学科魔法士の迷宮冒険記(最終版)

九語 夢彦

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2章 魔法士

2章-5:マヒコとコズエ、所長代理からの依頼紹介

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 ポマコンの通信相手である女性の姿が平面映像に映り、命彦に気付いて手を振る。
『その日常用にかけて不通だったから、迷宮用にかけたのよ? せめて日常用は常に持ち歩いて欲しいわ。まあ、閉め切ってる状態の工房内にいたら電波も結界魔法に弾かれて無意味だし、今は連絡が着いたから別にいいけどね……あ、ようやく顔が見えるわっ! どうかしら、こっちの様子は見えてる?』
 椅子に座っていた女性が立ち上がり、自分の全身像と周囲の様子を見せるように、映像を動かした。
 神樹かみきこずえ、命彦の姉の親友であり、幼い頃から魂斬家に出入りしている、命彦が最も貸しを作っている女性であった。
 柔和にゅうわでのんびりした顔付きに、眠そうに見える眼差し。首筋が隠れる程度まで伸びた栗色の髪と、出る所は出つつも締まる所は締まった姿を持つ、たおやかに見える美しい女性。
 日頃は抜けているが不思議と決める時は決める、今年で19歳の美女が、こずえであった。
 梢が映る平面映像を見て、命彦が不意にいぶかしむ。
「ああ、見えてるよ。梢さん……いつもの受付の席にいねえの? そこって依頼所の所長室だろ? もしかして、所長室の空間投影装置を経由して、俺のポマコンに連絡してる?」
『あたりー。今の私はイチ従業員を遥かに超える立場、所長代理という地位にいるのよ! うふふ、恐れ入ったかしら? 実は昨日の夜から、母さんが都市魔法士管理局とずぅっと会議しててね? 今もウチのお店を空けてるから、私が代理としてここを任されたのよ。所長代理の私が困るということは、つまり、ウチの依頼所が困るということっ!』
「あのねぇ、偉そうにドヤ顔で言うことかよ、それ」
 困っていますと声高に宣言する梢を見て、命彦は呆れた様子で肩をすくめた。

 日本では、魔法を身に付けた者全てが、特殊技能者権利義務規定法という法律によって、迷宮に隣接した1種の要塞都市である、迷宮防衛都市に集住させられる。
 勿論、学科魔法士も迷宮防衛都市で生活することが義務付けられており、この迷宮防衛都市で暮らす魔法士達は、軍や警察の魔法士部隊に所属する者、また、防衛都市内の企業や研究所に雇用された者達を除き、全員が、防衛都市ごとに魔法士関連の仕事を集積して個々に斡旋する、依頼所という専門業務委託組織に所属していた。
 国からも色々と補助を受けているが、基本的に民間の組織であるこの依頼所へ、自分の学科魔法士としての個人情報を登録して所属籍を持てば、依頼所に舞い込む多種多様の魔法士用の仕事、依頼が紹介されて、魔法士は依頼報酬という収入を得られるわけである。
 依頼を出した時点で、仕事を頼んだ依頼主からあらかじめ依頼所へと報酬が預託よたくされており、依頼を達成すれば確実に報酬が手に入るという、報酬の保障も受けられるため、依頼主の突然の蒸発による魔法士のタダ働きといった、不足の事態の発生も防げた。
 自分の持つ魔法技能を頼りに、立場的にはほとんど自営業者として生きている多くの一般の学科魔法士にとって、依頼所は自分達の収入を守ってくれる、一種の互助組織でもあったのである。
 その依頼所内で、魔法士の登録から依頼の斡旋にいたるまで、全権限を持つのが所長であり、所長は依頼所の顔役でもあるため、営業時の依頼所を所長が留守にする場合は、必ず所長の代役を立てる決まりがあった。
 命彦の所属する依頼所【魔法喫茶ミスミ】は、日本で最も古い魔法使いの一族と目される、神樹家かみきけが経営する依頼所であり、梢の母親にして神樹家の現当主でもある、神樹かみきあずさが所長を務めていた。
 そして、その梓が依頼所を留守にする時は、決まって娘の梢が所長代理を任されていたのである。

