを使ったりはしないし、そもそも在庫管理を担当していない。
なのに、坂沼さんは「えーわからない?」と芝居がかったように肩をすくめてみせた。
「俺、優しいから遠回しに訊いてあげてるんだけど」
「はぁ……何をっすか?」
「と・う・な・ん」
かさついた唇が、わざとらしく動いた。
「あのさぁ、学生さんにはわからないかもしれないけど。お店の備品を持ち帰るの、盗難なんだよねぇ」
「いや、それくらいわかってますけど」
「え、じゃあ、認めるんだ? 自分が盗んだって」
──はぁっ!?
「いや、俺、持ち帰ったりしてませんけど!」
「でも、減りが早いのっていつも若井くんが出勤してる日なんだよねぇ」
「そんなの──」
ただの偶然、もしくは確率の問題だ。ここのところ、俺は他のバイトよりも多めにシフトに入っている。ということは、トイレットペーパーの減りが早い日と重なることも多い。ただ単にそれだけのことじゃないか。
俺の訴えに、坂沼さんはまたもや「うーん」と肩をすくめてみせた。
「そういう問題じゃないんだよねぇ」
じゃあ、どういう問題だよ!
そんな言葉が、喉元まででかかった。
なのにギリギリのところで飲み込んだのは、この数ヶ月間、この人にさんざんなめに合わされてきたからだ。
怒りをぶつけてやりたい。
でも、ぶつけたらさらに面倒なことになる。
俺は間違っていない。
でも、そんなのこの人には通用しない。
じゃあ、どうすればいい?
どうすれば納得してもらえる?
(納得──してくれるのか?)
この人が?
こんなクソみたいな言い掛かりをつけてくるような人が?
(ダメだ、怯むな)
ここで妥協したら、俺はやってもいない罪を着せられる。なんとか反論しなければ。そう心を奮いたたせて口を開きかけたそのとき、ドンドンッと鈍い音が割り込んできた。
誰かが、クローズ札をかけられたガラス戸を叩いている。
暗がりのなか、ぬっと立っていたその人物は──まさかの大賀尊だった。
「若井くーん、ちょっといい?」
背後からかけられた、ねっとりとした声。
ああ、これ絶対に面倒くさそうなヤツだ。薄い笑みを浮かべる坂沼さんを見て、俺はバイト仲間に「先に帰って」と伝えた。
だって、長くなりそうだったし。この人にネチネチ言われているところ、あまり見られたくなかったし。
「あ……じゃあ、お先」と皆が出て行ったのを確認して、俺は坂沼さんに向きなおった。
「なんっすか」
「これなんだけどさぁ」
坂沼さんが突きつけてきたのは、備品の在庫表だ。
「見て。ここ。最近トイレットペーパーだけすごく減りが早いよね?」
「はぁ……」
「どう思う?」
「どうって……」
そんなこと言われても「そうっすか」としか答えようがない。
俺は大量にトイレットペーパーを使ったりはしないし、そもそも在庫管理を担当していない。
なのに、坂沼さんは「えーわからない?」と芝居がかったように肩をすくめてみせた。
「俺、優しいから遠回しに訊いてあげてるんだけど」
「はぁ……何をっすか?」
「と・う・な・ん」
かさついた唇が、わざとらしく動いた。
「あのさぁ、学生さんにはわからないかもしれないけど。お店の備品を持ち帰るの、盗難なんだよねぇ」
「いや、それくらいわかってますけど」
「え、じゃあ、認めるんだ? 自分が盗んだって」
──はぁっ!?
「いや、俺、持ち帰ったりしてませんけど!」
「でも、減りが早いのっていつも若井くんが出勤してる日なんだよねぇ」
「そんなの──」
ただの偶然、もしくは確率の問題だ。ここのところ、俺は他のバイトよりも多めにシフトに入っている。ということは、トイレットペーパーの減りが早い日と重なることも多い。ただ単にそれだけのことじゃないか。
俺の訴えに、坂沼さんはまたもや「うーん」と肩をすくめてみせた。
「そういう問題じゃないんだよねぇ」
じゃあ、どういう問題だよ!
そんな言葉が、喉元まででかかった。
なのにギリギリのところで飲み込んだのは、この数ヶ月間、この人にさんざんなめに合わされてきたからだ。
怒りをぶつけてやりたい。
でも、ぶつけたらさらに面倒なことになる。
俺は間違っていない。
でも、そんなのこの人には通用しない。
じゃあ、どうすればいい?
どうすれば納得してもらえる?
(納得──してくれるのか?)
この人が?
こんなクソみたいな言い掛かりをつけてくるような人が?
(ダメだ、怯むな)
ここで妥協したら、俺はやってもいない罪を着せられる。なんとか反論しなければ。そう心を奮いたたせて口を開きかけたそのとき、ドンドンッと鈍い音が割り込んできた。
誰かが、クローズ札をかけられたガラス戸を叩いている。
暗がりのなか、ぬっと立っていたその人物は──まさかの大賀尊だった。
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