学科魔法士の迷宮冒険記(最終版)

九語 夢彦

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2章 魔法士

2章-6:出発の用意と、マヒコの家庭事情

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 こずえとの通信が切れた後、ミサヤがため息をついて言う。
「コズエにも困ったモノですね? 自分が頼めばマヒコがきっと依頼を引き受けてくれると、勝手に思い込んでいますよ?」
「まったくだ。過去には断った依頼も山ほどあったと思うんだが……ここ最近はあんまり断ってねえから、都合よく考えてるんだろう」
「そうでしょうね。……しかし、すぐに依頼所へ来いとは、せっかくの休日が潰れてしまいました。これでは本日の精霊魔法の訓練もお預けです」
「ああ。訓練が終わった後は、家族でまったりするつもりだったのに。依頼内容次第じゃ、梢さんにガツンと文句言ってやる」
 ムッスーと息を荒げる命彦。
 その命彦に同意しつつ、ミサヤは思案顔しあんがおで口を開いた。
「そうしましょう。ただ……アズサが店を空けているのは気がかりですね?」
「おろ? どこが気がかりだ、ミサヤ?」
「いえ。アズサが依頼所をコズエに任せることは、今までも幾度かありましたが……今回は昨夜から依頼所を空けていると、コズエは言っていました。依頼所の運営を1番に考えるアズサが、業務が多い週末頃に2日も依頼所を空けていたことは、私の知る限り、厄介事が生じた時に限られます。しかも、今回は都市魔法士管理局の会議という話ですからね?」
「相当の厄介事の可能性があるわけか……もしかして、どっかの迷宮でアレが起こった?」
 ミサヤの言葉に命彦も引っかかりを憶えたのか、眉根を寄せる。
「それはまだ分かりません。ですが、会議をしているのは、この三葉市の魔法士全員を管理する都市魔法士管理局と、三葉市の、ひいては関西地方のたる、あのアズサですからね? その可能性は十分あり得ると思います。杞憂きゆうであればよいのですが、私にはどうにも胸騒ぎがするのです」
 ミサヤが懸念けねんを伝えると、命彦も少し考え込む。
「うーむ。ミサヤのその手の勘はよく当たるし……あずささんの持つを考えると、余計深刻に思える」
「ええ。単に依頼所の責任者として、アズサが都市魔法士管理局と話をしているのであればまだいいのですが、アズサの場合、神霊魔法の使い手たる【神の使徒】として、関西地方の守護者として、管理局と話をしている場合も考えられます」
「その場合、都市規模あるいは地方規模の厄介事が、水面下ですでに起きてるってことだ。1番可能性が高いのは、アレが……【逢魔おうまが時】が、どっかの迷宮で今後起こるのか、それともすでに起きてるのかの、どっちかだろう」
「はい、私もそう思います。どちらの場合にせよ、私達にとっては他人事ひとごとではありません」
「むぅ、発生場所がもし関西迷宮だったとしたら……うわぁ、考えたくねぇー」
 嫌そうに命彦が天をあおぎ、ミサヤを抱き寄せると、自分の膝の上に座らせた。
 そうすると落ち着くらしい。
 ミサヤは、自分の胸にポヨンと頭を預ける命彦を愛おしげに抱き締め、話を続けた。
「……関西迷宮で【逢魔が時】が起こる可能性も否定できませんが、それは今後の話です。すでに【逢魔が時】が起こっていれば、今頃街で警報が出されている筈ですからね? 現時点ですでに【逢魔が時】が発生している可能性が高いのは、関東や九州の迷宮でしょう。先週から、どちらも様子がおかしいと報道がありましたし」
「あ、そうだった! ふうぅ~、一先ず良かったぜ。いや、他の迷宮で【逢魔が時】が発生してるとすれば、良くねえか……まあとりあえず今は、気に留めるくらいにしとこうや? 考えても無駄に不安が増すだけだ。精神衛生上良くねえもん」
 命彦がそう言うと、机の上のポマコンがまた振動した。電子郵便メールが届いている。
「おっ、メイアからだ。梢さんから連絡があったので今から家を出るってさ? いつも通り、待ち合わせは【樹皇じゅおう神社】に2時半で、だと」
「またあのカミキ家の有する神社で待ち合わせですか? メイアは本当にあの場所が好きですね? 私も嫌いではありませんが……」
「アイツは神社巡りが趣味だし、気分的に落ち着くんだろ? さてと……待ち合わせの時間が時間だし、すぐに出る必要があるけど」
 むううと、噛み付くようにポマコンの時刻表示を見ていた命彦が、ミサヤへ問う。
「ミサヤ、食事はもう済んでるか?」
「ええ。出る用意をしましょう」
 ミサヤが膝から降りると、命彦は椅子から立ち上がり、着ていた甚平を脱いで、引き締まった筋肉が見える下着姿を晒した。甚平を椅子の背もたれに引っかけると、壁にかけてあった、身体に密着する上下揃いの窄衣さくい型装束と頭巾付きの羽織を手に持ち、いそいそと着替え始める。