 命彦は映像を見て、梢がポマコンの映像通信を使いたがった理由をすぐに察した。
 普段の梢は依頼所のヒラ従業員で、受付で依頼の斡旋を魔法士に行う受付嬢の1人でもあるため、すすめられた依頼を気軽に受けたり断ったりすることができるが、今の梢は代役とはいえ依頼所を預かる所長、総責任者の立場にある。
 所長、あるいは所長代理が、自ら魔法士に斡旋する依頼は、総じて依頼所の威信に関わるモノが多いため、安易に断るのはマズかった。
(さすがにこれは、気乗りしねえからヤダって簡単に断るわけにも行かねえか。断る場合、理由をきっちり考える必要がある。ああー……面倒くせぇ。どういう依頼をこっちに回すつもりだろ? 梢さんだし、どうせまたややこしい依頼だろうけどさ)
 呆れ顔の下でそういう風に思っている命彦。
 その命彦の表情を見て、偉ぶっていることに呆れられていると勘違いした平面映像上の梢が、口をとがらせた。
『少しくらい偉そうにしてもいいでしょう? この立場でできることってそれくらいだし。まあ、どうせ偉ぶったところで、助けてもらうのはいつもと同じだけどね? 今回の依頼は、背後に少し事情があって、私がヒラ従業員の時に回してる依頼みたいに、簡単に断られるととても困るのよ。そこを汲み取ってくれるとありがたいわ』
 梢の言い分を聞き、命彦が確認するように問い返す。
「それはこっちもよく分かってるよ。つまり今回の依頼って、依頼所の受付嬢がよくやる、期限が迫っている余り物の依頼を、手早く処理するために自分と親しい魔法士へ回すっていう、そういう種類の依頼じゃねえってことだろ?」
『ええ。依頼所の所長が、本当に扱いに困って、信頼できる魔法士に対応をお願いする、そういう種類の依頼と認識してほしいわ。母さんがいつも命彦に頼む緊急の依頼があるでしょ? そうした依頼と同じ扱いよ?』
 梢が不意に表情を引き締め、言葉を続けた。
『通常、受領者が指定された依頼は、指定された魔法士がその依頼を断った時点で、依頼主に別の受領者を選ばせるけど、今回は依頼所として、依頼主の意志を優先する事情があるの。依頼主は命彦以外は嫌だそうよ? つまり、命彦が依頼を断ると依頼自体が消滅するわ。断る場合でも、せめて依頼主と会って、断った理由を説明してもらう必要があるのよ』
 平面映像に映る梢は明るい表情であったが、その瞳には真摯しんしさが宿っていた。
 命彦がミサヤを見ると、箸を置いたミサヤも小さく首を振る。
「所長代理としてコズエが頼む依頼、ということであれば、受けるにせよ断るにせよ、私達もまずはある程度話を聞く必要がありますね? コズエを介してアズサが頼んでいる依頼、とも言えるわけですし」
「ふーむ。……分かったよ梢さん。とりあえず話を聞こうか」
『そう言ってくれると思っていたわっ! 依頼を受けてくれるのね?』
 命彦の言葉を聞き、パッと目を輝かせる梢。すかさず命彦はツッコミを入れた。
「話を聞くって言ったの! 依頼を受けるとはまだ言ってねえよ! 自分に都合よく人の言葉を捻じ曲げてんじゃねえ! まったく……まあ神樹家と魂斬家は昔から家ぐるみの付き合いがあるし、所長の梓さんには可愛がってもらってる。内容次第では、梢さんの顔を立てて引き受けるよ。とにかく話せる範囲で依頼内容を教えてくれ、まずはそこからだ」
 命彦の言葉を受けても、梢の表情は喜び一色であった。
『ありがとう、さすが命彦! 昔世話してあげた私の弟分よ! 一緒にお風呂に入ったり、同じ布団で寝たりした甲斐があったわ。お姉ちゃん嬉しい! この借りは必ず返すから!』
「気のせいでしょうか……いつの間にか、依頼を受ける前提で話が進んでいますが?」
 ミサヤの言葉に、頭痛を堪えるように沈黙を返し、命彦は平面映像上で笑う梢を見た。
「……色々と言いたいことはあるが、それより梢さん! 10年も前の話を持ち出すのはやめてくれっ、誤解を招くから! そもそも梢さんの場合は世話したって言うよりも、俺で遊んでただけだろ? 姉さんを怒らして、よく羽交い絞めにされてたくせにさ!」
