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第6話

6・モフモフ野郎とお別れ(その1)

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自室に閉じこもってからも、あいかわらずコートを脱ぐ気にはなれなかった。
怒りは、まだまだおさまらりそうにない。ぐつぐつと煮えたぎって、そのうち俺の心を焼き尽くしてしまいそうだ。
惨めだ。
今にも叫び出しそうになるくらい、惨めだ。
この2ヶ月間、俺はあいつの面倒を見ているつもりでいた。
毎朝ごはんを作って、最低限のやるべきことを教え込んで──最近は、ずっと料理を教えていた。あいつの「先生」になったつもりでいた。
でも、現実は違った。
サポートしていたのは、あいつのほうだった。
俺と同居し、俺を悩ませている原因を突き止め、排除するために行動に移した。あの日、閉店後の店にあいつが乗り込んできたのは偶然なんかじゃない。かなり前からそうする機会を狙っていただけなのだ。

(ああ、そうか)

今、思えば「料理を教わりたい」と言い出したのも、俺の負担を減らすためだったのかもしれない。
なのに、俺は気づかなかった。
はじめて自分があいつの上に立てたと半ば浮かれてすらいたのだ。

(最悪だ)

「友達として心配だった」というなら、直接そう伝えてほしかった。
こんなまわりくどいやり方、しないでほしかった。
けれど、そう思ったそばから神森の声がよみがえる。

──「だって叶斗かなとくん、みことくん相手だと意地を張るじゃん」

今日の帰り際、ため息まじりに指摘されたこと。

──「叶斗くんって、基本的には素直だし、他人の助言にもちゃんと耳を傾ける人だけどさぁ。尊くんにだけは別だったじゃん。素直になれないっていうか、塩対応っていうか。……まあ、その気持ちもわからなくはないけど」

わかっている。その自覚もある。
けど、そんなの仕方ないだろう?
あいつは、いろいろな意味で特別なんだ。
大賀は、俺を「友人」と言ったけど、俺のなかではそんなありふれた言葉じゃ片付かねぇ。あいつは、俺にとってもっと複雑な立ち位置なんだ。

「……若井」

引き戸の向こうで、声がした。

「若井、聞こえるか」

俺は答えない。
ただ、部屋のあかりは戸の隙間から洩れているはずだ。

「明日ここを出ていく。だから、このまま少しだけ話を聞いてほしい」
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