 命彦がいつも常用する防具型魔法具達を装備し、着替えている間に、ミサヤは特殊型魔法具である〈余次元の鞄〉へ、色々と道具を詰めていた。
 昨夜の内に自分が整理した荷箱から道具を取り出し、〈余次元の鞄〉に入れた後、ミサヤが口を開く。
「そろそろこの〈余次元の鞄〉も、整備に出す時期かも知れませんね? 鞄内の亜空間へ物を収納する精霊儀式魔法、《亜空間生成の儀》の効力が、少し弱まってるように感じられます」
「うーむ、俺にはそこまでよく分からんけども……ミサヤが言うんだったら、またおりを見て母さんに頼んでみるか? それ市販の〈余次元の鞄〉じゃねえし、作ったの母さんだし」
「それが良いでしょう。まだ微々たる効力の低下ですから、3カ月くらいは持つでしょうが、早めに整備へ出すべきです」
 ミサヤはそう言うと、命彦が着替え終わるのを見計らって、剣帯が付いた〈余次元の鞄〉を命彦の右の腰へと巻き付けた。右腿にも固定帯ベルトを巻きつけ、しっかり〈余次元の鞄〉を右腰の位置へと固定する。
 ミサヤが〈余次元の鞄〉を巻き付けた後、命彦は机の横に立てかけていた日本刀の武具型魔法具を、左腰側の剣帯に差した。
 最後に命彦は、壁の棚にあった籠手状の防具型魔法具を両手に装着した。
 上下揃いの身体の線が浮き出る窄衣型装束の上から、頭巾の付いた羽織、日本刀と手甲に加え、《余次元の鞄》を身に付ける。
 計5つの、家さえも買えるほどの価格がする魔法具達を全て装備し、命彦は工房の片隅に追いやられていた丸椅子を持って来て腰かけ、ミサヤに髪型を整えてもらいつつ、ポマコンを手に持った。
 節電状態に再設定したポマコンの電波状態を確認してから操作し、耳に当てて口を開く。
「あ、母さん? ごめん、梢さんから急に仕事を頼まれてさ。受領者指定の依頼らしくて、俺が行く必要があるんだ。……うん、迷宮に行くかどうかは今んとこ分かんねえ。でも夕飯までには帰るつもりだよ。……ああ、せいぜい梢さんに恩を売っとく。魂斬家と神樹家のためにね? ……了解、打ち合わせが済んだら、1度連絡するよ。それで今、姉さんはどうしてる?」
 どうやら命彦は、母の魅絃に少しの間家を出ることを、律儀に連絡しているらしい。
 ついでに、姉の命絃の現状も聞いていたのだが、命彦が突然楽しそうに笑みを浮かべた。
「今横で話を聞いてて、梢さんに連絡してるって? あはははは、姉さんらしい話だ。まあ、夕飯までには絶対帰るって、伝えといてくれよ。……うん、そうだね。そろそろ梢さんへの貸しも結構貯まってるし、またご飯おごらせるのもいいかもしんねえ。……ああ、それじゃあ行って来るよ」
 ポマコンを〈余次元の鞄〉に仕舞った命彦が、ふっと頬を緩める。
「マヒコ、マイトはどうしていましたか?」
 水の精霊魔法で命彦の髪を湿しめらせ、火の精霊魔法で温めて髪を乾かし、櫛で器用に命彦の髪型を整えたミサヤが問うと、命彦が楽しそうに笑った。
「梢さんにすぐ連絡して文句を言ってるとさ。出るんだったら今のうちだって言われたよ。梢さんに散々文句を言ったら、今度は依頼所に付いて行くって言い出すってさ?」
 ミサヤが感心したように首を振った。
「さすがはミツルですね。己が娘の思考と行動をよく理解している。では、今のうちに行きましょうか。マイトは基本的に引きこもりです。私達が一緒であればくっついて来るでしょうが、先に出ていればわざわざ追いかけて来ることはありません。帰って来てから色々と文句を言われるでしょうが……」