『あ、遊んでたって表現もやめてちょうだいよ、それこそ誤解を招くわっ! 私は親友が弟の世話をしているのを見て、楽しそうだったから少し手伝ったら、何故かいつも怒られただけよっ!』
「そりゃ姉さんの邪魔ばっかりしてたからだろっ! ……ふうぅー。つうかさ、今までの貸しがもう色々と貯まり過ぎてて、1個だけ返されても微妙だっての」
 命彦が深いため息混じりに言うと、梢がからかうように言葉を返した。
『心配無用よ、貯まりに貯まった私の命彦への借りは、いつかきちんと返すから。それにいざという時は、私が命彦のお嫁にもらわれて、万事解決だしねっ!』
 面白がっている様子の梢の言葉に、命彦は蒼い顔で慌てた。
「解決しねえよっ! あのね、冗談でもそういうこと姉さんの前で言ったら、俺は絶対に知らんぷりするよ? 恐ろしい折檻せっかん受けても、助けに行かねえからっ!」
『そういうこと言って、結局最後はいつも助けてくれるのよねぇー?』
 ニヤニヤしている梢の言葉を、命彦が視線を反らせてプイッと無視すると、誰かの真似をするように、梢がポツリと言葉を紡いだ。
『ねえね、コズエたたくの、ダメぇ~』
「ふぁあっ! や、やめろよっ! 3歳の頃の俺の台詞を引き合いに出すんじゃねえっ!」
 はずかしさに顔を真っ赤にして抗議する命彦。その命彦を、背後からそっと抱き締め、2人のやり取りを冷めた目で見ていたミサヤが、おごそかに口を開く。
「コズエ。これ以上マヒコを煩悶はんもんさせるのであれば、ここで見聞きしたこと全てを、アレコレと脚色してマイトに伝えますよ? あの嫉妬深いマイトが、不満を持ちつつもマヒコの傍に私を置いている理由。よもや忘れたとは思いませんが、知らしめた方が良いですか?」
『げげっ! 待った待った、結構です! 十二分に知ってるから、遠慮させてもらうわ!』
 めたミサヤの視線と目が合った途端、梢が頬を引きつらせた。
「それではさっさと伝えることを伝えて、通信を終わってください。私は一応、マイトの目と耳ですからね? この私が見聞きしたことは、全てマイトにも伝わる。ゆめゆめ忘れぬことです」
『はいはい……ふう、とんだお目付け役がいたものだわ。でもまあ、弟分を多少いじって気分的には楽しかったからいいか。さて、それじゃあ今からすぐに店へ来てくれる? 守秘義務付きの依頼だからね、対面で言う必要があるのよ。こっちは談話室を1時間後に予約しとくから、そこで依頼について話しましょう。一応メイア達も呼んでおくわね?』
「守秘義務付きの時点で受ける気が失せるんだけど? 俺って結構おしゃべりだしさ……それに、あいつらも呼ぶのかよ? 俺宛ての依頼だってのにぃ?」
『依頼自体は命彦を受領者に指定してるけど、それは必ず命彦に受けて欲しいってだけの意味で、命彦が受けてくれさえすれば、単独ソロでも小隊パーティでも、好きに選べるわ。命彦の所属する【魔狼マカミ】小隊の子達を同席させてもいいってわけよ』
 フフンと得意げに笑って言う梢を見て、ミサヤが冷たい視線で語る。
「メイア達を話に巻き込むことで、マヒコが依頼を断りにくくする魂胆ですね? しかし、この私がいる限り、そうはいきませんよコズエ? 断るべき依頼はきっちり断ります。我が主を危険にさらすわけにはまいりませんので」
『ぐっ、見透かされたか……ホントにミサヤは察しが良いわね? でもまあ、私は命彦を信じてるからね。それじゃまた3時頃にお店でね、待ってるわよー』
 ポマコンの映像通信が切断されて、命彦がやれやれといった表情で脱力する。
「……ようやく通信が切れたか。好き勝手言ってくれるねホント。どっと疲れたぞ?」
 背後のミサヤに抱き締められた命彦は、気だるそうに肩を落としていた。
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