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第6話

9・遠い日の記憶

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2チームに分かれてゲーム形式の練習を行っていたとき。
俺の隣に、監督が並んだことがあったんだ。

『どうだ、調子は?』
『万全です。いつでも投げられます』
『お前は絶対そう答えるよなぁ』

監督は苦笑いした。
それくらい、このやりとりは最後の1年間の「お約束」になっていた。

『お前が、せめてセンターもやってくれたらな。そうすればもっと試合に出せたんだが』

監督がそう言うのも理解できる。
試合である程度点差がついて大賀を休ませようとしたとき、まず行うのは「投手もできる他ポジションの選手」とのポジションチェンジだ。
そうすれば、万が一ピンチに陥ったとき、再びポジションを変えて大賀をマウンドにあげることができる。でも、完全にベンチに下げてしまえばそれは叶わない。
だから、俺は何度も監督やコーチに「外野手もやってみないか」と言われていた。そうすればスタメン入りできるし、もっとマウンドに立てる機会も増えるぞ、と。
でも、俺の返答はいつも決まっていた。

『絶対に嫌っす。ピッチャー以外やりたくありません』
『そうだよな、お前はそういうヤツだよなぁ』

おかげで、俺は「代打」での起用ばかりで、マウンドにあがる機会は、センターをやっていたヤツよりもずっと少なかった。
それでも俺は意地を通したし、監督やコーチも俺の意思を尊重してくれた。自分たちの思いどおりにならないから、と嫌がらせをするようなことは一切なかった。
そんなの当時は当たり前だと思っていたし、今でもそう思っているけれど、世の中には自分の気に食わない人間を貶めてもいいと考える人間がいることを、今の俺はよく知っている。
そう考えれば──たしかに、俺の努力は認められていたのかもしれない。

(そうか……俺、いちおう評価されていたんだ)

あの3年間の、無駄に終わったとばかり思っていた必死の努力を、理解し、評価してくれていた人たちはちゃんといたのだ。
視界が、じわりと滲んだ。
俺は、抱えたままだった膝に顔をうずめた。
きっと今の俺は、誰にも見せられないような顔をしているに違いなかった。
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