「それは仕方ねえから一緒に文句を言われてくれ、ミサヤ。あんまりにも長けりゃ、母さんが見かねて助けてくれるさ」
 そう言った命彦が丸椅子から立ち上がり、机の上にある書類に手を置いた。
「ミサヤ、補充する必要がある魔法具の一覧表リストは? どうせ外に出るんだし、ついでウチの店にも寄って、色々と買い足して行こう」
「そうですね。補充魔法具の一覧表は一番下にしたと思います。きちんと避けていますよ」
「ほいほい、お!」
 命彦が書類を持ち上げ、一番下にあった1枚を引き抜いた時である。
 まるで下敷きのように書類の下に納まっていた、薄い板に気が付いた。
 ポマコンの連絡のために、さっきまで開けていた窓型の〈選別の扉〉を閉めていたミサヤが、その薄い板を見てハッとしたように目を見開く。
 薄い板は、今の時代に立体動画投影機器として普及している、映像板であった。
 電子回路が焼き付けられ、空間投影装置を内蔵したその板は、命彦が触れたせいで起動したらしく、保存していた映像情報データから立体映像を板の上で投影した。
 その映像を見て命彦が息を呑み、時間が停止したように一瞬動きを止める。
「マヒコ……」
 気まずそうにミサヤが命彦を呼ぶが、命彦の視線は立体映像に固定されていた。
 幼い頃の命彦と思しき赤子を胸に抱いた美しい女性が、命絃と思しき幼女をあやす、今とほぼ同じ姿の魅絃と、楽しそうに談笑している立体映像。
 まるでのように、その美しい女性は命彦と思しき赤子を、いや、乳幼児の命彦を抱いていたのである。
 立体映像に見入る命彦の姿を見て、ミサヤがシュンとした様子で口を開く。
「申し訳ありません。ソレについての報告を忘れていました。昨夜工房の整理をしていたら、ソレが魔法具を収納する棚にありまして……。私も扱いに困ったために、机の上に置いていたのです」
 命彦は立体映像を見詰め、ポツリと言う。
「……魔法具の棚に入ってたのか。どうりで机の引き出しを探しても、見付かんねえわけだ」
「マヒコ……その、平気ですか?」
 心配そうに問うミサヤに、命彦は笑顔で礼を言った。
「ありがとミサヤ、こいつを見付けてくれて」
 命彦はそう言うと、映像板にもう一度触れて立体映像を消した。
 電源を切り、映像板を机の引き出しに放り込むと、話題を切り替えるように言う。 
「さて、それじゃあ、行くとしますかね? 食後すぐだけど動けるか、ミサヤ?」
 ミサヤはそれ以上映像板について語ることはせず、あるじの意志に従った。
「……はい、問題ありません。行きましょう。あっ、その前に食器はどうしましょうか?」
「エマボットに回収させよう。玄関周りにどれかいるだろうからさ?」
「分かりました。それでは行きましょう」
 ミサヤがお盆を持って、命彦の腕を取り、歩き出した。
 普段通りに2人で工房を後にする。しかし、ミサヤは気付いていた。
 工房の出入り口である〈選別の扉〉が閉まる時、命彦の視線が、あの映像板を入れている机の引き出しを、じっと見ていたことを。
 気分を切り替えるように2人でいちゃつきつつ、階段を下りて土間に到着すると、命彦が靴箱から、すね当てと地下足袋じかたびが一体化したように見える、防具型魔法具を取り出した。
 靴代わりのその魔法具を両足に装備し、合計6つの魔法具を身に付けて、完全武装状態の命彦は、別館に来る時に履いていた自分の草履をミサヤに履かせ、別館を出て行った。
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