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第6話
7・モフモフ野郎とお別れ(その2)
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話? 俺に? 今更?
膝を抱えたまま、俺は無言を貫き通す。
それでも構わないと思ったのか、大賀は再び「若井」と呼びかけてきた。
「お前にもろもろ黙っていたことは謝る。すまなかった。言われたとおり、明日ここを出ていく。ただ、どうかこれだけは心に留めておいてほしい」
とん、と小さく襖が震えた。
「お前が努力家なのは知っている。不本意な状況でも決して逃げ出さず、できるかぎりのことをして、周囲から信頼を勝ち取ってきたこともよく知っている」
──なんだよ、いきなり。
ご機嫌とりなんて、お前らしくねーじゃん。
それとも、あれか?
この2ヶ月間、世話になったことへのリップサービスか?
「だが、世の中にはお前の努力を平気で踏みにじる人間がいる。お前とは正反対の、なんの努力もせず、運良く手に入れた地位を笠に着て、お前を意図的に傷つけようとするような人間だ」
心臓が嫌な音をたてた。
当然のように脳裏に浮かんだのは、バイト先の「あの人」の顔だ。
「もし、またそうした人間に傷つけられそうになったら、今度こそ信頼できる者を頼れ。それができないなら、せめて逃げろ。頼るのも逃げるのも、恥ずかしいことではない。努力は、正しく評価してくれる場所で実らせろ。俺たちが所属していた野球部のような場所で」
「うるせぇ!」
最後の一言で、つい声が出た。
だって、なんだよ、「野球部のような場所で」って!
「ふざけんなよ、この野郎!」
「ふざけてなどいない」
「じゃあ、どういう意味だよ!」
野球部時代の俺の努力の、どこが「実っていた」っていうんだ?
どんなに頑張っても、お前に勝てなかったのに?
一度も「エース」としてマウンドに立てなかったのに?
「だが、お前の努力を、監督もコーチも正しく評価していた」
「……っ、ああ、そうだよな! 『大賀尊には叶わない』って評価は、たしかに間違ってはいなかったよな」
「そうじゃない。俺が言いたいのはそういうことじゃない」
「じゃあ、どういうことだよ!」
ずっと控えの投手だった。
試合に出られたのは、ほとんど「代打」としてだった。
先発投手としてマウンドにあがれたのは数えるほどしかなかった。
それも「エースを休ませるため」という理由ばかりだった。
「むしろ無駄だったじゃねぇか、あの頃の努力なんて」
圧倒的な才能の前では、努力なんてすべて無意味だ。
そのことに、俺はもっと早く気づくべきだった。
そう、1年生のとき、ピッチングを見てもらえず「おにぎり作り」にまわされた時点で。
「まあ、お前はそんなことすら知らねぇだろうけど」
「お前がおにぎり作りをやらされたことか? それなら覚えている」
──え?
「1年の県予選前の合宿のときだろう。むしろ、お前こそ覚えていないのか? あの日、自分がなんて言ったのか」
膝を抱えたまま、俺は無言を貫き通す。
それでも構わないと思ったのか、大賀は再び「若井」と呼びかけてきた。
「お前にもろもろ黙っていたことは謝る。すまなかった。言われたとおり、明日ここを出ていく。ただ、どうかこれだけは心に留めておいてほしい」
とん、と小さく襖が震えた。
「お前が努力家なのは知っている。不本意な状況でも決して逃げ出さず、できるかぎりのことをして、周囲から信頼を勝ち取ってきたこともよく知っている」
──なんだよ、いきなり。
ご機嫌とりなんて、お前らしくねーじゃん。
それとも、あれか?
この2ヶ月間、世話になったことへのリップサービスか?
「だが、世の中にはお前の努力を平気で踏みにじる人間がいる。お前とは正反対の、なんの努力もせず、運良く手に入れた地位を笠に着て、お前を意図的に傷つけようとするような人間だ」
心臓が嫌な音をたてた。
当然のように脳裏に浮かんだのは、バイト先の「あの人」の顔だ。
「もし、またそうした人間に傷つけられそうになったら、今度こそ信頼できる者を頼れ。それができないなら、せめて逃げろ。頼るのも逃げるのも、恥ずかしいことではない。努力は、正しく評価してくれる場所で実らせろ。俺たちが所属していた野球部のような場所で」
「うるせぇ!」
最後の一言で、つい声が出た。
だって、なんだよ、「野球部のような場所で」って!
「ふざけんなよ、この野郎!」
「ふざけてなどいない」
「じゃあ、どういう意味だよ!」
野球部時代の俺の努力の、どこが「実っていた」っていうんだ?
どんなに頑張っても、お前に勝てなかったのに?
一度も「エース」としてマウンドに立てなかったのに?
「だが、お前の努力を、監督もコーチも正しく評価していた」
「……っ、ああ、そうだよな! 『大賀尊には叶わない』って評価は、たしかに間違ってはいなかったよな」
「そうじゃない。俺が言いたいのはそういうことじゃない」
「じゃあ、どういうことだよ!」
ずっと控えの投手だった。
試合に出られたのは、ほとんど「代打」としてだった。
先発投手としてマウンドにあがれたのは数えるほどしかなかった。
それも「エースを休ませるため」という理由ばかりだった。
「むしろ無駄だったじゃねぇか、あの頃の努力なんて」
圧倒的な才能の前では、努力なんてすべて無意味だ。
そのことに、俺はもっと早く気づくべきだった。
そう、1年生のとき、ピッチングを見てもらえず「おにぎり作り」にまわされた時点で。
「まあ、お前はそんなことすら知らねぇだろうけど」
「お前がおにぎり作りをやらされたことか? それなら覚えている」
──え?
「1年の県予選前の合宿のときだろう。むしろ、お前こそ覚えていないのか? あの日、自分がなんて言ったのか」
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